パーティー会議
「それで…一体どうしたの…?」
ウィンディが恐る恐る尋ねた。
恐らく俺が怒っているのを察したのだろう。
今の俺の顔は大事な妹分を傷つけられたことに対する怒りで醜く歪んでいるに違いない。
俺は息を吸って落ち着きを取り戻しながら説明を始めた。
「そんな!?父上が!?」
ウィンディが勢いよく立ち上がった。
俺はアルが用意してくれた濃紺のワイシャツに乗馬用のズボンに着替えている。
「あぁ。勇者の力が今後この国を滅ぼしかねないとかなんとか…。」
「でもそれだとおかしくないか?」
アルが口に顎に手を添えながら言った。
「何がだ?」
「勇者が国の脅威になるってことだよ。勇者は対人戦では一般人よりも弱いことは昔から知っていただろ?特にエマはその辺のごろつきとの戦闘でも一瞬で負けるほど対人戦が出来なかった。」
ウィンディが理解した、という風に手を叩いて言った。
「つまり、エマは人間と戦うことができないから国の脅威に成り得ないってことね?」
「そういうことだ。」
アルは頷いて続けた。
「ウィンディ。王様からは何か悪魔のオーラみたいなものは感じなかったか?」
「ううん…。いつもの父上だったわ。と言っても、私は聖女に選ばれてすぐにエドと勇者を探す旅に出たし、聖女に選ばれるまでほとんど父上とは会ったことがなかったから…。」
「そうか…。」
この国では一夫多妻を認めており、エカテリーナ王には第七夫人までいる。
ウィンディは第六夫人の長女で、もともと成人したら城の給仕として働くことになっていたらしい。
しかし成人の儀(この国での成人は16歳と定められている)を受けたときに、女神様から神託が下ったのだ。
ウィンディ・エカテリーナに聖女の加護を与える
勇者とともに魔王を討伐せよ
この時は魔王がちょうどエカテリーナ王国の周辺国を滅ぼし影響力を強めている時期だったため、これを聞いたエカテリーナ王はすぐさまウィンディを勇者探しの旅に出した。
時を同じくして俺も女神様から同じような神託を受け取り、エカテリーナ王から剣聖の称号を与えられ、ウィンディと勇者探しの旅に出かけることになったのだ。
「王様はもしかしたら、魔王のように悪魔に取り憑かれたのかもしれないと思ってな。」
アルはそう言って、腕を組んで俯いた。
「そうだな…。話した感じ、悪魔のオーラは感じなかったな。むしろ怯えているようだった。」
「怯える?」
「あぁ。」
俺はエカテリーナ王の周りにいた明らかに多い近衛兵士を思い出しながら言った。
「ふむ…。もしかしたら取り憑かれているのは王様の周囲にいる人間なのかもしれないな。」
アルは人差し指を立てて言った。
「怪しいのは側近か王妃、大臣…。」
「私が今まで会ってきた城の人たちはみんないい人だったけど…父上の方が私よりいろんな人に会ってきただろうし…。私が知らない人と会っているから…わからないわ…。」
そこからはあまり進展がなく、俺達はしばらくしんと黙りこくってしまった。
しばらくの間沈黙が続いた後、ベッドの方で布が擦れる音がした。
俺達は一斉にベッドの方に顔を向けた。
ベッドの上には薄茶色のサラサラの髪を垂らした小柄な少女が上半身を起こしていた。
「エマ!」
ウィンディが椅子から立ち上がり、ベッドから上半身だけを起こしたエマに駆け寄った。
エマは何がなんだかわからないという表情をして俺達を見つめた。
「あれ?私…確か兵士の人に処刑台に連れて行かれて…。」
エマは首筋に手を当てた。
「傷が…。」
「私が治したのよ。エマ、一体何があったの?」
ウィンディはエマの目を見て尋ねた。
「私は勇者と魔王の役割の循環の中で新たな魔王になる可能性があるの。だから私は処刑台にかけられた…。」
エマは目を伏せて思い出しながら呟くように言った。
「勇者と魔王の役割の循環?」
俺は全く知らない世界のシステムを聞いて驚いた。
「えぇ…。確か城の兵士はそう言っていたわ…。」
「賢者の特権で城の図書館に行ったことがあるけど、そんな話は聞いたことがないな。」
アルが首を傾げながら言った。
もしかしたらエマを丸めこめる為の口実かもしれないな。
「王様が何を考えているのかわからないが、とにかくこの城には不穏な空気が立ち込めてるな…。」
アルは唸りながら言った。
「一度エマとエドはこの国の外へ出た方が良いかも知れないわ。」
ウィンディが部屋のクローゼットにかけられていた大量の服の中から身動きが取りやすいものを選んでエマに渡した。
ウィンディは元々本妻の子供ではなかった為、自室に自分の持ち物が詰め込まれている。
「私のお古で悪いけど、とりあえずこれを着て。」
「こ、こんな綺麗なお洋服着れないよ!」
エマは服を着るのを辞退しようとしたが、ウィンディはエマをクローゼットの中に引きずり込んだ。
「だめよ、あなたの今のその格好、奴隷みたいよ!?」
ウィンディが奴隷といったことで今まで忘れていたことを思い出した。
「そう言えばエマの奴隷紋はどうなった?」
「あぁ、それなら大丈夫よ。宮廷魔導士くらいがかけた隷属魔法なんか、聖女の聖なる魔法の前では無力に決まってるじゃない。」
ウィンディはエマをクローゼットに押し込みながら答えた。
「そうか。ありがとな。」
「ほら早く早く。」
しばらくクローゼットの中からゴソゴソと聞こえてきた。
俺とアルはなんだか気まずくなってクローゼットに背を向けてウィンディの部屋に置かれた本棚に並べられた本の背表紙を眺めることにした。
並んでいる本はほとんどが聖書関連のもので、仮にも王族の一員であるのにも関わらず政治に関する書籍は2、3冊ほどしかなかった。
「本の内容に偏りがありすぎじゃないか?」
俺が呟くと、アルが考察を述べた。
「多分ウィンディは元々給仕として働くことになっていたから教育の方針も規制されていたんだろうな。」
「なるほどなぁ…。王族は面倒なことが多いなぁ。」
俺はこれまで出会ってきた王子王女達を頭に浮かべながら呟いた。
エカテリーナ王は何人も側室がいるから、王子王女の数も多い。
王族の親族ともなればもっと多いだろう。
貴族のほとんどはエカテリーナ王家の血を継いでるとも言われている。
俺の家、カブラ家は貴族の中で代々王家に仕えてきた騎士団の家系なのだ。
俺にもウィンディと同じ王家の血が流れている(らしい)。
「ん?それならなんで給仕になるのに聖書ばっかり?」
俺がアルに聞くと、答えは背後から帰ってきた。
「私が聖女に選ばれたからよ。」
後ろを振り向くと、旅の最中ウィンディが着ていた革で作られた服に着替えたエマとウィンディが立っていた。
2人は色違いのスカートを履いていて、俺が着ているワイシャツと同じ濃紺の外套を纏っていた。
エマは淡い水色、ウィンディは薄緑色のスカートだ。
「聖女に選ばれたからってなんで聖書が…あぁ!そうか、聖女はセントウォーム教で最も女神様に近い存在だったっけな。」
俺が思い出して言うと、ウィンディは頷いた。
「私が聖女だからって父上が私に色々渡して来たのよ。」
ウィンディは迷惑そうに言った。
「それより、エマはともかくウィンディまで着替えてどうしたんだ?」
アルが2人の冒険者の様な装いをまじまじと見ながら言った。
「決まってるでしょ。2人をここから逃さなきゃ。きっと今頃2人が牢屋から逃げ出したことに気が付いて大騒ぎしてるころじゃないかしら。」
「逃す?」
俺はウィンディの唐突ま発言に首を傾げながら言った。
「2人は父上に狙われているんでしょ、ならここから逃げなきゃ。」
ウィンディは部屋の床に敷かれた絨毯の端を捲った。
するとそこには小さな格子ドアが床に取り付けられていた。
「ああ!いつだったか2人で作った抜け道じゃないか。」
この部屋は元々物置として使われていて、あちこちに家具が積まれていた。
俺とウィンディはこの部屋を秘密基地にしていたのだ。
城のすぐ隣に立つ騎士団の詰め所から魔法やら騎士団員の力を借りながら1年かけて作った秘密の抜け道だ。
「さあ、早く来て。」
ウィンディは先に床に不自然に空いた穴の中に飛び込むと俺達を呼んだ。
エマは少し躊躇った。
「でも私が生きていたらこの国を滅ぼしちゃうかも知れないんでしょ?それなら私は…。」
「それはダメだ。」
俺はエマの言葉を遮った。




