召喚獣と刺客
雷を纏ったリザードマンは一気に俺との距離を詰めた。
リザードマンは元々足が速い種族なのに加えて、他の魔法に比べても発動が速い雷属性の魔力を持っているためめちゃくちゃ足が速い。
俺はなんとかディスティニーでリザードマンの雷を纏った鉤爪を受け止めた。
ディスティニーは金属ではなく、碧色金剛石という鉱石で出来ているため、電撃を通さない。
俺はディスティニーを振って雷リザードマンを吹き飛ばした。
雷リザードマンは空中で体勢を立て直し、今度は氷リザードマンと共に俺に爪を向けた。
俺はディスティニーを2体のリザードマンの腹に叩き込んだ。
俺はリザードマン達が地面に激突する前に体の向きを無理矢理回転させて、エマとシェリハのいる方へ跳躍した。
俺は剣聖の加護によって高く飛び上がり、落下の勢いに任せて2人の男の構える武器を叩き落した。
2人の男の内の一人はひびが入った黒い虎の仮面をつけていて、恐らく最初に俺が石を投げて倒した奴だろう。
もう一人は他の刺客と違い、仮面の色が白く、目出しの部分が大きくなっていて目元まではっきりと見える。
恐らく女性だろう、幼さを残す緑色の瞳は酷く濁っていた。
隷属魔法でもかかっているのだろうか。
恐らく治癒師として無理矢理連れてこられたのだろう。
治癒師は短いスティックの先端にやや赤みがかった石がはめ込まれた杖を装備していたらしい。
俺は治癒師がその杖を拾おうとするのを防ぐために足で杖を折った。
「「シュイィィ!」」
背後からリザードマン達が息を吐く音が聞こえた。
「しまっ…!」
俺はディスティニーをリザードマンに向かって投擲しようとした。
しかし、それをもう一人のひび割れ仮面の刺客が阻止する。
やはり懐にいくつも武器を隠し持っているらしく、ダガーで俺の脇腹を狙ってきた。
俺は剣聖の加護によって即座にそれを剣で防いだ。
しかし、リザードマンは腕がエマの首に届きそうなほど迫っていた。
「エマァ!」
俺は思わず叫んだ。
しかしシェリハは落ち着いてエマの様子を眺めていた。
エマの姿はリザードマン達の鉤爪が当たるか当たらないかというギリギリのところで、かき消えた。
目の前で姿が消え、リザードマン達の鉤爪は宙を切った。
リザードマン達は急に消えたエマの姿を探し、ギョロギョロと大きな目玉を動かした。
すると今度はエマの姿はリザードマン達の背後に現れた。
燃える勇気の灯火をギラギラと反射するショートソードを構えて。
ショートソードは刺客が持っていたものから拾ったのだろう。
エマはまだ気づいていない雷リザードマンの背中をショートソードで切りつけた。
「シャアァ!?」
雷リザードマンの背中からありえない程の真っ赤な鮮血が飛び散った。
怒りに任せて振りかぶるリザードマンの攻撃を避けて、エマは逆手に持ち替えたショートソードで、雷リザードマンの喉を突き刺した。
さらにいつの間に拾ったのか、先がハンマーのような形状の鈍器でリザードマンの心臓を潰した。
エマは武器を選ばない。
勇者は基本的にどんな武器でも使いこなすことができる。
剣をはじめとして、槍、弓、双剣、鈍器など、実に多岐にわたる。
初めて使う武器でも恐れずに振るうことができる。
”勇者”という称号の名前の由来の一つともされている。
剣を振るうことしかできない剣聖と違い、どんな戦況でも柔軟に対応することができる。
とはいえ、やはり使い慣れているものの方が安定するようで、歴代の勇者達はそれぞれメイン武器を使用して、武器が壊されてしまったときの奥の手という使い方が主だった。
しかしエマは一つの武器に縛られず、様々な武器を使用して魔物たちを翻弄してきた。
故にエマは魔王勢力からは全武の勇者と呼ばれていた。
エマは雷リザードマンの心臓から引き抜いたメイスにこびりついた黄色の石の破片を見て、全身に魔力を集中させた。
するとメイスの先端に小さな雷が発生した。
シェリハはゆっくりと、メイスの射程範囲外に出る。
氷リザードマンはエマのメイスからは逃れられないと悟ったのか、自分とエマの間に氷の壁を築いた。
壁の厚さはちょうどリザードマンの伸ばした腕の長さと同じくらいだった。
メイスは上から下への攻撃に特化した武器だ。
本来ならばこのくらいの厚さの壁があれば防ぐことができるはずだ。
しかし、エマは地面を力強く踏み込んで氷の壁に突進した。
ちらりと見えたエマのその表情は戦闘を楽しむような戦士の顔ではなく、魔の者を屠る勇者としての、感情を押し殺したような横顔だった。
エマは氷の壁を突き破り、背中を向けて逃げ出そうとしていた氷リザードマンの背中をメイスで潰した。
氷リザードマンからはバキバキッと鱗や背骨が砕ける音が聞こえた。
さらにメイスからは電撃がほとばしり、氷リザードマンは一瞬ビクンと痙攣した後、全く動かなくなった。
エマは血に濡れた両手を見て、俺の方を振り返った。
その目には涙が浮かんでいた。
だが、その涙は悲しみとはまた違った感情が混ざっているようだった。
希望を見出したようなキラキラとした顔をしていた。
俺はエマのその表情を見て驚いて動きを止めてしまった。
エマが何か言おうとしたのか口を開く。
だが、背後からの刺客の斬撃が飛ぶ。
難なくディスティニーで受け止め、ダガーを弾き飛ばし、刺客との距離を一息に詰める。
ディスティニーは青い軌跡を描いて刺客の顔を覆う黒いひび割れた虎の仮面を切り裂いた。
俺は一度後方へ跳躍した。
勢いに任せて切りかかってしまったため、ディスティニーを鞘に納められなかったのだ。
危うく殺してしまうところだった。
人を殺すことは騎士として何度も行ってきたが、刺客は誰かに操られている可能性があった。
打撃を与えても、誰も声を上げなかった。
そういう訓練をしているのか、はたまた仮面の影響で声が出せないのか。
もしかしたら隷属魔法を使ってどこかから操っているのかもしれない。
隷属魔法をかけられた者は使役している者が許可を出さない限り口を開くことができないのだ。
俺はディスティニーを鞘に納めてから仮面を破壊した男の顔を見た。
その顔には生気がなく、疲れがにじみ出ていた。
目も虚ろで、やはり隷属魔法で操られているようだ。
俺は彼を気絶させるために首筋に鞘を叩きつけようとした。
しかし俺の攻撃が届く前に彼は膝から崩れ落ちた。
どうやら仮面を壊したことによって隷属魔法から解放されたらしい。
彼はその場で気絶してしまった。
残るは治癒師の少女だが、彼女は治療要員として参加させられたらしく、俺に攻撃素振りを見せない。
俺は彼女の仮面を壊した。
すると隣の男と同様、彼女も膝から崩れ落ち、気絶した。
「なるほどな。」
俺は頷いて近くで気絶している他の刺客に近づいた。
仮面を破壊し、隷属から解放するためだ。
「エマ!こいつらの仮面を壊してくれるか?」
エマの方を振り返って言った。
エマは大きく頷いて言った。
「任せて!」
俺が仮面を取り外そうと仮面に手を伸ばすと、手が仮面に触れる寸前に爆発した。
「なっ!?」
俺は大きく後方に飛びのいた。
「きゃっ!」
エマも俺とシェリハのいる場所に飛びのいた。
連鎖するかのように他の仮面も爆発し始めたのだ。
しかも爆発の範囲はそれなりに広く、近くの茂みに火が付き、俺達を囲うように火の手が上がった。
俺は急いで魔法の結界を築き、爆発の衝撃を防いだ。
ついでに治癒師の少女と仮面を破壊した男の二人も防護魔法で守っておく。
爆発はすぐに収まったが、辺りは爆発で着火した炎に包まれ、昼間のように明るく照らされていた。