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奴隷少女と敗走兵

朝の冷たい冷気が顔に当たって、俺は目を覚ました。

エマは俺の腕に抱きつく様にして、可愛らしい静かな寝息を立てていた。

シェリハは朝食の草を探しに行ったのか、結界の外の泥濘んだ地面に蹄の跡が残っていた。

俺は目線を右に移した。

そこには困惑した表情の治癒師の少女が燃え続けている焚き火と自身に被せられた毛布を交互に見ていた。

少女は俺と目が合うと、怯えた様に毛布に身を隠した。

もう1人の男はまだ眠っていた。

治癒師の少女の方が魔法への耐性があったのだろう。

俺はエマを起こさない様に慎重に毛布から抜け出して治癒師の少女に近づいた。

「大丈夫だ。君にかかってた隷属魔法は解除してある。」

少女を安心させようと優しく声をかける。

しかし少女は警戒心を解かない。

どうやら彼女は亜人なようで、ダークグレー色の髪の上には猫の様な耳がついていた。

耳は警戒心丸出しでピンと立っていた。

毛布からは目から上を出して緑色の瞳で俺が少しでも怪しい動きをしたら逃げられるように俺の様子を監視していた。

俺はどうしたものかと、頭を掻いた。

と、くうぅと可愛らしいお腹の鳴る音が聞こえた。

少女は耳を少し垂れながら、顔を赤らめた。

俺はマジックバッグを覗き込んで、バッグから携帯食のチョコレートバーを取り出した。

携帯食として弁当とは別に放り込まれていた。

弁当はまだまだ何箱も入って入るが、中に何が入っているかわからないため取り敢えず分かるものを取り出した。

俺は少女の前にそれを置いて、少し後退した。

俺が手の届く範囲から離れるのを確認してから、少女は恐る恐るチョコレートバーの入った布の包みを手に取った。

少女は鼻をスンスンとして布から香る甘い匂いを嗅いだ。

「んぅ…?」

エマが毛布の中でモゾモゾと動いた。

チョコレートバーの甘い匂いにつられて目を覚ましたようだ。

「おはよぅ、エド。」

「おはよう、エマ。」

俺はエマに応える。

少女の方に目を移した。

少女は苦戦しながらも布の包みを解けたようで、黒っぽい茶色の棒状の食べ物を口に入れていた。

一口齧ると、少女は目を輝かせて耳をピンと立てた。

獣の亜人なら耳と同じく、尻尾も生えている筈なのだが、パッと見たところ少女に猫のような尻尾は無いようだった。

…というか、猫にチョコレートは食べさせて良いんだっただろうか。


チョコレートはエカテリーナ王国の南の熱帯林で生産されている。

砂糖と共に大量に生産されているため、携帯食として労働者達から非常に重宝されている。

チョコレートと言うものが市場に出回ったのは、黒い肌と黄土色の肌をした4人の旅人が現れた5年前からだ。

王からの支援もあり、その4人は南の熱帯林全体の領主となっている。

…らしい。

チョコレートを買った時に初めて聞いたのだが、犬と猫にはチョコを与えてはいけないらしい。


すごい勢いでチョコレートバーを齧る少女の様子を見ていると、エマが俺の服の袖を引いた。

「わたしもちょこれぇーと…。」

まだ半分寝ぼけているのか、発音がやや辿々しい。

俺はマジックバッグから大量にあるチョコレートバーの山からチョコレートバーを一本取り出した。

そして包装の上半分を解いて、エマの口元に運んだ。

エマはうっすらと開いた寝ぼけ眼でチョコレートバーを見て、小さな口を開けた。

そしてそのまま齧りついた。

エマは小動物のように口をモクモクと動かしながら、チョコレートバーを咀嚼した。

エマは今年で23歳になるのだが、とても成人女性には見えない。

身長も低く、童顔なため、未だに幼女と間違えられる。

「けほっけほっ」

少女は一気に詰め込みすぎたのか、胸を叩きながら咳き込んだ。

俺は水筒を渡してやった。

少女はそれを受け取って一気に煽った。

少女の咳き込む声で目が覚めたのか、少女の隣で眠っていた男が目を覚ました。

男は頭が痛むのか、額を押さえながら上半身だけを起こした。

少女に毛布を丸ごと持ってかれて冷えたのか、男はくしゃみをした。

「悪いな。毛布が2枚しかなかったもんで。」

俺は男にもチョコレートバーを渡しながら言った。

男は茫然としてそれを受け取った。

俺もチョコレートバーを頬張った。

俺とエマは旅をしている間や、騎士団の遠征の時に食べてきたので慣れたのだが、慣れていないと朝一でこれは少し味が濃すぎるのかもしれないな。

俺は二人の反応を見ながら思った。

2人とも最初は勢いよく齧りついていたが、途中からその勢いが落ちて来た。


全員が朝食を完食したのを確認したあと、俺は少女と男に尋ねた。

「君たちは何者なんだ?」

少女は男の腕に抱きつくようにして俺達の様子をうかがっている。

「私はアリステア王国の元兵士で、名をガウリエフと言います。こちらは猫耳族のマオです。」

「アリステア王国って、確かエカテリーナ王国と敵対してる国だったよな?魔王城下では雑魚の殲滅で世話になった。」

俺が呟くと、男、ガウリエフは頷いた。


アリステア王国はコウガ民国の西側、エカテリーナ王国の北側にある小さな国だ。

魔王討伐は世界中の各国の共通の問題であったため、各国から勇者などの特別な称号を持つ者などが派遣された。

アリステア王国は小国なので、勇者などを立てたりすることはできなかったので、アリステア王国の騎士団を援軍として派遣してくれたのだ。

他の国では異世界から勇者を召還したり、歴代の勇者と血の繋がりのある者を勇者として派遣してくれたりして、魔王討伐後の外交で恩を売るということを考えていたようだ。

魔王城に潜入する前に何万体もの魔物や魔族が俺達の侵入を阻んできたが、それを切り抜けるために彼らは大いに活躍してくれた。

少数精鋭の俺達勇者パーティーと違い、人数が多いため、多くの敵の足止めが可能だったのだ。


「はい。ですが、数か月前にエカテリーナ王国の兵士達が私の故郷の村を侵略してきたのです。」

俺は思わず立ち上がった。

「数か月前?」

「はい。奴隷の身になってからは正確な日付を確認できませんでしたが、1年は経っていないと思います。」

数か月前はまだ俺達が魔王討伐の旅に出ている最中だ。

他の国の村を襲っている暇があったら、その兵力を俺達に貸してくれればよかったのに。

俺は王達への恨み言を吐き捨てた。

「あの…、それって本当にエカテリーナ王国の兵士だったんですか…?」

エマがおずおずと手を上げて尋ねる。

寝ぼけて俺に甘えた態度を取ってしまったことを恥じているようで、若干俺との距離が開いている。

「はい。間違いないかと。」

ガウリエフは頷いた。

「詳しく聞かせてくれるか?」

ガウリエフは大きく頷いてから口を開いた。


私は先ほども言ったように、アリステア王国の兵士でした。

数か月前にフウリン村というエカテリーナ王国に最も近い村の警備兵として派遣されたんです。

エカテリーナ王国とアリステア王国は敵対しているとはいえ、当時は魔王という共通の敵が居たので、警備兵もどこか気の抜けた感じではありました。

アリステア王国も騎士団を派遣して各国の勇者様達の援護に向かっていたので、国に残った兵士も質がやや落ちていましたし。


私はいつものように支給品の安物の槍を持って村の付近の警備をしていました。

エカテリーナ王国のように隣接しているわけではありませんが、魔王の領域の近くにある村でしたから、時々魔物が村を襲うこともありましたから。

その日もゴブリンの群れが村を襲ってきたので、同僚達と共に撃退したのです。

そのときは気が付かなかったのですが、ゴブリン達がやって来た方角は南の方のエカテリーナ王国の方角からやってきていました。

日が傾いてきて、ゴブリンの死骸の処理も終わった所で、村を囲うようにしてエカテリーナ王国の兵士が現れたのです。

平原に囲まれた村でしたから、どこにも隠れる場所なんてなかったはずなのですが…。

夕暮れ時で、敵は暗い色の防具を身につけていたため私達は敵の襲撃に気付くのが遅れ、あっと言う間に制圧されてしまったのです。

私達は奴らから村人を守るために必死に抵抗しました。

お陰で…と言って良いのか分かりませんが、人を殺した時の罪悪感に苛まれて吐き気を催すことはありませんでした。

初めて人を殺した時には罪悪感で胃の中の物を全て出してしまいました。

私達の必死の抵抗も虚しく、村人達は全員殺されるか生捕りにされてしまいました。

力の弱い子供や老人はその場で剣で串刺しにされ、その血を何か容器に溜めているようでした。

働き盛りの男は縄で縛られて、馬車に乱暴に押し込まれ、エカテリーナ王国の奴隷商人へ売り飛ばされました。

私はその時に初めて彼らがエカテリーナ王国の兵士であったことを知ったのです。

彼らは奴隷商人に私達を売る時、エカテリーナ王国兵士団の紋章を見せて、

「これは王命だ。」

と言っていました。

どうやら奴隷を売ることを見過ごしてやるから、高く買い取れということだったのでしょう。

私はアリステア王国の兵士だったので、戦闘奴隷として王国の秘密部隊で働くことになりました。

当初は嫌がって命令に背いたりして、機を見計らって脱走するつもりでした。

しかしことごとく失敗し、私は元々かけられていた隷属魔法よりも強固な隷属魔法をかけられ、意識を奪われました。

黒い仮面をつけさせられたところまでは覚えているのですが、その後の記憶は断片的で、ところどころ抜け落ちているのです。


ガウリエフは深々と頭を下げた。

「隷属魔法をかけられていたとは言え、あなた方を襲ってしまったことを謝罪致します。」

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