第9話 花束の神様
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遥か昔、世界の境界線が曖昧だった頃のこと。
先人たちは生活の豊かさ、便利さを求め、異世界から異種属を召喚し、彼らしか持ち得ない力を酷使させ、奴隷として働かせていました。
その扱いの酷さは、暴力に怯える者、魔力が底をつき衰弱する者、逃げ出し、連れ戻され罰せられる者、元の世界に還れず野山に捨てられる者の涙で、海が、川が、水が、淀むほどでした。
我が子らの愚かさを嘆き悲しんだ創造神エデムは、奴隷たちの生まれ故郷がある異世界を見守っている兄弟神たちとの話し合いを重ね、新たなる哀れな子らを生み出さない為に、召喚術を禁術に指定した上で、奴隷たちの解放、帰還の手助けを精霊たちに命じました。
神託を受けた精霊たちは、自身を信仰する者たちに神託を伝え、信者たちは神託の通りに奴隷たちの保護に励み、奴隷たちは元の世界に還ることができました。
ですが、全員が還れたわけではありません。
ある者は逃げ回り、ある者は抵抗し、ある者は反撃に転じ、ある者は閉じ籠もりました。
人々は永い永い時間をかけて、奴隷たちを元の世界に還し続けましたが、残る数が50を切った頃には人の手には負えない者たちばかりが残ったせいで、その数は減らなくなりました。
こちらの言葉に耳を傾けず、姿を見れば牙を剥き、霧のようにその身を解いて逃げてしまう元奴隷たちを相手になす術のない人々は、遥かなる天に願いました。
創造神エデムよ。愚かなる我らにどうか、彼らを救う為の力をお与えください。
天は応えました。
ならば私が与えましょう
精霊たちは困惑しました。なぜならその声は、創造神エデムのものではなかったからです。
動揺する精霊たちの頭上、創造神エデムのおわす蒼き天に生じた、黒い波紋。その中心からするりと降りてきたのは、穏やかな青と優雅な紫の花束を頂く、靄の体を持つ異世界の神様でした。
私の国の新たな神を使わします。為ったばかり故に未熟ではありますが、優しい道を歩み始めたあなた方と共に、正しく成長することを祈っています
そう言って、柔らかな声は波紋と共に消えていきました。
心を入れ替えた人々と、異世界から現れた花束の神様は協力し合い、今もまだ彷徨っている奴隷たちに手を差し伸べ続けているのです。
❆ ❆ ❆
「その花束の神様ってのがツクモさん?」
クラフタン町の図書館内、大勢の宝石頭科がつくり出す静けさの中、周囲の迷惑にならないよう小声で尋ねる。
「そうそうそゆこと」
小声で返してきた桜菜が絵本を閉じる。隣り合って座っている私たちの正面で違う本を読んでいたリンフェイムさんが顔を上げた。
「絵本にも書いてあった通り、召喚術が禁術に指定されてからは召喚士という職は廃職になったわ。でも中には従わない召喚士もいたみたいで、神託の後もしばらく奴隷は増えていたの。だから最上位である星の精霊アスラ様が元召喚士たちから魔力を奪い、持たざる者へと変えていった。そこまでしてやっと召喚術は潰えたのよ」
「持たざる者?」
「ああ、ごめんなさいね。持たざる者っていうのは、魔力を一切持っていない者って意味。当時は後天性のものだったのだけど、時代が進むにつれて生まれながらに魔力がない者たちが増えていったわ。悪い召喚士の子孫たちよ」
パタンと本を閉じて、ふう、とリンフェイムさんはため息を吐いた。
「異世界の住民に対して残酷なことをしてきた報いなのよ。召喚術に関わっていない現代の子孫たちからすればなんで私がって話になるけど、魔法を使えなくなるだけで済んだのならかなり軽い罰だと思わない?」
「でも悪いことばっかりじゃなかったのよね。持たざる者が増えた分、装身具の技術が発展したんでしょう?」
「それはそうだけど」
使えるに越したことはないわよ、と返すリンフェイムさんから、だよねぇ、と同意する桜菜に目を移す。はて、と疑問が浮かんだ。
「でも、召喚術が禁術なら私たちはここにいてもいいの? ツクモさんに召喚されてこっちに来たんだよね?」
迷子捜しの準備は既に終わっていますが、先に水晶族に会ってくるので、戻ってくるまでにシュシュにしっかり説明するように! と言い残して去っていったツクモさんを思い出す。
「ん? 違うよ? あたしたちはツクモちゃんに召喚されたんじゃなくって、あたしたちの世界にいる神様に、手伝ってこーいって飛ばされたんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
言われてみれば、確かに桜菜は飴を舐める前に、飛ばされた、と言った。あれは言い間違いではなかったということか。
「だから、修復士様は召喚術を使ったわけじゃないからお咎めなしってことになるの。まあ例え使ったとしても、異世界の神様だから私たちが裁くことはできないんだけどね」
「なるほど……。ところでリンフェイムさん、ツクモさんがいなくなってからえらい喋りますね。さっきまで置物みたいになってたのに」
〈テリーの宝石箱〉にいた時、リンフェイムさんはほとんど喋らなかった。ツクモさんと言葉を交わした時も、かなり緊張していたようにも思う。彼女の変わりようについそんなことを尋ねてしまうと、大粒のアメジストはぴたりと動きをとめた後、ふいっと顔を逸らした。
「……だって、修復士様は神様なのよ? 私みたいな一般人が気安く話しかけていい相手じゃないの。あの御方は神様なんだから」
ああもう緊張した……、まさか正面に座られるなんて……、もっと磨いておけばよかった……、とぶつぶつ呟き続けるリンフェイムさんに目をぱちくりさせた私は、そっと桜菜の耳にくちばしを近づけた。
「なんか、テルシアさんとは真反対だね。あっちはかなりフレンドリーだったけど」
こそこそ聞けば、
「神様だからって理由で近づきづらく思う人はかなり多いよ。ツクモちゃん本人はもっといろんな人と仲よくしたいみたいだけどね。テルシアさんはほら、近所の気のいいおばちゃんみたいな性格だから、あんまり気にしてないみたい。ツクモちゃんの家とこの町ってお隣さんだし」
「ほんと、どうすれば皆さんともっと仲よしになれるんでしょう。わたくし凄く悲しいです」
突然背後から聞こえてきた声に、2人同時にピャッ! と体が跳ね上がる。振り返れば、どこから取り出したのだろうハンカチを目もとに当てて泣いている仕草をするツクモさんがいた。