第7話 〈テリーの宝石箱〉
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「おやおやまあまあ、随分と立派な白鷲だこと」
ショーケース前でどれを買うか悩んでいる二人連れや、カウンター席で購入したケーキの箱詰めを待っている客たちで賑わう〈テリーの宝石箱〉の店内、4人がけのソファー席に並んで座る桜菜とリンフェイムさんの向かいで、2人分の席を陣取って羽を畳んでいる私の姿を見たツクモさんが、驚いたような、それでいて楽しそうな声で言った。
「測ってみたら翼長が3メートル超えてたんだよ! 凄いよね!」
「フィフィ静かに。他のお客さんに迷惑だから」
騒ぐ桜菜を嗜めつつ、鳥の体を起こして1人分の席を空ければ、よいしょっとツクモさんが腰かけてくる。そのタイミングで、店主であるアメトリン属の宝石頭科、テルシアさんが2人分のケーキとジュースをトレーに乗せてやってきた。
「お待たせ〜フリューリング、シュネーブラット。助けてくれたお礼だからおかわりしてね〜。あら、修復士様も来られてたんですね? ケーキはいかがですか?」
「ケーキは夜食べる予定なので、ハーブジュースをいただけますか?」
「はい、すぐにご用意しますね」
そう答えて、店主が小走りに去っていく。ありがとーとお礼を言う桜菜の声が聞こえたが、目の前に置かれたケーキを一目見た私は、それに続くことができなかった。
アメジスト、シトリン、エメラルド、サファイアなど、様々な宝石がこぼれ落ちそうなほどに飾られたシャルロットケーキ。よくよく見ればゼリーなのだが、綺麗にカットされている様はまるで本物の宝石箱だ。
桜菜が注文したオペラは正方形に近い形をしており、表面には濃淡のある緑が波打っていて、さながら小窓から覗くオーロラのようにキラキラと輝いている。
元いた世界の、都会を目指しつつも田舎から抜け切れていない故郷ではまずお目にかかれないお洒落なケーキに、私は言葉を失くしてしまった。
「ごめんねツクモちゃん、町まで呼び出しちゃって。シュシュがこんなことになっちゃって、どうしたらいいかわかんなかったの」
桜菜のセリフにはっと我に返る。
「いえいえ、大丈夫ですよ。あなた方2人の面倒を見るのもわたくしの役目ですから。それにしても、シュシュの才能には驚きました。狸が得意とする変身魔法を初日で使えてしまうとは」
ぽんぽんと、靄が形作る掌に頭を撫でられる。家での作業を中断してまでツクモさんが町に出てきたのは、私の様子を見る為だった。
無法者を警備隊に突き出したはいいものの、習っていない魔法で変身してしまって元に戻れずにいる私を心配した桜菜が、テルシアさんに電話を借りてツクモさんに助けを求めたのだ。
「使えても戻れないんだから困り物ですよ。フォークだって握れやしない」
ツクモさんを横目で睨む。鳥ながらによほど恨めしげな顔をしていたのか、ツクモさんと桜菜が笑い声を上げ、リンフェイムさんは咳払いで噴き出したのを誤魔化した。
「逃げる犯人を追う為に鳥に、捕まえる為に鷲に変身する的確さを見せたあなたならすぐに元に戻れますよ。形代にも異常はありませんし、ケーキはほら、ついばんでいただけばいいだけですから」
ね? と、私の不安を払拭するかのように言うツクモさんと、それに合わせてうんうんと頷く桜菜の姿に、ま、考え込んでも仕方がないか、と悩むのをやめた。
「お待たせしました〜。今日のハーブジュースはレモンバームとレモングラス、レモンピールのブレンドです〜。あらみなさん、楽しそうですねぇ」
戻ってきたテルシアさんが新しいグラスをツクモさんの前に置く。ほんのりと柑橘系の匂いがする炭酸水だ。
「修復士様、シュネーブラットは新しく来た子だとフリューリングから伺いました。なのにもう魔法が使えるなんて、とても優秀ですね。しかも盗っ人を捕まえるだなんて、本当に驚きました」
「ええ、わたくしもフィフィから連絡をもらって驚いているんですよ。育て甲斐があるというものです」
うふふ、と紫陽花頭とアメトリン頭が声を揃えて笑った。ぞわりと背筋に冷たいものが走る。その感覚を振り払おうと、鋭利なくちばしで宝石を1粒咥え、頭を軽く振り上げるようにして呑み込んだ。
「あ、葡萄だ」
食べたのはアメジスト。ほんのり舌に広がる葡萄の風味につい言葉が漏れると、当ったり〜、とテルシアさんが嬉しそうに言った。
「アメジストは葡萄、エメラルドはメロン、サファイアはスクルの実、シトリンはオレンジの果汁を入れて作ってるの。お口に合うかしら?」
「はい、美味しいです」
知らない果実も混ざっているが、たった1粒で口の中いっぱいに広がるほどの果汁が詰まった宝石がいくつも乗っているケーキを前にすれば、どのような実なのかという問は明後日の方へ飛んでいってしまった。