賢者の牢獄
目覚めるとそこはふかふかのベッドでもなく硬い地面でもなかった。
カサカサと不快な音を立て、衣服に纏わりつく藁の上だった。
周りを見渡すとそこはどうやら地下の牢屋のようだった。
それも大人数を収容するためのかなり広い牢屋だ。
壁は冷たい石レンガで組まれていて、壁には申し訳程度の小さな蠟燭が埋め込まれていた。
俺の寝ていた場所以外には藁は敷かれておらず、他はキンキンに冷え切った石畳だった。
それだったら石畳の上に放り投げてくれた方がよかったな。
そんなことを思いながら俺は囚人服らしいボロボロの麻の服の隙間に刺さった藁を取り除いた。
「よう。あんた、目ぇ覚ましたのか。」
俺の後ろの暗がりから低い唸るような声が聞こえた。
「誰だ?」
俺が振り向きながら聞くと、男は下品な笑い声を上げながら言った。
「げっへっへっへ。おいおい、ひっでぇなぁ。あんたが俺様をここの牢屋に入れたんじゃねえか。剣聖…いや‘‘元‘‘剣聖サマ?」
俺は黒いもじゃもじゃの髭に埋もれた小さな焦げ茶色の目を見てようやく思い出した。
「あぁ。お前、確か大盗賊(笑)のクーパーか?」
「(笑)は余計だ。だがそうだ。俺様はあの日お前たち勇者一行に捕まった天下の大盗賊、クーパー様だ。聞いたぜ、あんたら王サマに無礼を働いてここに捕まったんだろ?」
またクーパーは下品な笑い声を上げた。
俺はため息をついて、手を差し出した。
愛剣である聖剣ディスティニーを呼ぶためだ。
しかしいつまで経ってもディスティニーは現れてくれない。
「何やってんだ?まさか忘れちまったのか?ここはあんたらんとこの賢者サマが編んだ耐魔法の刻印が刻まれた脱獄不可能な牢獄だぜ?」
そうだった。
ここはアルが賢者として覚醒した後に重罪人を閉じ込めておくための牢獄だ。
ここに入れられたのはたった二人。
俺の後ろで下品な笑い方をしている大盗賊(笑)のクーパーと、魔王の配下だった黒騎士だけだった。
黒騎士は最終決戦の直前にどうやったのかこの牢屋から抜け出して俺達の前に立ちはだかった。
黒騎士は魔王夫婦を主としてだけでなく自分の本当の両親のように慕っていた。
父を…母を…どうか…悪魔の手から…解放してください…
お願いします…
黒騎士は俺と一対一の決闘を申し込んできた。
俺は苦戦をしながらも剣聖の加護を駆使して黒騎士にとどめを刺そうとした。
直前、黒騎士はそう言った。
泣いているのか、声は震えていて、その声はまるで子供のようだった。
旅の中で何度も出会ってきた助けを乞う子供達と重なった。
パパとママが魔物に襲われてるんだ!
けんせいさま、助けてください!
俺はいつも「任せろ」と言って泣きつく子供たちの両親を救ってきた。
黒騎士のときも「任せろ」と言って俺は黒騎士にとどめを刺した。
黒騎士の鎧を貫くために俺の使っていたミスリルの剣は粉々に砕けてしまった。
ディスティニーはもともと黒騎士の使っていた聖剣だった。
俺は最期に黒騎士にディスティニーを譲られたのだ。
俺は一時の友人を思い出しながら言った。
「はぁ。まさか俺がこの牢屋に入る3人目の重罪人になるとはなぁ…。」
俺が思わず呟くとクーパーが笑うのをやめて言った。
「いや?あんたは4人目だ。3人目は勇者サマだぜ。」
「は?」
俺は部屋の周りをぐるりと見回した。
するとそこには確かに小柄な少女が横たわっていた。
「エマ!」
「何だ?剣聖サマ、気が付かなかったのか?」
クーパーは俺を嘲笑うように言った。
言われてから気が付いた。
どうやらこの牢屋には魔法をかき消すだけでなく、能力の弱体化も施しているようだ。
俺はエマを抱き起こした。
エマも俺達と同じようにボロボロの麻の服を着せられていた。
顔は青ざめていて、呼吸も少し荒い。
大きく開いた襟ぐりから覗く胸元には奴隷紋と呼ばれる紋が刻まれていた。
奴隷紋は赤い光を放っていて、これがエマの勇者としての能力を抑えているようだった。
「奴隷紋だけじゃねえ。」
クーパーがエマの奴隷紋を凝視してる俺に言った。
「首を見てみな。」
俺は恐る恐るエマの細い首筋に視線を移した。
そこには無数の切り傷が生々しく刻まれていた。
傷は勇者の脅威的な治癒力によって治りつつあるが、それでもエマの体力を徐々に削っているようだった。
恐らくギロチンか何かで何度も刃を与えられたのだろう。
「これが、国を救った勇者にする仕打ちかよ…。」
俺はそう吐き捨てた。
「貧相な胸にゃ刺し傷もあったぜ。心臓を貫こうとでも考えてたんだろうな。」
「何?」
俺はクーパーをひと睨みした。
「エマのむ…見たのか?」
「あぁ、いや俺様は幼女趣味はねぇぜ!?ただ地下牢に放り込まれた時に服がはだけて…。」
俺はエマに俺の服を破いて上から着せてやった。
俺は剣聖だが少しだけ魔法も齧っているため、簡単な回復魔法を掛けてやった。
「ちょっと、詳しく聞こうか?」
エマは俺にとって妹みたいな存在だ。
エマの体を見られたと言われりゃ、(しかもこんなむさ苦しい極悪人のおっさんに)黙っていられるわけもなく、俺はクーパーを牢屋の隅に引っ張って行った。
クーパーをひとしきり殴った後、牢屋の外から足音が聞こえた。
俺は警備の兵士だと思い、廊下に面している格子の方を見た。
ここだと能力が制限されてしまい、気配で察することができなのだ。
格子の方に居たのは兵士ではなく、白い生地に青色の刺繍が施されたローブを纏った青年だった。
「アル!」
俺は格子に駆け寄り、親友の名前を呼んだ。
「エド!エマは無事か!?」
アルは牢屋にかかった魔法を解除しながら言った。
「なんとかな。だが傷口が炎症している。」
俺はエマを抱えた。
「わかった。聖女のところへ連れて行こう。」
アルがエマを抱える俺を牢屋の外へ促す。
「おぉい。あんた俺も出してくれよぉ!」
クーパーが潰れかけた喉から声を出す。
俺が思いきりボコボコにしたため声が思うように出ないのだろう。
「あんたは重罪人だろ?大人しくするんだな。」
アルはそう言い放ってクーパーを魔法で大人しくさせた。
俺達はウィンディが待つ王女の部屋へ向かった。
ちなみに俺とエマにはアルがかけた隠蔽魔法によって姿が透明になっている。
ここの廊下を曲がればすぐだ、という所で曲がり角から白いタキシードを纏った細身の性悪そうな顔の男が現れた。
「おや。これは賢者殿。どうか致しましたかな?城の中を駆け回るなんて。」
アルはしかめっ面をしてため息を吐いて言った。
アルには隠蔽魔法が掛かっていない。
アルにも掛けると俺がアルを認識出来なくなってしまうからだ。
「これはこれは大臣。いや何、パーティーの余韻が冷め切らないようでな。」
「そうでありますか。…今日はガイアの赤い光が強い。平和な時代の幕開けにしては些か不吉ですな。」
大臣はそう言って俺達の横をすれ違って行った。
言われてから俺は廊下に取り付けられた窓から夜空を覗いた。
俺とエマが捕えられてからそれなりに時間が経っているのだろう、やや空が白み始めている。
しかしそんな中でも沈み始めている双月の片割れ、ガイアの赤い光は城に生えている木々を赤く照らしていた。
この世界には月が二つあり、赤い小さな月をガイアと呼び、白いガイアよりも大きな月をロトと呼んでいる。
ガイアの赤い光は古代から魔の者の力を強める効力があるとされている。
俺達勇者パーティーがガイアが満月になる直前で魔王討伐に出発した理由もこの伝承にある。
「今日はガイアが満月になる日だったな…。」
俺はぽつりと呟いた。
それから少し先に進んで俺を不思議そうに見つめているアルの所へ走った。
アルがウィンディの部屋に飛び込むと同時に俺もエマを抱えながら部屋に飛び込んだ。
ウィンディの部屋は小さな家が一軒は入りそうなほど広く、壁には教会のシンボルである、天使の輪と銀色の杖と弓が掲げられていた。
アルは俺がドアを閉めると同時に部屋に防音魔法と部屋に封印魔法をかけた。
さらに俺達に掛けられた隠蔽魔法を解いた。
「エマ!エド!」
白く塗られた木製の椅子に腰かけていたウィンディが読んでいた聖書をテーブルに置いて入り口に駆け寄ってきた。
ウィンディはすぐさまエマに治癒魔法をかけた。
みるみるエマの顔色がよくなり、傷口は完全に塞がった。
「ひとまずこれで大丈夫よ。私のベッドで休ませてあげて。」
ウィンディはエマの容態を確認した後言った。
俺は言われた通りエマをベッドの上にゆっくりと降ろした。
「それで…一体どうしたの…?」




