魔王討伐と祝いのパーティー
「よく来たな。勇者とその仲間よ!」
全身を黒い鎧で覆い、その上に深紅のマントを羽織る男が俺たちに向かって言った。
魔王ヴェルザールだ。
俺は魔王の威圧に気圧された。
俺は心を落ち着けるために腰に下げている聖剣ディスティニーの柄に触れた。
「魔王!私は貴方に聞きたいことがある!」
俺たちの先頭に立つ小柄な少女が魔王に言った。
少女は白を基調とし、所々に緑色の装飾が施されたドレスアーマーに身を包んでいる。
魔王は少女の、自分と対になる勇者の眼差しを見て口を開いた。
「何だ?」
「どうして貴方は、貴方達は私たちの人間を襲うの?」
魔王は少し沈黙して口を開いた。
「私達夫婦には二人の子供がいた。」
魔王の隣に座っている黒いドレスアーマーを纏った魔族の女性を見て言った。
あの女性が魔王の妻なのだろう。
「だが…。」
魔王の声色が低くなる。
「子供たちは人間の兵士に殺された。」
俺たちは息を呑んだ。
昔からこの世界では魔族は不吉な存在であるとして忌み嫌われてきた。
恐らく魔王達の子供もその被害者なのだろう。
「人間たちも我が子を失う苦しみを知れば良いのだ!何故、お前たち人間はいつでも被害者のように振舞うのだ!まるで魔族が全て悪いかのように振舞うのだ!」
魔王の目からは一筋の涙が零れ落ちた。
俺達は何も言い返せなかった。
「だから…。」
魔王は大きく息を吸った。
「ここで人間の勇者一行を殺し、人間共を絶滅させる!」
魔王から黒いオーラが広がる。
『アアァァ!!』
魔王の目が赤い光を放つ。
それは魔王が怒りに飲まれ理性を失ったことを表している。
そして魔王の隣に座っていた魔王の妻が剣を抜いて立ち上がった。
勇者達よ…。
頭の中に魔王の声が響く。
私を…魔族の暴走を…止めてくれ…。
それは魔王ヴェルザールではなくただのヴェルザールの頼みだった。
ヴェルザールは子供を失い、辛うじて助けた妻も心を失った。
そこを悪魔に付け込まれ、悪の魔王になった。
魔王のこれまでの記憶が剣聖の力を通して伝わってくる。
他のパーティーのメンバーもそれを感じたようだった。
勇者は涙を拭い、賢者は瞑想し、聖女は魔王の悲しみを受け止めた。
三人はそれぞれの武器を構えた。
魔王を、呪われたヴェルザールを助けるために。
俺も剣を抜く。
「皆、行こう!」
勇者のその一言で俺たちは悪魔の力に飲まれた魔族の二人に向かって走りだした。
勇者が剣を振り下ろす。
激闘の末、俺たちは魔王の首を打ち取った。
『まだ…まだ終わらせない!』
しかし魔王の亡骸からまたもや赤黒い煙のようなものが現れ、勇者に襲い掛かった。
俺は勇者の身の危険を感じ、残った力を振り絞り、煙を切り裂いた。
『ばか…な…。』
煙、悪魔は苦しそうに声を絞り出しながら空に消えた。
「ありがとう、エド。」
勇者が俺の名前を呼ぶ。
魔王の城の謁見の間に眩しいほどの朝日が差し込む。
勇者は日の光を見て緊張の糸が切れたのか、ふっと眠ってしまった。
「エマ!?」
聖女が勇者に駆け寄る。
「大丈夫だ。疲れて眠っているだけだ。」
俺がそう伝えると聖女はよかった、と呟いて勇者に寄りかかるように倒れこんだ。
「エド。」
賢者が俺の名前を呼んだ。
「アル。やったな。」
賢者、アルに俺は笑いかけた。
「ああ。ありがとな、僕をここまで連れてきてくれて。」
アルもつられて笑った。
俺は魔王と魔女王の使っていたそれぞれの剣を拾い、鞘に納めた。
亡骸は煙となって消えてしまった。
魔族は死ぬと何も残さず消えてしまう。
俺は鞘に納めた剣を玉座の上に置いた。
「悲劇の魔王、ヴェルザールとその妻ラエルザに、どうか安らかな眠りを。」
俺が手を組んで呟くと、アルもその横で手を組んで祈った。
「勇者エマ、賢者アルフォンス、聖女ウィンディ・エカテリーナ、剣聖エドワード・カブラ。」
赤いマントを羽織り、上等な衣服に身を包んだ瘦せ型の男が俺達勇者パーティーのメンバーの名前を呼ぶ。
「此度の魔王討伐、大儀であった。」
その日の夜、城下町は勇者のパレードが行われた。
いや、どこの町も魔王が殺されたという知らせを聞いて大いに盛り上がっているだろう。
俺達勇者パーティーは国王の城のパーティーに参加していた。
俺はダンスを迫る貴族の令嬢達をあしらいながら、弟のレギュラスと談笑していた。
「兄様、此度の魔王討伐の旅、ご苦労様でした。」
「ああ。レギュも副騎士団長としてこの城下町を守ってくれてありがとな。」
「当然のことです。兄様達は魔王なんかに負けないと信じていましたから。」
俺はレギュラスとグラスをぶつけ、何段にも積み重なったケーキを崩し始めた。
ふと視線を移すと、アルは前から気になっていると言っていた貴族の女性と楽しそうに踊っていた。
アルは昔、貧民街で奴隷として扱われていた。
そこを俺が買い取り、もう一人の兄弟として一緒に育ってきたのだ。
アルの成長をしみじみと感じていると、背後から声をかけられた。
「エドワード。」
俺が振り向くとそこには真っ白なドレスに身を包んだ聖女が立っていた。
「ウィンディ。」
「こ、これは第一王女様。」
レギュが立ち上がって敬礼をすると、ウィンディはかしこまらなくて大丈夫ですよ、と言った。
そう、ウィンディはここ、エカテリーナ王国の王女なのだ。
「随分食べていらっしゃいますね。」
ウィンディは俺たちが囲んでいるケーキタワーを見て言った。
「ああ。王宮のケーキはやっぱり絶品ですね。」
「ふふふ。よかったら一緒に踊りませんか?」
「喜んで。あ、レギュ、俺の分は残しとけよ。」
「勿論。」
俺はレギュに言ったあと、ウィンディの手を取り、踊り始めた。
「ふうぅ。」
曲が一区切りついたところで、俺達はケーキが乗ったテーブルに戻った。
「相変わらず、ウィンはダンスがうまいな。」
「エドもね。」
俺とウィンディは貴族と王族との付き合いの関係で昔から時々遊ぶことがあった。
踊っているうちにお互い、昔の呼び方に戻っていた。
「ところで、エマは?」
俺は会場にエマの姿が見えないことに気が付いてウィンディに聞いた。
「そういえば見かけてないわね。」
「少し探してくるよ。レギュとで雑談でもしていてくれ。」
レギュはウィンディのことが気になってるみたいだしな。
俺は剣聖のセンスを使って会場内にエマがいないか探してみた。
しかしどこにも反応がなかった。
勇者ほどの力を見過ごすはずがないのだが、何故がセンスでも感じ取れない。
俺は探る範囲を会場内から城の中全てに広げてみた。
すると何故か大勢の兵士に囲まれ、エマは城の地下にいた。
嫌な予感がする。
俺は会場から飛び出し、城の地下へと向かった。