愉快全開キッチン ー少しだけ人気な先生のお料理動画ー
「視聴者の皆様こんにちは、『愉快全開キッチン』の小町です!」
「助手の優香です。先生、今日はどんなお料理をご紹介してくれるのですか?」
私は優香。料理研究家である小町先生の助手を務める、ごく平凡な27歳。
今日もネットにアップするためのお料理動画を、先生の自宅で撮影していた。
「本日のお料理はこちら、はい! 『ナポリタン風ナス炒め』です!」
先生は満面の笑みで、キッチン台の下からワンプレートの料理を取り出し、勢いよくカメラに向け始める。
「………………先生、いきなり完成形を取り出さないでください、そこは写真とかパネルで」
私は顔を引き攣らせながらお皿の前に手を添え、カメラのアングルから料理をシャットアウトした。
いつもそうだ、この先生……。
料理の腕はいいのに、頭のネジが緩んでいる……!
「優香さん。男はね、胃袋で掴むのよ! のっけからドンッと決めなきゃ!」
「それを言うなら、料理で男の胃袋を掴むですよ。胃袋で男を掴まないでください、修羅場になりますよ……」
「あらあら、それは失礼。では早速、調理に入りましょう! まず『ナポリタン風ナス炒め』の材料ですが、ピーマン、ベーコン、ナス……そして玉ねぎです!」
先生はリズミカルな口調に合わせ、次から次へと食材たちをキッチン台に出していく。
なぜタイトルに名を乗せた食材が、そんな中途半端な順番で出てくるの?
せめてトップか大トリにして欲しい……!
「そして調味料、オリーブオイルに塩コショウ、ケチャップとコンソメです!」
「なるほど、どんなご家庭にもある調味料なので、揃えやすいですね」
「優香さん鋭いわねぇ、その通り! 今回は『どのご家庭にもある』と言うコンセプトで進めていきますよ!
それではまず、材料を切っていきます。全て食べやすい大きさに切ってくださいね。だいたい、大学イモくらいの大きさで、パパッと!」
先生は大雑把な説明のもと、凄まじくスピーディーな包丁捌きで、食材たちを切っていく。
毎度、恐ろしくテクニカルな包丁捌きを披露してくれる先生。そこは憧れる。
しかし、サイズ感の説明が……。大学イモくらいって、絶妙にイメージが定まりません……!
コロコロの乱切りもあれば、スティック状の拍子木切りもあるのに、何てアバウトな説明なんだろう。
そもそも、どこから湧いて出たんですか、大学イモ……!
「はーい、材料のカットは終わりました。ここから、いよいよ加熱です! 皆さん、加熱ですよ!」
先生は包丁を置き、カメラにグイグイと顔を近づけていく。
「少し興奮を抑えてください、先生の熱量まで加熱しなくていいです。フライパンは私が温めておきました」
私はオリーブオイルを引いたフライパンの取手を、先生の方へ向けた。
「さすが優香さん! 言われなくてもできる、優秀な助手! 助手力、高いわねぇ」
「女子力みたいに言わないでください。私はシナリオに沿っているだけです」
「そうでしたわね、では加熱スタート!」
先生は熱したフライパンに、カットしたベーコンを投入した。
「まずはベーコンを炒めます、もうこの時点で美味しそうですが、ここからフライパンの中をドレスアップしていきます!」
「確かにいい匂いですね先生。ベーコンの香ばしい匂いが、食欲を掻き立ててくれます」
「…………さてお次は」
「えっ、無視」
私のリポートなどお構いなしに、先生はそそくさとフライパンに玉ねぎとピーマンを入れ始める。
そして先生は食材たちに軽く火を通し、塩コショウを振りかけ、キッチン台の下からある小瓶を取り出した。
「先生、それは何ですか?」
「ガーリックパウダーです、ニンニクの粉」
「いや……」
私は思わず、首を傾げた。
「どうしたの優香さん、ニンニク嫌い? 香りが増して美味しいわよ。こう、ガツンと!
まさかこの後、デートだった? ならウチの近くに公衆電話があるから、今すぐ彼氏に電話して伝えなさい。軽くニンニク食べたけど、『口臭出んわ』って!」
何をひとりで盛り上がっているのだろう……。
「先生……。冒頭の紹介で、なかった調味料です」
「……………………」
菜箸を持ったまま、突然固まった先生。
「優香さん、いったんCMです!」
「ありませんよ」
「いや、優香さん誤解ですよ!? 今回のコンセプトは、どのご家庭にもある物を使った料理ですから! ガーリックパウダーなんて、常備してて当たり前すぎる粉だったから、説明を省いたのよ!」
どうしよう、私の家にはガーリックパウダーなんて置いてないんだけど……。
「分かりましたから、続けましょう先生」
「はいっ、ではガーリックパウダーを当たり前のように振りかけましょうね!
ここで、食材たちに敢えて焦げ目をつけてください、香ばしく仕上がりますよ!
そして次に、主役の看護婦を入れて……失礼、ナースではなく、ナスを入れて炒めていきます! あははっ、炒め物にお注射は不要ですよね!」
注射が必要なのは、先生の頭ですよ。
主役のナスを投入後、先生は暫く加熱を続け。
「先生、少しナスがしんなりして来ましたね」
「はいっ、頃合いですね! では炒めた具材たちを、フライパンの端に寄せてっと。
ここで空いたスペースに、ケチャップを入れます! いきなり具材たちに絡めず、まずはケチャップを単体で温めながら、酸味を飛ばしてあげます」
「おぉ、これは耳寄りなワンポイントアドバイスですね、先生!」
「一般常識です」
先生は私に見向きもせず、ぷくぷくと沸き立つケチャップを見つめている。
シナリオにワンポイントアドバイスって書いたの、先生でしょ。何をナルシストっぽくキメているんですか……!
「では酸味を飛ばしたところで、ケチャップを具材たちに絡めていきます」
先生はフライパンの中を一体化させるよう、具材とケチャップを絡めていく。
そして少し馴染ませながら火を通したところで。
「はいっ、完成! 『ナポリタン風ナス炒め』です!」
先生はフライパンの取手を持ち、カメラに出来立てのナス炒めを近づけた。
「ちょちょ、先生! お皿に盛り付けてください!」
「はいはい、それにしても美味しそうね! ビンビンに湯気とか立てちゃって。換気扇も思わず香りを吸って楽しんでいますよ、優香さん!」
「まぁ……それが換気扇の使命ですから」
「それでは優香さん、早速いただきましょう!」
先生が盛り付けた皿をキッチン台に置いた途端、私はフォークを手渡した。
その後、私もフォークを手に取り、出来立てのナス炒めへとフォークを向かわせる。
「では、いただき……先生? そう言えばコンソメは使わなかったのですか?」
私の指摘に、先生は手に持つフォークの動きを止めた。
そして、泳ぎまくった両目で、私を見つめ。
「か、隠し味は……バレないように入れるのよ……」
苦し紛れのトンチを呟いてきた。
「絶対入れ忘れましたよね?」
「こ、粉チーズをかけても美味しいわよ」
「無理がありますって、その誤魔化し」
どうやら、この料理は未完成で終わったようです。
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