まさかのお誘い
ゴーン…… 重い鐘のような音が資料館内を響かせた。
「おっと、もうこんな時間だ!」
時計を見ると、時刻はVIIをちょうどまわったところだった。
「とりあえず夜ご飯たべに行こ〜!」
「まっ、まってキャリーノさん!!」
外に出ると、すっかり日は沈んでおり、いくらかの眩い星が群青色の空に映えていた。
「よーし、この近くでいっちばん美味しいお店!『一夜星』に私が連れて行ってあげよう」
「『一夜星』?どんなお料理が置いてあるんですか?」
「ふっふふ〜、それは着いてからのお楽しみさ!」
「なにたべよっかなぁ、おにくにしようかなぁ……でも野菜も捨てがたい……」
ぶつぶつと独り言をつぶやいているキャリーノを横目に、レアムは資料館での出来事をずっと考えていた。
「よーし!着いた〜!!」
キャリーノの声でレアムは一旦思考をとめた。
「え、どこにあるんですか?」
辺りを見回してもただ小道が続いているだけで、建物らしきものは見つからなかった。
「ああ、上だよ!上!」
「……は?」
キャリーノが視線を上に送った。その方向にレアムも視線を向ける。
「は~~!?」
キャリーノは正しかった。確かに上にお店が浮いていたのだ。
「いやいやいや、あんなところまでどーやっていくんですか!?」
「この私にまっかせなさーい!」
キャリーノは近くにそびえたつ木に触れた。レアムはそこである違和感に気づいた。周りには草や花が生えているだけである。なのに、不自然にここに一本の木が生えているのだ。キャリーノは瞳を閉じ、そっと口をひらいた。
「……我が国に忠誠を誓いし者、我はエストレイア国、第2等星 中尉 キャリーノ・ミールである。」
その言葉を合図に、キャリーノの手が触れている部分から光が溢れ出し、辺りを真っ白に包み込んだ。
程なくして、周りの光が落ち着いた。段々と視界がハッキリとしだした。目の前に広がっている光景は先程レアムとキャリーノがいたはずの場所とは異なり、レトロな雰囲気の居酒屋のような場所だった。
「お~い!マスター!」
「これはこれは、中尉さんじゃねぇか!お久しぶり!……おや、見慣れない子引き連れてんね?」
「ああ、この子はレアム!転生者(仮)だよ!」
「はじめまして、レアム・スピアと申します」
「おお、よろしくね嬢ちゃん!俺はこの店『一夜星』のマスターの『アマビ・リコリス』だ」
アマビは笑った時の前歯の金歯が特徴的で、見た目からして面白そうな人だった。アマビに案内されて、キャリーノとレアムは奥のテーブル席に着いた。
「マスター、てきとーに美味しそうなのいっぱいたのんだよ!あ、仔牛肉のハニーバターソテーはマストね!!」
「はいはい、いわれなくとも(笑)」
アマビが厨房へ入っていったのを確認すると、キャリーノは表情を少しかたくした。今までずっと笑顔しか見てこなかったため、レアムにも緊張が走った。
「色々振り回しちゃってごめんね、レアム。でも、どーしても君とここで話がしたかったんだ」
キャリーノさんがじっと僕をみつめた。彼女のバイオレットの瞳に僕の意識は吸い込まれていくような感覚に陥った。
「単刀直入にいうね」
キャリーノは一拍おいて、こう言った。
「軍に入って、私と一緒にこの国に革命をもたらしませんか!」
……いやあんなに真剣な顔しているから一体どんな話を持ち出してくるんだと内心びくびくしてたら、まさかの革命のお誘い…… 多分人生において革命に誘われるなんてこと夢とかでしかないと思う。
「……ちょっと言っていることがだいぶ良くわからないんですけど、どういうことですか」
「いや、ほんっとにそのまんまの意味。やっぱエストレイア国には新しい刺激がなきゃ!このままじゃこの国廃れて消えるもん」
「もっと自分の国誇ってくださいよ!?人口7000万人もいるし魔導士いるしなんか魔法すごいし廃れる要素皆無だと思うんですけど!」
「レアムに見えているのは上っ面のエストレイアだよ」
キャリーノさんの声のトーンが下がった。……顔は笑っているのに目が笑っていない。これはもしや結構ガチなやつではないのか。僕は口を噤んで視線を落とした。
「ま、今のレアムからしたらエストレイアは豊かで幸せに見えるかもしれない。でも、君が軍に入ってくれれば、現実はそんなに甘くないって、痛感してくれると思うんだ」
「いや、なんで僕が……」
「ん~、わかんない」
「そんなてきとーな!!」
「でも、私がレアムに会った時、なんかビビっときたんだよね!『あ、この子ならきっと私の最高の相棒になってくれるんじゃないか』って」
「……っ」
いきなりこの世界にきて、まだ何もわからない状態なのにこの国にとって重要機関である軍に僕がはいるのはあまり乗り気になれなかった。
「まあいきなりこんなこと言われても困っちゃうよね(笑)ごめんごめん」
キャリーノの雰囲気がいつものふわふわした様子に戻った。
「よ~し、できたぞーー!」
この話題に終止符を打つように、たくさんの料理が運ばれてきた。どの料理も今までであったことのないような不思議な感じで、美味しそうな匂いが食欲をかきたてる。
「マスター!度数強めのアルコール三本持ってきて!!」
「おいおい、中尉さん。そんなに呑んだら明日キッツいんじゃねえの? 仕事だってあるだろう?」
「今の私の仕事は新たな逸材を軍に招き入れるための新人スカウトだからいーの!」
「基本はそうかもしれねえが、また臨時のタスク入ったらどーすんだよ、ったく」
呆れた様子ながらも、アマビは酒をとりにいった。
「ほら、レアムこれ食べてみて!めっちゃ美味しいから。はい!」
そういってキャリーノさんは目の前の肉料理をとりわけ、僕の口に無理やり突っ込んだ。
「んぐ!?」
口に入れられた瞬間、バターと蜂蜜の甘い風味が感じられた。咀嚼をする度に肉汁が溢れだし、その肉汁とバター、蜂蜜が綺麗にマッチして至高を感じた。肉は弾力があり、一噛の満足感が大きかった。しっかり味わいながら飲み込んでレアムは口を開けた。
「めっちゃくちゃ美味しいです!!」
「でしょでしょ!?他にもおいしいの沢山あるからいっぱい食べな!」
しばらくの間並べられた料理を吟味し、他愛もない談笑をした。キャリーノは運ばれてきた酒を一気飲みしたことで途中から泥酔してしまった。
「あーあ、いわんこっちゃない」
泥酔したキャリーノをみてアマビは頭を掻いた。アマビは視線をキャリーノからレアムに移し口を開いた。
「なあ嬢ちゃん、少し話をしないか」
泥酔したキャリーノをテーブル席に残し、僕はアマビさんとカウンター席に座った。
「今日は中尉さん……キャリーノに勧誘されちまったか?(笑)」
「あ、聞こえてたんですか……」
「まあな~。あいつが誰かを連れてここに来るのは軍関連の話をしたいときだからな。軍関連の話は徹底的に情報漏洩を防がなきゃなんねえ。だからキャリーノにとってこの店は超好都合なんさ。この店は軍人しか入れねえようにしてるしな」
「そう……なんですね」
きっと『一夜星』に入る前のあの出来事は、アマビさんの魔法かなにかなんだろうな。
「嬢ちゃん……レアムといったか。レアム、お前は軍に入るのか入らないのかどっちなんだ?」
「……いきなりの勧誘だったから、まだ答えは決まってないです。そもそも僕はこの国のこと何も知らないし、自分のこともわかってません。そんな僕が軍なんかに入るなんてとても恐れ多いじゃないですか」
「……だからこそじゃないか?」
「え?」
「お前さんはこの国に関して何も知らない、なら固定概念とかそういうもんが一切ないだろう?国民からしたら、この国を知りすぎているが故に、どうしても『エストレイアは幸せな国だ』とか『みなが平等で平和である』とかなんかそういう概念がうまれちまう。表面しか見えてねえんだ。でもその表面がすべてだと勘違いして、裏にどんなことが隠れているかを知ろうとしないし、見向きもしねえ。そんなんじゃこの国の根本的な解決にはならねえじゃねえ。裏にどんな闇が隠されていて、どうやってそれを対処していくのか。それが軍の役目の一つでもある」
アマビの真剣な表情と淡々とした喋り方はレアムの心に響いた。
「僕……は」
そこでレアムの脳裏にはカーム・スピアの存在が浮かんだ。
「あ、でも僕は探している人がいるんです。軍に入ったら、その人のことを探すのが困難になってしまうんじゃないかって……」
「いや、だったら軍に入ったほうがよくないか?軍の資料館で情報収集ができるし、タスクや任務とかでいい収穫ができるかもしれないぞ」
「た、たしかに……」
それに、僕にはキャリーノさんに恩がある。出来ることならキャリーノさんの力になりたい。
「決めました、僕軍に入ります」
その言葉をきいて安心したようにアマビさんは優しい笑みを浮かべた。
「そうか……がんばれよ」
そういって僕の頭を軽くポンっと叩いた。アマビは席をたちキャリーノの方へ向かった。
「おいこらそこの酒カス、店じまいだ!とっとと起きやがれい!」
「んにゃ!?耳元で叫ばないでよぉ~、うう、頭いた、」
「ほら、水!!」
アマビに渡された水を渋々飲むキャリーノにレアムは声をかけた。
「キャリーノさん、僕、軍に入りたいです」
「ゴフっ……へ!?!?」
動揺したのか、キャリーノは口から水をふきだした。
「え、え、ほ、ほんと!?いいの!?」
「はい!アマビさんのおかげで決心ついたんで」
「……ますたー!!( ;∀;)」
「礼はいらねえ、だからお前さんは噴出した水を掃除してから帰りやがれ」
「勿論ぜひとも!!」
キャリーノはこちらに手を差し出した。
「レアム、契約成立だね!」
差し出された手をぎゅっと握る。
「はい!!ご指導、よろしくお願いいたします!」
二人の握手が、契約の証となった。
「それじゃ、レアムにはこれから軍に入るための試験あるから、がんばって全部乗り切ってね!!合格率45パーセントくらいだけど!」
「……え???」
「よ~し、レアム、頑張れよ!!多分二つ目の試験から心折れかけると思うけどな!」
「…………え?????」
「よっし、掃除終わり!!マスターお勘定!」
「はいよ~~」
「え!?ちょ、え!?試験の話詳しく教えてくださいよ!?」
これから、僕の過酷な三か月が待っているのはまた次のお話である。
本文中に入れようと思ったけれど入れれなかったお話。
一夜星のマスター Amabi・Licoriceは空間移動魔法が使えるちょっとすごい人です。
アマビの魔法によって一夜星は常人ではたどり着けない仕組みになっています。アマビは木に、
特定の言葉を発した時に自分の魔法が作動できるようにしました。キャリーノが唱えた呪文のような言葉はアマビの魔法作動における条件です。この条件設定には彼の息子の魔法が関わっているとかいないとか。
アマビの魔法が作動することで、一夜星にたどり着くことが出来ます。帰りは代金を払ったことがトリガーとなって、また木の所まで移動されます。まあ要するに一夜星に入るにしろ出るにしろアマビの空間移動魔法が必要になってくるということです。一夜星にはドアがないので空間移動魔法を使わずには、入ることも出ることも出来ません。
アマビがこのようにした理由は食い逃げや空き巣を無くすため……といわれています