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治癒師の少女

「エカテリーナ王国の勇者様と剣聖様、どうか私とこの子、マオをあなた達のパーティーに加えさせてくださいませんか?」

ガウリエフは俺達に深々と頭を下げて言った。

俺とエマは顔を見合わせた。

「私はお二人程強くはありませんが、そこら辺の傭兵や冒険者よりかは強いです。マオは回復魔法を使うことが出来ます。どうか、行く宛のない私達をパーティーへ加えてくださいませんか。」

ガウリエフはまっすぐな瞳で俺達を見ていた。

一時的に助けを乞うのではなく、本当に一生付いていく覚悟のようだった。

俺はガウリエフの後ろに隠れるようにしている猫耳族の少女、マオに視線を移した。

マオはガウリエフや他の襲ってきた奴隷達と違い、白っぽい装束を纏っていた。

おそらく回復役の元に他の傷ついた奴隷が戻っていくため、分かりやすく色を分けているのだろう。

口元にはさっき食べていたチョコレートバーが付いている。

俺はマオに近づいて、それを拭き取ってやった。

マオは一瞬怯えた表情をしたが、俺が口についたチョコを拭き取っているだけだと気付いてポカンとしていた。

俺が危害を与えると思っていたようだ。

「俺は構わないが、こちらの事情も聞いて欲しい…。」

「存じております。」

俺が2人に俺達の置かれている状況を説明しようとしたが、ガウリエフは頷いて俺の言葉を遮った。

「私達はあなた方の暗殺任務を受けさせられたのです。」

「奴隷にも命令の対象の情報が伝えられるのか?」

俺が尋ねると、ガウリエフは頷いて言った。

「はい。適切な対応をさせるためにある程度の情報は伝えられることがあります。」

「そうか。じゃあ、どこまで聞いてる?」

奴隷にも正しい情報が伝えられるのか怪しいところだが、俺は何か情報が得られないかと聞いた。

「私が聞いたモノですと、勇者様と剣聖様が王国を乗っ取ろうと画策しているため、勇者様と剣聖様を暗殺せよということでした。」

「…それだけか?」

俺はガウリエフが言葉を切り、話が終わったのかと思い尋ねた。

「…はい。奴隷には最低限の話しか伝わらないので…。私は暗殺ギルドの一員の奴隷で、下見役として派遣されたのでしょう…。」

俺はなんとなくは予想していたので、仕方ないことだと割り切った。

「まあいい。取り敢えず、近くの村までは一緒に行こう。エマもそれでいいか?」

俺はマオのフワフワとした耳を凝視しすぎているエマに尋ねた。

「え?あ、あぁ、うん。行く宛がないのなら私たちと一緒にいた方が良いかもね。」

エマははっとして言った。

「悪いが、4人旅ができるほど余裕はない。俺達は王国から逃亡しているからな。」

俺が告げると、ガウリエフは肩を落とした。

「…わかりました。」

仕方のないことだ。

今回はあくまでもエマをエカテリーナ王から守ることが目的だ。

わざわざ見ず知らずの人間を助けてやる義理はない。

「それで、君はどうして奴隷なんかに?」

俺はいまだにガウリエフの背後に隠れているマオに尋ねた。

治癒魔法を使えるのなら、教会の人間が無理にでも引っ張っていくだろう。

それなのに戦闘奴隷として犯罪組織に入れられているのは不自然なのだ。

奴隷商人を通さずに直接暗殺ギルドに引き取られた可能性が高い。

暗殺ギルドは謎が多い組織だし、今後も狙われるだろう。

…というか、今更だが俺達を襲ったのは全員戦闘奴隷だったのか。

プロの殺し屋かと思っていたのだが、まさかの下っ端とは。

暗殺ギルドは思いの他強いのかもしれない。

記憶を消されている可能性もあるが、暗殺ギルドの実態を掴むためにも俺は尋ねた。

マオは俺と目が合うと怯えたように身体を震わせた。

「嫌だったら無理に言わなくても…。」

エマが優しく語りかける。

マオはエマの優しい声に勇気を貰ったのか、一歩足を踏み出した。

ガウリエフは子供の成長を見守るような表情をしていた。

マオのこれまでの反応を見るにガウリエフとはそれなりの付き合いなのだろう。

「わたしは…。」

マオは辿々しい口調で単語を繋ぐ形で経緯を教えてくれた。

所々ガウリエフが捕捉してくれた。


マオのここまでの経緯はこうだった。


元々エマはコウガ民国にある町の薬商人の子供だったらしい。

マオが攫われたその日。

マオはいつものように友達と一緒に町の近くにある丘の上で遊んでいた。


町の周辺には川が流れていて、そこでイワナやアユが獲れた。

コウガ民国には狩猟ギルドというギルドがあるのだが、マオの町には狩猟ギルドがなく、肉の入手はほとんどが商人から買い付けたものだった。

その町の人々は肉に代わって魚をよく食べていた。

大人達が農作業や機織りなどの仕事をしている間、子供達が川から魚を獲る、というのがその町の日常だった。


あの日の前日は魚がよく獲れた。

数週間は魚を獲らなくても生活出来るほどに、大漁に。

町長は川の恵みを獲り過ぎれば、いつか枯れてしまう、と言って暫く子供達に暇を渡した。

だが子供達は初めての暇をどのように扱えば良いのか分からなかった。

親達の仕事を手伝ってやろうとした子供もいたが、大人達はまだ早いと言ってやらせてくれない。


大人達は各々の仕事に誇りを持っていて、子供達は成人するまで仕事をすることが出来ないという決まりがある。

子供の頃から親の仕事を手伝わせると、その子供の進路が限られてしまうことがあるからだそうだ。

親の仕事を受け継ぐということに囚われて選択肢を狭めてしまわないように、という歴代の町長の子供達に対しての配慮があるのだという。


その日、子供達はいつものように丘の上に集まって、何をするか会議をしていた。

子供達はこれまで1日も欠かすことなく働いてきたので、初めての休みに若干興奮していた。

おもちゃは持っていなかったので、子供達は鬼ごっこや隠れん坊をして遊んでいた。


日が傾いてきて、辺りが夕焼けで赤く染まってきた。

子供達はいつものように点呼をして、人数確認をした。

魚獲りは集団で行うのが常なので、人数確認は必須なのだ。

その時は全員が揃っていた。

町に帰る途中、マオは攫われた。

突然現れた黒い影がマオ達を襲った。

影は黒い虎の仮面をつけていて、顔を見ることは出来なかった。

いつもは1人か2人、子供達の見守り役として大人がついているのだが、今日は魚獲りをしないということで大人は誰もついていなかった。

おそらく奴らの狙いはそれだったのだろう。

影は何か水晶のようなものを子供達に近づけた。

水晶は透明で、水晶の向こうに広がっている草原もはっきりと見ることができた。

怯えて動けない子供達の目の前を透明な水晶は通り過ぎて行く。

途中、子供達の中でも力の強かった男の子の目の前に来たところで、水晶は青く濁った。

しかし、隣の男の子の前に水晶が移動すると、濁りは霧が晴れるようにサアっと消えた。

他の何人かの子供達の前を通り過ぎる時、水晶は鮮やかな色で濁った。

マオの前に水晶が通った時も水晶は水色に濁った。

影は全員の目の前に水晶を通過させた後、水晶を濁らせた子供を乱暴に掴むと、一目散に走り出した。

影に置き去りにされた子供達は、影と子供が目の前から突然消えたように見ええただろう。

影は6人の子供を1人で両脇に抱えていた。

人間とは思えないほど異様に太く長い腕で子供を3人ずつ抱えていたのだ。

子供を6人も抱えているのに息切れ一つせず、高速で平原を越え、森の木々の間を駆け抜けた。

マオは目まぐるしく変わる景色に目を回し、他の子供達も同様にぐったりと影に身を任せていた。


影がようやく立ち止まったのは、森の奥にある小さな小屋だった。

影は小屋の取手を右に回したり左に回したり、複雑な手順を踏んで扉を開いた。

小屋の中は外の見た目通り、狭かった。

大人が人寝転がったらそれだけでスペースが埋まってしまいそうなほどだった。

その狭い小屋には小屋の床いっぱいに白いチョークで魔法陣が描かれていた。

影は魔法陣のちょうど中央に足を踏み入れたところで、何か短く呪文のようなものを唱えた。

その声は低く、まるで獣の唸り声のようだった。

そして次の瞬間、マオ達はさっきの小屋とは打って変わって、広い遺跡の様な場所に立っていた。

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