身体的選抜試験は鬼ごっこ!?
レアムは他の受験者と共に大広場の奥へと進む。先程タイルが敷きつめられた地面とは打って変わって、緑の草原が広がっていた。
周りの表情からこれから試験本番であることを嫌でも実感する。でも……
「大丈夫、僕ならやって行ける」
キャリーノとメアリーの顔を思い浮かべ、心を落ち着かせた。
目の前の大群の動きが徐々に鈍くなり、やがてピタッと止まった。その時。
「あーあー、あーーーーー、マイクテストーーーーーーー」
!この声は……!
「よしおーけ!それでは受験者のみなさーん!私は第2等星中尉のキャリーノ・ミールでーす。本日は神聖なる軍選抜試験にお越しいただき誠にありがとうございます。それでは、いきなりですが試験内容を発表させていただきます!」
いよいよ、発表されるんだ……!
会場全体に緊張が張り詰めている。
「試験内容は、ずばり鬼ごっこです!」
ん……?鬼ごっこ、?
多分今全員が同じことを思っているだろう。顔に?とかかれていることが見てわかる。
「ルールは至って単純、君たちを鬼側と逃げる側に分けマース。ここにちょっと色んな障害物を設置するから、それを使ってくれてもいいし使わなくてもいい。とにかく鬼側は捕まえて、逃げる側は逃げる!代わり鬼みたいな感じだよー!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
上擦った声が群衆の中から聞こえた。
「例年の基礎的測定はないんですか!?」
「うん、ないよ!」
しれっとキャリーノは答える。
「な!そんなたかが鬼ごっこで選抜者を決めるなんて、納得できません!」
「そ、そうだそうだ!」
「私も納得出来ないわ!」
1人の発言に便乗してどんどん批判的な発言が増えていった。
「いやいや、そう言われてもこっちが試験内容決めるもんだし……嫌なら辞退すればいいんじゃない?」
屈託のない笑顔でしれっとえげつないことを言う。言い方はいつもと変わらないけれど、冷徹さを感じざるを得ない。これはメアリーの時に(※4話参照)感じたものと同じだ。
キャリーノの言葉により、野次は消えた。
「……それじゃあ、始めようか!」
キャリーノの言葉を合図に、お下げの女の子がどこからともなく現れた。軍服の色は翠。
あれは、確か宿で書類を届けに来てくれた(※3話参照)……
「私の名前はスミー、今から私の魔法をちょいと失礼させていただきますわ!」
彼女の謎の呪文(?)の後、空間に裂け目が現れた。そしてそこから様々な物が溢れ出した。
それを何人かの軍人が設置して、なんの変哲もなかった草原はアスレチックパークに姿を変えた。
「スミーありがと!それじゃあ私の独断で勝手に最初の鬼さんを決めたよ!鬼さんはこの人たち!」
『鬼』と定められた人達の腕が赤く光った。そして僕の腕も……
「それでは、制限時間は1時間半!よーいスタート!」
一斉に逃げる側は走り出す。レアムも1歩遅れて追いかけだした。
とりあえず誰かしら捕まえて交代すればいいよね、てきとーにあの人にしよう!目の前でキョロキョロしている女の人をロックオンした。気づかれないように恐る恐る近づいた。だが、レアムの腕の赤い光が女性の視界に入り、気づかれてしまった。女性は瞬く間に走り出す。
しまった、気づかれた!とりあえず追いかけるしかない……!
女性を捕まえようと試みるレアムであったが、その女性は身を翻し、匠にレアムの魔の手を交わす。
くそ!後ちょっとなのに…!スピードは互角だからそこまでこっちが不利って訳ではないはず。だけど、どうしてか彼女を捕まえられない。僕の反射神経が悪いとかでは無いはず。だけど、彼女は障害物を使うから彼女を目で追えなくなったり、手が届きそうでも障害物が邪魔してくる!
しばらくの間その女性を追いかけていたレアムだが、とうとうレアムの体力が尽きてしまい、彼女に撒かれてしまった。
彼女との鬼ごっこで30分ほど格闘していたようだ。
ダメだ、相手が悪すぎる。体力を削っただけで何の成果も出せなかった……!とりあえず体力回復させてからまた別の人に切り替えよう。これはあくまでも試験。ちんたらやっていたら評価されずに落ちてしまう。とにかく冷静に、一旦呼吸を整えよう……
『ピーンポーンパーンポーン』
どこからともなく謎の効果音が響き渡った。
「ええー、みなさーん。お時間3分の1が経過しました〜。ここで言ってなかったお知らせデース。1時間半経った時点で鬼だった受験者はこの試験に脱落デース。なので、最低でも1000人の鬼さんが脱落しまーす。えー、更に……開始時間から45分……まあ残り15分が経った時点で、ずっと鬼さんだった人も問答無用で落としマース。」
「なっ……!?」
後15分でやれなきゃ終わる……!?ただでさえ体力消えてめっちゃキツイのに……やばい。
「諦め悪いのも大事だけど、決めきれない鬼さんは軍に必要ないですヨ……ブチッ」
その言葉で放送は終了した。
先程よりも鬼の動きが格段に見違えだした。
とりあえず僕も誰かを捕まえなきゃ、誰にする!?誰なら……というか、誰かに固執する必要、なくない?そんな事してるからいつまで経っても捕まえられないんだよ!!!!
レアムは道を切り返し、ブランコのような障害物目掛けて走り出した。
「……なあ、あの赤髪の女の子の鬼、なんでブランコで遊んでんだ?」
「はぁ?知らねぇよ、諦めて遊び出したんじゃね」
レアムの行動は他の参加者を混乱させた。決して彼女はヤケクソになって試験を放棄した訳では無かった。
……1番近い逃げてる人達は目視で5m先。実際はもう少し長いかもしれないからそれを考慮して思いっきり漕ぐ!
「な、なんかあの子めっちゃ高くまで漕いでね……?」
「いやそんなことより他の鬼が狙ってくるかもしれねえから周りみとけ、変に動くな」
「あ、あぁ」
もう少し漕いで……あの人たちの視線が外れた……今だ!!!
レアムはタイミングを見図り思いっきり体を外に投げ出した。
一か八か、着地点がズレるかもしれないけど……それはメアリーさんと特訓した体の重心移動をして調整すればいい。このまま相手を捕まえる!
「あれ、あの鬼の子居なくなってんじゃん」
「え……どこに……!?おい!?上!!!!」
「は、」
「捕まえたぁぁぁあ!!」 ドスッ
レアムの作戦は成功。腕の赤い光が消え、捕まえた男性の腕が変わりに光りだした。
捕まる前に逃げないと……!
「おい待てこのクソガキ!!!!」
新たに鬼となった男性の右手がレアムの肩に触れそうになる。
とりあえずしゃがむ!そんで身を翻して逆方向にダッシュ!!!!
「なっ!?くそっ!」
その後男との大格闘が始まったが、障害物と自分の身軽さを駆使してなんとか撒くことができた。残り時間はあと……15分。
男とのタイマンによってもうほとんど僕の体力は無い。とりあえず後はもう隠れてやり過ごすしかない。謎にちょこちょこ散らばっている現軍人さん達は必死にメモを取っている。きっと評価中なのだろう。男とのタイマンでだいぶいいところは見せられた気がするので、もう後はこの試験を乗り切ることに全力を注いだ方がいいよね。ちょうど木の木陰が見られ、そこに腰を落とした。鬼が近くに来る可能性もあるから警戒心は持っておこう。
不意に時計に目をやると残り時間はわずか5分。これはもう勝ちだな……
そう思った矢先だった。不意に肩に手を置かれた。
「捕まえた」
「えっ、」
足音や気配を一切感じなかった。レアムを捕まえた鬼は初めにレアムが狙っていた女性であった。
警戒心を緩めてはいなかったのに全然気づかなかった。驚きのあまり体が硬直する。
女性はすぐさま方向転換し、姿を消した。
また鬼が巡り巡ってきてしまった……!
『ピーンポーンパーンポーン』
「えーー、残り時間残すことわずか5分でございます皆様最後まで諦めず頑張ってくださいーー」
とりあえず体力は回復した、とにかく逃げてる人を捕まえなきゃ。人が居るであろう大広場手前に向けて走り出す。だが、気づいてしまった。あまりにも人気のない所に来たせいで、全く人に会わない。見かけるのは全て審査官である軍人のみ。必死に体を動かし、人が見えるまで走り続けるが、疲労感で思うように力を出し切れない。このままじゃ本当に脱落する……!多分人がいるところに出てもこの体じゃ勝ち目がない。
「どうしよう……」
残り時間を確認しようと時計に目をやろうとした時、審査官をしているキャリーノと目が合った。彼女は不敵な笑みを思い浮かべている。お前ならできるだろうと言わんばかりの自信に満ち溢れたような顔だ。
こんな僕の様子を見ても彼女はまだ僕が受かると信じているのだろうか。いや、諦めたらダメだ。何とかして絶対合格するんだ。今まで協力して下さった人達に報いる為にも!!!!
「残り30秒ーーーーー」
考えろ、考えろ、考えろ!正規法じゃもう無理だ。
「……あ、」
レアムの中にたった1つ解決策が浮かんだ。でも、これが許されるのかなんて分からない。
いや、やらない後悔よりやる後悔だ!最後まで悪あがきをする!!
「5秒前ーーー」
そうレアムは決心し、キャリーノの前で立ち止まった。
4……3……
「キャリーノさん……」
2……1
「捕まえた」
「終了ーーーーーーー!」
目の前のキャリーノの腕は赤く光っていた。
「ご名答、レアム。よくぞ乗り切りました」
「……ご名答ってなんですか!もう、ほんとによかった……この方法が行けるかなんてわかんなかったですしほんとにギャンブルでしたよ」
「まあ試験会場にいる時点でもう参加者だからね!いやぁ、ちゃんと頭が回るようで感心感心!それじゃあ最初の場所に戻ろうか。私も色々やることあるし、先に行っておいて。帰りも別でね」
最初の場所に戻ると5000人の受験者のうち、約3分の1が落とされたようだ。レアムが捕まえた男性と捕まった女性はどちらもこの試験を突破したらしい。
先程のアナウンスを担当していた人だろうか。校長先生のような風格の人がマイクを持って現れた。
「えー、本日の試験を突破した皆様、大変おめでとうございます。今回の試験を正規ルートで受かった方も裏ルートを使って乗り切った方もどちらも素晴らしいです。軍に置いて必要なのは身体能力だけではありません。如何に冷静かつ頭の回転が働くか。それが今回の試験で図ったポイントです。裏ルートを使ってクリアした受験者はもう仕組みがわかっていると思いますが、今回の試験は全員合格が有り得ました」
『全員合格』という単語に合格者達はみなざわつき出す。まあそれも無理はない。
「今回の試験、極論を言えば初めに鬼となった人たちが何とか誰かをつかまえ、その後の鬼が最後の最後に軍人を捕まえれば良かったんです。だって軍人は試験監督者である以前にこの試験の参加者なのですから」
「1つ質問をいいですか!」
合格者の1人が身を乗り出した。
「私たちは最後に残った鬼は脱落と聞きました。ということは最後に残った鬼のうち現軍人の方々は資格を剥奪されるのでしょうか?」
「いいえ、そんなことはありません。だって私は最後まで鬼であった''受験者''と言ったのですから」
「……なるほど、承知いたしました。ありがとうございます」
確かに、アナウンスではそう言っていた。こういった細かいところに着目出来る能力が軍人にとっても必要であるのだろう。
「まあ今回の試験を乗り切った皆様はとりあえずゆっくり休んでください。1時間半という時間を短く感じる人はいると思いますが、皆様は体脳、五感全ての力を注ぎ込んだはずですので。疲労感が必ず出始めると思いますから。それでは、解散!!!!」
校長先生(仮)の話が終わり、一気に体に負荷が押し寄せてきた。もう早く家に帰って即行寝たい……。
「レアム、お疲れ様」
僕に呼びかける声の主は、メアリーさんだった。
「メアリーさん……ありがとうございます。わざわざいらして下さって」
「当然よ、合格本当におめでとう。さすがキャリーが見込んだ後輩ちゃんね」
「いや、僕なんて全然ですよ、まじで落ちかけましたし(笑)」
実際本当の本当に落ちかけてるし!!!!
「まあまあ、終わりよければすべて良しよ、それじゃ次の試験に向けて今から特訓しましょっか」
「さすがに休ませてください!!!!!!!!!!!!」
「冗談よ(笑)」
そんな冗談混じりな会話を楽しみながらレアムはメアリーと帰路を共にしたのだった。