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迷いの森

エカテリーナ王城の姿がすっかり見えなくなってきた頃、俺達は霧が立ち込める針葉樹の森の入り口にたどり着いていた。

「懐かしいね。」

エマが呟いた。

「私達4人で初めて挑んだダンジョンだ。」

「そうだな。あの時はアルがまだ賢者として目覚める前だったから魔法攻撃しか通用しない魔物との戦闘は極力避けて進んだよな。」

俺は当時のアルを思い出しながら言った。

「アル君たら魔法使いなのに魔法を使えないなんて言って。」

エマはいくらか元気を取り戻したようで、はにかみながら言った。

「ははっ。そうだったな。」

当時のアルはまだ主に力仕事を強制させられてきた奴隷としての立ち回りが抜けきらなくて、魔法の杖で魔物を叩こうとしたりしていた。

家で魔法の練習をしたときは魔法の講師がびっくりするくらいの威力の魔法を使ったのに、実践になると焦ってしまい、うまくできなかったのだろう。

俺とエマは初めてのダンジョン攻略の時のことを語り合った。


エマが初めてゴブリンを討伐した時のこと。

最初は生き物を殺すことに抵抗があったようだが、殺らねば殺られるということを理解し、襲ってくる魔物に対しては容赦なく反撃するようになった。


「初めて魔物と戦闘したときにエド、言ってくれたよね。」

エマはしみじみと言った。

「なんて言ったっけ?」

「ほら、”無理して殺さなくてもいい。でも自分の命を守るためには相手の命を奪わなければいけない時もある。”って。」

エマは俺の口調を真似しながら言った。

「そんなことも言ったっけな。」

俺は自分の言ったやや矛盾しているような台詞を思い出して苦笑いをした。


「そう言えば、この森ってなんて名前だっけ?」

エマは不意に霧が立ち込める薄暗い森を見回しながら言った。

「えーっと…。」

俺はリラに渡されたマジックバッグの中からここの周辺の地図帳を開いた。

この地図はそれなりに使い込まれていて、恐らく騎士団の宿舎に元々あったものだろう。

俺は王都から東の方角にある森のダンジョンを探した。

「あった。”迷いの森”だって。」

俺が告げると、エマは不思議そうに首を傾げた。

「迷いの森?でも私達最初に挑んだ時別に迷ったりしなかったよね?」

「そうだな…。」

確かに最初に挑んだ時は別に、同じ場所をグルグル迷ったり、入り口に戻ってしまったりすることはなかったな。

「なんで迷いの森って言うんだろう…。」

エマは辺りを見回して言った。

すると、くぅぅっと可愛らしいお腹が鳴る音が聞こえた。

「そろそろ昼になるし飯にするか?」

俺は霧がかった木々の隙間から見える空の、真上に昇った太陽を見て言った。

エマは顔を少し赤らめながらコクコクと頷て言った。

「パーティーの時、あんまり食べられなかったから…。」

俺は眉間にしわを寄せて言った。

「そうだったのか…。俺が近くにいればよかったな…。」

「え?いや、大丈夫だよ。食べ物を貰えないことなんて昔はしょっちゅうだったから。」

エマは手をブンブンと振って言った。

「そうか…。」

俺はちょうどよさそうな広場でシェリハを止めた。

「まあ、今いっぱい食べな。」

俺はエマをシェリハから降りるのを手伝いながら言った。

シェリハはかなり大きな馬なので、小柄なエマでは昇り降りも苦労していた。

「ありがとう。お弁当はリラが作ってくれたのかな?」

「多分余りものの詰め合わせだろうけどな。」

俺はシェリハに「しばらく自由にしてくれていいぞ」と言って鞍に掛けていた袋をとって身軽にしてやった。

するとシェリハは嬉しそうに嘶いて近くの湧き水の元へ歩いて行った。

「シェリハちゃんは繋いでおかなくていいの?」

エマはその様子を見て俺に尋ねた。

「ああ。シェリハは賢いからな。口笛を吹けば来てくれるぞ。」

俺はマジックバッグからリラの作ってくれたらしい弁当を取り出した。

俺は弁当の入った籠を地面に置いた。

籠は思ったよりも大きく、ティーセットがまるまる入りそうな程の大きさだった。

「大きいね?」

エマもそれを見て若干目を見開きながら呟いてた。

俺はゆっくりと籠の蓋を開けた。

すると、香ばしい香りがあたりに広がった。

「わあ…!」

エマが小さく感嘆の声を上げた。

蓋の下にはサンドイッチなどの定番のピクニックのメニューから城のパーティーでも出て来た肉料理などが、所狭しと陶器でできた入れ物や深皿に入れられていた。

蓋の裏には一枚の紙の切れ端が貼ってあった。


団長へ

本当はお城の勇者の凱旋パーティーが終わった後、騎士団で行おうと思っていたパーティーの料理です。

団長とエマが捕まったって聞いて、焦ってこの籠に入れたので料理が色々混ざってしまったかもしれません。

そこは目を瞑って頂けると幸いです…。

騎士団の料理長 リラより


「ありがとな、リラ。」

俺が呟くと、エマは待ちきれないと言った顔でリラの料理の数々を眺めていた。

おいおい、よだれが口の端から出ているぞ。

「それじゃあ、食べようか。」

俺が言うと、エマは青い瞳を輝かせて料理に飛びついた。

「いただきます!」

エマは手を合わせてから一つ目のタマゴサンドに手を伸ばした。

俺も手を合わせてからエマと同じくサンドイッチに手を伸ばす。

タマゴサンドを口に入れた途端、食パンに挟まれた卵が口の中でとろけ、コク深い卵の味わいが口いっぱいに広がった。

「美味しい!」

エマは頬に手を添えながら言った。

「うん。特にこのドロドロになったタマゴソースはいいな。どんな料理にも合いそうだ。」

俺はサンドされた卵に混ぜられた甘じょっぱいソースを堪能しながら言った。

エマもうんうんと頷いている。

「このソースは“まよねーず”って言って、リラの特製調味料なの。昔一緒に炊き出しをしたときも作ってたっけ。」

エマは昔を懐かしみながら、しみじみと言った。


俺達はリラの料理に舌鼓を打ちながら栄養補給をした。

特にパーティーであまり食べられなかったエマの食いっぷりはすごかった。

貪るように料理を食べ尽くした。

とはいえ、この森を抜けるにはそれなりの食糧が必要なので、ある程度の料理は残しておいた。

俺が食べ終わった料理の皿を籠にしまっていると、エマが少しもじもじしながら言った。

「あ、あのね、エド。そのー…。」

俺はエマが何を言いたいのかわかった。

「花摘みか?」

「う、うん。」

「そうか、焦らなくていいからな。この辺には軽く防護魔法をかけてあるから。」

俺はエマに優しく言った。

「あ、ありがとう。ちょっと行ってくるね。」

エマはそう言って近くの茂みに駆けて行った。

俺は周辺にかけた防護魔法を確認した。

賢者のアル程ではないが、俺も冒険者として基本的な魔法は使える。

俺は防護魔法に穴がないことを確認して地面に腰を下ろした。

するとガサガサと背後の茂みから音が聞こえた。

「早かったな。」

俺はエマが帰って来たと思って後ろを振り向いた。

しかし、その予想は半分当たりで半分外れだった。

背後の茂みから現れたのは小柄な少女と背の高い細身の青年だった。

少女の方は俺がよく知っている勇者の少女だった。

しかし、どこか違った。

幼さの残るあどけない顔もウィンディから貰った着ている服も、歩き方も短い髪の先をいじる仕草も何もかも同じなのに何かが違った。

そしてその後ろに立つ紺のワイシャツに乗馬用のズボンを履く青年も見覚えがあった。

黒い髪に所々青い毛が混ざったこの世界では珍しくもない混血特有の髪色も、青い瞳の垂れ目も何もかもが見覚えがあった。

さらに彼が腰に刺している青い光が鞘の端から溢れている聖なる魔剣は俺の腰に刺してある聖剣ディスティニーと全く同じ見た目だった。

「「お前は…?」」

俺達は同時に口を開けた。

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