トレーニングセンターの店員さん
夜が明けた。眩い光がレアムの顔を照らしている。
レアムは『一夜星』を後にした後、キャリーノと共に宿に泊まった。昨日の余韻が体に残っているのだろう。レアムは日差しに気づくことなく、すやすやと眠っている。そんなレアムの様子をキャリーノは至近距離で見つめていた。
「……かわいいなぁ、私の相棒、まだ相棒じゃないんだけどさ」
レアムの髪をそっと撫でる。この子ならきっと、過酷な試験も突破してくれるだろう。
「……それに君は特別なんだから。期待してるよ、レアム」
「ん……」
腹部に重みを感じ、目を開ける。
「ええ!?キャリーノさん!?」
隣のベッドに寝ているはずのキャリーノは何故か自分のベッドに顔を突っ伏して寝ていた。全くこの人は……
「…zzZ」
……あまりにも幸せそうに寝ており、起こすのがはばかられてしまう。
「……もう、世話のやける人だな」
レアムはキャリーノを起こさないように起き上がり、彼女をベッドに寝かしつけた。
荷物を仕分けしながらレアムは試験のことを考えていた。
先日の会話からして、軍試験はいくつかあって心が折れそうになるくらい過酷ということだけはわかっている。僕にそんな試験が通過できるなんて到底思えないけど……
自分の荷物の仕分けが完了し、キャリーノの荷物も仕分けようとした時だった。
コンコン
「失礼いたします」
穏やかな声と共に眼鏡をかけた女性が入ってきた。
「中尉様、そろそろご予定の時間になられましたので、お約束通り、預かっていた資料を持ってきました。」
入ってきた女性と目が合う。女性はレアムを見るなり硬直した。
「へっ……あ、あれ、もしかしてわたくし、お部屋を間違えたかもしれません!!お部屋を間違えるなんて、第四等星軍人として言語道断です、あぁ、これだからわたくしは……」
女性はそう嘆き、大粒の涙をあふれださせた。
「えええ、お姉さん!?そんな、泣かないでください!」
というか、この人今軍人って言ったような……もしかしてキャリーノさんの知人さん?
「と、とりあえず部屋間違ってないかもしれないですから!」
「いえでもわたくしはあなた様なんて初めて伺いましたし、わたくしは上司にご用事が……」
「その上司って私のことじゃないのかなぁ」
後ろから声がして振り返る。さっきまで寝ていたはずのキャリーノが起きてきていた。
「ちゅ、中尉様!!あぁ、よかったわたくしお部屋を間違えてはなかったのですね」
「もう、すぐ悲観的になってわんわん泣き出す癖をやめなさい!スミーのおかげでおきちゃったよ」
「た、大変申し訳ございません!中尉様のご休息を邪魔してしまうなんて……」
「いやでもレアムがいることを言ってなかった私も悪いよ、というかそもそも約束の時間なのに寝てた私がわるいしね!」
「こちらの方がレアムさん……でございますか?」
女性がおずおずとレアムのほうに視線をむける。
「あ、はい。ご紹介遅れました。僕の名前はレアム・スピアです。なんやかんやあってキャリーノさんと行動しています」
「レアムさん、わたくしは第四等星少尉、スミー・ラスクでございます。以後、お見知りおきを」
スミーは深々とお辞儀をした。あわててレアムも会釈をする。話し方や振る舞いからして、スミーはとても上品な人のように思えた。
「中尉様、こちらお預かりしていた資料になります!」
「あ、ありがとう!ごめんね~持ってきてもらっちゃって!」
「いえいえ、滅相もございません!それでは、わたくしはこれで失礼いたします」
スミーはくるりと背を向け退出しようとドアに手をかけたとき、少し止まって、
「レアムさん、試験頑張ってくださいね」
と呟き、宿を後にした。
……はい。心の中でそう呟き、スミーの言葉を反芻していた。
レアムはキャリーノと早めの昼食をとり、やっと試験の話が持ち出された。
「それじゃあ、だいぶ遅くなっちゃったけど早速試験の話をさせてもらうね!」
キャリーノは先程スミーが持ってきた資料を整理し、レアムの前に差し出した。
《軍人選抜国家試験について》
国に忠誠を誓い、我が国のために人生を捧げる、そんな覚悟をもった者を試験参加条件にする。試験は主に5つで構成されている。
1 身体的選抜試験
2 頭脳的選抜試験
3 五感的選抜試験
4 精神的選抜試験
5 総合型選抜試験
これら全てを突破した時、軍人として認める。尚、階級については総合的選抜試験での評価を基盤として定める。
※ただしあくまで基盤であり、各試験における優秀者には1~4の試験における評価を加点していく可能性がある
「……なるほど」
1通り目を通してみて、僕は思った。
キツくない…?試験の数バグじゃない……?
総合型選抜だけでよくない!?
「レアムー、不満と焦りが顔に出てるよ〜笑」
「いや、キツイ試験とは聞いていたので覚悟はしていたんですよ?でも、ちょっと予想を遥かに上回ってるんですよ?」
「まあ君にはどの試験も掻い潜って軍人になってもらうのさ!」
不満気なレアムとは相反して上機嫌なキャリーノ。なぜこの人はこんなにも機嫌がよろしい事なのか。
パラパラと資料を見ながらキャリーノはとんでもないことを言った。
「まず最初の試験が1週間後だから、とりず頑張ってこっか!」
「まあがんばります……って、え?今1週間後って言いました?」
「うん!!言った!」
「いやいやいや!?無理!!無理です!!」
「レアムならいけるって〜笑 私が試験受けた時もあと1週間とかだったしー」
「それほんとに言ってます??」
「ほんとだよ〜!私が可愛い可愛いレアムに嘘つくわけないじゃん!」
まあキャリーノさんが嘘つきはしないんだろうけど……
でも案外一週間でどうにかなるような試験なら、そこまで鬼畜じゃないのかもしれない。
「とりあえず、お昼食べたし!!説明したし!今から特訓始めるよーー!」
キャリーノは強引にレアムの腕を引き、宿から飛び出した。
「あああ、もう!!!キャリーノさん!なんでこうもいつも強引なんですか!?」
「文句言わない!レッツダッシュ!」
「もぉぉぉぉぉぉ」
「よし、着いたよ!」
「……ゼェハァ……そんな、ガンダッシュ……ゴホッしないで…」
「何こんくらいでへこたれちゃってるの!こんなん試験に比べたら全然余裕じゃなきゃだめだよ!」
「……お、鬼!!」
キャリーノとレアムは約3キロ程を全力疾走し、街の方にやってきた。
「な、……なんで…ゼェ…ここに来たんですか!」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、ニヤニヤしながらキャリーノは言う。
「実はここに試験に特化したトレーニングが受けれる場所があるんだよ(ニコッ)」
「な、なんか嫌な予感が……」
「その予想は合ったるかな〜、はい、いっくよー」
「ちょ、休憩させ……」
「ゴーゴー!!」
「あぁぁぁぁ」
レアムの思いは虚しく、キャリーノに引きずられていった。
そして着いたのは、レンガ建てのマンションのような建物。中に入ると、外見からは想像がつかない、ピッカピカの色々な器具が置かれている、この場所を端的に表せばジムである。器具が置かれているスペースとは少し離れたところにカウンターがあり、店員さんと目が合った。
「いらっしゃいませ、あら、キャリーノ様。今日はまた別の子を引き連れていらしたんですね」
「来週の試験に向けてこの子をみっちりトレーニングして欲しいな!」
「かしこまりました。それではそちらのお方について色々お伺いさせていただきます。まあ検査のようなものです」
店員はレアムに一枚の紙を渡した。
「あ、ありがとうございます!」
「そこにはご自身にまつわる様々な質問が記載されていますので、嘘偽りなくお答えください」
「わ、わかりました」
「キャリーノ様は検査中どうお過ごし致しますか?」
「私はこの子を見守るよ〜」
「承知いたしました。それではそちらの席で記入をお願いします」
店員が手を差し伸べた方向にある席につき、レアムは用紙に記入を始めた。黙々と書き続けるレアムをキャリーノはただじっと眺めていた。
「終わりました」
記入がすべて終わったので店員さんに声をかえた。
「お疲れ様です、それでは拝見させていただきます」
紙にはレアムの名前、生年月日、住所、そして具体的な生活の様子や性格を問うような質問が書かれていた。
「レアム様……少々空白が多すぎです」
「あ……ですよね」
それもそのはず。レアムはまだこの国に来てわずか数日、自分が何者なのかもわからない。答えられたのは名前と性格に関わる質問だけ。生活の仕方なども定着しておらず、書きようがなかった。
「ごめんね~レアムまだ此処にきて3日くらいしか経ってないから、書けることだいぶ少ないかも……先につたえておけばよかったよ、ごめんね」
「……そんな人を軍に置くんですか?」
店員さんの声のトーンが明らかに下がった。そして僕に向ける視線が鋭くなった。彼女から殺意のようなものさえ感じられる。
「そんな顔しないでよ、メア。私がこの子を推薦するんだよ」
『メア』きっとこれは店員さんの名前だろう。右胸についた金色のプレートには『Doloroso・Mary』と書いてある。
「私をメアと呼ばないで、キャリー。まああなたが推薦をしたのなら、まだ許容できるわ」
キャリーノとメアリーが親しげな仲であるのは会話からしてわかった。お互いに愛称で呼ぶのだから、二人は友人なのだろうか。
「お二人はご友人なんですか?」
レアムの問いにメアリーは顔を曇らせた。
「友人?笑わせないで。そんなものじゃないわよ、私たちの関係に首を突っ込まないでちょうだい」
メアリーさん辛辣!!どうしよう、なんか凄くこの人に嫌われている気がする……
というか、友人じゃないなら……ま、まさか…
「レアム~私とメアは恋人じゃないからね~?手に取るように考えてることわかるぞー」
「本当にこんな人を試験に参加させるわけ?絶対やめておいたほうがいいわよ。まあそもそも合格しないでしょう、こんな人」
「うっ……」
確かに、メアリーさんの言う通り、感情が見え見えの軍人なんてあってたまるものか。やっぱり僕は試験を受ける資格なんてないんじゃ……
「メアリー」
その瞬間、息をのんだ。キャリーノさんの声なんだけれど、いつもの声じゃなかった。すごく、怖い。冷酷な……
「これ以上は、私も怒るよ。ほら、はやくレアムを連れて行って」
「あ……たいへん、申し訳ございません、レアム様、ご案内いたします」
そういって方向転換をし、メアリーはスタスタと歩き始めた。
「あ、は、はい!」
メアリーの後をレアムは慌てて追いかけた。移動しているあいだ、どうしてもキャリーノの方をみることが出来なかった。
メアリーの後についていき、たどり着いたのは4階。そこには一階のような器具の超簡易的バージョンがいくらかおいてあった。
「……これから適性診断を始めさせていただくのですが、その前に、先ほどのご無礼、どうかお許しください」
メアリーはレアムの前に跪いた。
「全然大丈夫ですから、どうか姿勢を直してください」
しかしメアリーは微動だにしなかった。メアリーは続けて口を開く。
「業務中であることを忘れ……いや、業務中でなくても人として許されることではないです。いくら私情があっても許されはしません」
「メアリーさんが僕をあまりよく思われないのには、僕の素性以外にも何か理由があるんですか?」
「……それは」
「よかったら教えていただけませんか?」
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メアリーとレアムの会話を小耳にはさむ。キャリーノに数年前の記憶が蘇る。
これはまだメアリーが軍人だった頃のこと。当時のキャリーノはメアリーと同期であった。いつも通りタスクをこなし、寮に帰ろうとした時だった。軍からの電報が届いたのは……
『キャリー……私、やらかしちゃった……』
軍の医務室で横たわったメアリーは弱弱しい声で呟いた。彼女はタスク中、部下に裏切られ重傷を負った。軍直属の医師の治療により、外傷を最小限に抑えることはできた。しかし、彼女の目《・》だけは治すことが出来なかった。
『すみません、私にはメアリー様の視神経を治す技術がありません……』
医師は上ずった声でそう言った。
『え、今メアは目が見えていないんですか……?』
『そうよ、ごめんなさい。私ここまでみたい』
目が見えない軍人は退役させられる。その事実は周知である。この後、上から指示が出されるだろう。不甲斐なく笑う少女を前に、キャリーノはただ茫然と立ち尽くしていた。
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「……まあこんな感じで、今は目が見えないの。あなたに対して冷たいのは、部下のことがあったせいよ。私、自分で言うのもなんだけれど面倒見がいいの。だから、周りの反対を押し切って素性が何もわからないあの子を一人前の軍人にできるように指導していたの」
あの子……メアリーの部下の話をする彼女の顔は、すごく儚い表情だった。どこか遠くを見つめ、切ないような、悲しいような、でも少し怒りがあるような、そんな表情だった。
「あの子を信じて、努力した結果このザマよ」
そう嘲笑した。
「な……!?s「そんなこと言わないでよ!!」
「!?」
レアムとメアリーは驚き、振り返る。レアムの声に被せて叫んだのはキャリーノだった。
「今のメアは昔のメアがいたからこそじゃん!なんでそんな風に自分をあざ笑うのさ!君は立派な、この国の貢献人なんだよ!!メアがいなかったら、何人もの尊い命が失われるところだったんだよおぉぉぉぉ」
だんだんこらえきれなくなったのか、キャリーノは滝のような涙を溢れだした。彼女の姿がおもちゃを買ってもらえなくてギャン泣きする幼児に見えたことは自分の心にしまっておいた。
「あーもー、わかった!わたしが悪かったわよ!!だから泣き止みなさい!レアムの前で恥ずかしくないの!?」
「ふえぇぇ、涙とまんないもん、あとさっきちょっと怒ってごめんねぇぇぇ」
「それはあんたが謝ることじゃないから……もう」
ギャン泣きするキャリーノを抱擁するメアリー。
レアムは二人の様子を見ながらなんとなく納得をした。メアリーはキャリーノがちゃんと大切なんだということ。自分の経験から、キャリーノに同じ思いをさせないために僕のことを警戒していたのだろう。第三者の視点では僕は怪しさマックスだし。てかキャリーノさんはちょっと抜けてるしなんか騙されやすそうだし。
……二人が落ち着くまで空気と化そう。そっと二人から距離を置き、陰から見守っていた。
あれそういえば適性診断は……????
読んでくださったみなさま、ありがとうございます!
投稿がおそくなってしまい申し訳ないです‼
現在不定期投稿を行っているのですが、毎月15日の定期投稿をしていこうと思います。
これからもこの作品をよろしくお願いします!
追記 メアリーさんの目が見えるような描写が本文にありますが、それはメアリーさんのメガネが魔導具であり、そこに魔力を注ぎ込むことで見えるようにしていると言う設定でございます
また追々本文で詳しく触れると思います!!!