表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

天空山から天狗が来たり

作者: 藤乃花












長々とした物語ですが、どうかラストまで歩いてみてくださいませ




歩き続けて一時間は経過しただろうか。足は棒のように疲れきり、服は汗でグチャグチャ。何より背負っているリュックは重くて、もう限界だった。「噂だけだと思ってたけど……やっぱりかよ。だろうな……天狗なんかいるわけ……」「呼んだ?」「んあ?」突然の事でマサルは驚きのあまり変顔になり、声がした方向に目を向けた。続いてもっと驚きが増し、変顔に変顔が重なる。マサルの目の前にいたのだ。「え、え、え?」彼が今探している……。「あ、変顔のお面だあ!」「ええええっ!」「ども」噂の天狗が「い、いる?」「はい、天狗でっす!」そう答えるのは間違いなく天狗。鼻が長く艶々しい赤い面を付け、天狗ならではの扇を手にして、それらしい着物を纏い、そしてこれは理由になるかどうかは不明だが、身長が一メートル八十はあるかと思うくらいの長身。絵に描いたような姿の天狗が今、マサルの前に当たり前のようにたたずんでいる。青ざめるマサルを面の奥から見つめ、天狗は飄々とした口調で尋ねる。「花見がてら、私を見物しに来たのかい?」季節は花見にもってこいの春休み半ば。実際ここ天空山にも鮮やかな桜が至るところに茂っていて、頗る美しい。(あっ、そうだ!)「驚いて……る場合じゃない!」そうだ、マサルにはここに来た目的がある。体勢を立て直し、マサルは天狗を真っ直ぐ見つめ、伝えようとする。「天狗さん……お願い事があって来ました」真剣に話を始めるマサルに、天狗は穏やかに声を出す。「そこの木陰で話を聞こうか」少し離れた所に開けた場所がある。いい具合に大きめの桜がまるで宿り木を思わせるように茂っている。カッ!天狗が向きを変えるとやや高い音が響いた。今気付いたのだが、天狗は高下駄を履いているではないか。(上ばっか見てたから下駄見てなかった……どうりでデケェと思ったんだよ)相当高い下駄を履いているのに、軽々歩く天狗は、おとぎ話にでも出てくるような存在に思える。けど現実。「器用に歩く……な」あまりの見事な歩き方に思わず言葉が出てしまう。「ん、まあね。最初は不安定で履いて立つのが精一杯だったさ。でもな……」言いながら天狗は桜の下に座り、綺麗な胡座をかいてみせた。マサルも後に続く。「天狗を数ヶ月続けてれば、高下駄だって履きこなせるってもんだ」「スケボーみたいなもん、ですか?」「んーん、どうかなあ?」「俺もスケボー滑るのに2ヶ月くらいはかかったかも、です」マサルは去年のクリスマスに父からスケートボードをプレゼントされ、本当に嬉しかった。プレゼントをくれた父の笑顔を思い浮かべ、マサルの胸に切なさが広がる。そもそも、この山に来たのは父に関する事情があっての事。天狗の向かい側に位置を決めたマサルはリュックを下ろし、ヘナヘナと地面に座り込んだ。座りかたは体育座りだ。息を整え、語り出す。「俺がここに来たのはですね、姿を消した父、角野雅継すみのまさつぐの居所を知りたいからです」伝えるその声の向こう側は泣きを堪える力が入っている。(耐えろ、俺!)グッ、と感情を抑えマサルは言葉を続ける。「俺の父は数ヶ月前勤務先のタクシー会社で、明らかな勤務時間を越えたうえの過労で倒れたんです。会社側を問いつめたら、運転手不足を補うために各運転手に基準を越えた勤務時間を与えていた……って答えが返ってきました」「それで君のお父さんは出ていったのかい?」流石は天狗、察しが早い。「暫くは自宅で療養してたんですが、置き手紙を残して家を出たんです」マサルの記憶にクリスマスの父の笑顔と、家を出る直前のやつれた顔が重なりぶれる。タクシー会社の話では数年も前から基準を越える勤務時間で運転手達を働かせていたらしい。父の他にも苦しんでいる人がいる事が心苦しい。「手紙には暫く出てく……みたいな事が書かれてたって、母が言ってました」マサルの父はプライドが高い性分だった。それ故、自身の不甲斐なさに我慢できなかったんだろう。「ただ……何処から集めてきてるのか、毎月いくらかは母の口座に父から振り込まれてるんです。母もスーパーでレジの仕事をしてて、その収入と合わせたらやってはいけてるんです。いけてるんですけど……だけど……」「金銭的な事ではなく、ちゃんとお父さんに帰ってきて欲しい……そういう事だね」天狗にはマサルの気持ちが伝わっている。気持ちが伝わるのならば、願い事だって叶えてくれるだろう……マサルはそう考えていた。「はい」マサルが答えた瞬間、小さな風で桜がヒラリ、と散った。風が通り抜ける中天狗は器用に立ち上がり、空を見上げた。そして……。ヒュウウウウウウ……!空の向こうの更に向こうへと口笛を響かせ、天狗は次にマサルを見る。「?」「さあ……来るぞ。天狗の風が」面で見えないのに、何故か天狗が笑みを浮かべている気がした。その時だった。ビュアアアアアアア……!長く、強く、心地よい風が、空の向こうの更に向こう側からこちらへと届いた。凄い風なのに、桜はそれほど散っていない。「あの、今のはどういう意味で……?」天狗の行動が読めず、困惑するマサル。逆に天狗は得意そうに答える。「今のはね、天狗風。天狗は口笛を強く吹くとね、空も応えて天狗風を返してくれるのさ」(いや、だから、それで、願い事は?)「ね、君。私が天狗をいつか引退する日が来たら、後継者になってくれないか?」「んあ?」「君の願い事を聞く代わりに、君も天狗になる鍛練を行って欲しいというわけ」

昨日の事は夢ではないかと思い、マサルは自室でリュックの中を確かめてみた。山で食べようと思い詰めていたパンやゼリー、おにぎりはなく、代わりに天狗の制服……つまり着物が入っていた。夢ではない。(話が違う……天狗になるって、対価って事?)天狗から交渉を持ちかけられた後、二人でリュックの中身を食べたのだ。不思議な事に天狗が食べ物を口に入れる瞬間、どうしても見えなかった。(天狗になるって絶対ムズい……)難易度は高そうだが、誓いを交わしたなら覆せない。「ま、しゃあねえか。母さんの為だ。朝めし食べたら、山行くか」母はスーパーで仕事をしている間に天空山に行き、天狗の鍛練を受ける事が決まった。母が用意しておいたおにぎりとお味噌汁、だし巻きを味わうと、キッチンに立つ母の後ろ姿が浮かんできた。父がいなくなり辛いのを我慢して、マサルの為に家事や仕事を頑張る母が笑顔になれるよう自身も課題をクリアするしかない。(噂が真実って事で一つは報われた……なら、この壁を越えて二つ目をもクリアしてやる!)朝食を噛み締めながらもやや急ぎ、食べ終えると歯磨きと荷造りといってもリュックに食料や飲み物を入れるだけだが支度を整え、出掛けた。(天狗さん……口笛カッコよかったな……俺もあんな風に吹けたら……)歩きながら天狗が響かせた口笛を思いだし、自身も吹きたくなり少しだけ試してみた。ピュ……ッ!一瞬だけ鳴り、後はスカスカな音が漏れた。ピュウウウウウウウウウ……!「!」上空をそれはもう凄い口笛の音色が響き渡り、消えた後も余韻が感じられた。足が止まり、マサルは本能で音色を探した。(この感じ、天狗さんに似てるけど違う!)音色を見つけた。口笛は商店街の方から響いていた。山へ行く途中だが、口笛を吹いた人物が気になる。マサルはダッシュで商店街へと走り出した。辿り着いたのは小さな薬局。「杉薬局……間違いなくここからだ」天狗とは少し異なるが、類似する風の気配が漂うのだ。確かめる必要がある。「ごめん下さ……」バサバサッ!「んぐっ!」マサルの視界を黒い影が横切った。影は残像を残し、薬局の裏側へと飛来した。「鴉か……え?」一瞬しか見えなかった物が見えた。(影がみえたのは俺が天狗さんと交渉を交わしたから?)実際のところは分からない。だが、わかりかけてきた。「おや……今日もまたいらしたのですね。御無理をされると怪我が長引きますよ?」「怪我は殆ど治りました。先生にお逢いしたくて、飛んできましたの」「僕のせいの怪我だというのに……心苦しいです」「気にしないで下さいな。あたしはお逢い出来て幸せですの」「すみませんね。近いうち、こちらから訪ねます」裏から聞こえる声を聞き、マサルは踏み込まないよう静かにそこを離れた。(なんとなく分かった。口笛を吹いたのは薬局の店主で、多分話してた相手は天狗と関わりのある人)薬局の店主から今の天狗へと天空山の主が代わり、いつかマサル自身も風を起こす天狗になるのだと悟り始めた。山に着き、着物に着替えたマサルと天狗は背中合わせに立ち、気持ちの準備を整える。「「空の向こうのまた向こう……天狗の風を届けよう」」二人声を重ね、そして何度目かの口笛を響かせる。ヒュウウウウウウ……!響いた。山が、空が、地球が歌った……そう思いたくなる爽やかな口笛が空じゅうに響いたのだ。「いい感じた。強くなく、けれど弱すぎないなのにどこまでも届く音色だ」「弱いと響かないし、強いともしかして鳥、なんかに怪我させるかもだから……」

「もしかして、先代の天狗に会ったのかい?」マサルの口調から、天狗は何かを悟った。「さあて……どうですかな?」「貫禄がついてきたね」お互いしたり顔を見せ、胸に秘めている情を見え隠れさせている。「ところで天狗さん、分からない事があるんですか……」「なんだい?」「怪我をさせた相手が自分に好意を寄せる事、あるんでしょうか?」恋心については理解出来ないマサルの質問から、全てを読んだ天狗はフムフムという面持ちを見せた。「時と場合によるね。怪我をさせた相手が好みの人だったなら、間違いなく恋に落ちる」(分かりやすいな、この子は)「じゃあ、やっぱり……心に怪我させられても好きな相手ならずっと好きなんですね。母さんは、父さんが好きで、父さんもまた、母さんを好きなんですね」マサルが何を言いたいか天狗には分かっていた。「ん、まあ、なんだな……とどのつまりは、恋心だな」「じゃあ……恋心っていうんなら、帰って……帰って来てくれよ!」マサルは天狗に力強く抱きつき、叫び声を上げた。「父さん!」抱きつくマサルの身体を天狗の両腕が優しく抱き締めた。桜吹雪を浴び、親子は暫く離れていた時間を取り戻すように互いを感じていた。数時間後、マサルと父は自宅を訪れた。出迎えた母の前で面を外し、父は母に言葉を伝える。「ただいま……すまなかったな……」「おかえりなさい……」二人は離れていた時間を取り戻すように、互いを見つめていた。マサルは一瞬で天空山へと戻り、山の主になる心構えをしていた。天狗がねぐらにしていた洞穴には、数年間貯めたであろう残高が記された通帳や現金入りの封筒等が箱に入っていた。(俺たち家族の為に頑張ってたんだな……感謝するよ)「感謝の音色!」ヒュウウウウウウ……!この日天空山から響いた口笛の音色は、どんな口笛よりも強く遠く優しいものだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ