第4話 新しい体
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長く感じたので、第3話を2つにわけました。既に読まれている方は明日の更新から呼んでいただいて大丈夫です。
「さあ、これが雪葉さんの形代です」
ツクモさんに言われて、床に置かれている長方形の木箱を覗き込めば、1体の球体関節人形が横たわっていた。
頭髪は生えておらず、性別を表す部位は凹凸なくのっぺりしている。指を絡めた両手を下腹部の上に置き、まつ毛のない瞼を閉じている姿は、無機質ながら眠っているようだった。
その精巧さにも驚きだが、それ以上に衝撃だったのは、人形の顔が私に瓜二つなことだった。
「形代そのものの用意は終わっているので、あとは装身具をどれにするかを決めるだけですね」
ツクモさんの言葉に、桜菜がうんうんと頷いた。
『装身具?』
「アクセサリーだよ。ここは魔法が使える世界だって説明したけど、あたしたちは使えないでしょ? だから、魔法を使う為のアクセサリーが必要になるの」
ちょっとここにいてね、と私を木箱の縁に下ろした桜菜は、近くにあった机に置かれていた液体の入った瓶をいくつか持ってきた。
「えっと、メデューサとスフィンクスとセイレーン鳥バージョンがあるけどどれがいい?」
『「待って?」』
聞き覚えのあるモンスターの名前に待ったをかければ、ツクモさんとセリフがかぶった。
「雪葉さんは初めての形代なんですから、もっと無難なものを選びましょう。そうですねぇ……、獣人なら猫ヒト属とか、強さもほしいならリザードマン系、竜人属もいいですね。亜人属なら先ほども説明した水晶族のような宝石頭科や、わたくしと同じ花頭科がおすすめです。頭部以外の変化がほとんどありませんから、尻尾や翼の扱いに困ることもありませんよ」
ツクモさんが指折しながら候補を上げて助け舟を出してくれた。
桜菜はアクセサリーと言ったが、物騒な名前が連ねられた時点でネックレスやブレスレットなどの可愛らしいものではなく、形代とやらに肉体的な変化を加えるものだと察しがつく。ツクモさんの反応を見ても間違いないだろう。
頭に蛇なんぞ生やされてたまるか。
『えっと、頭を変えるのは勇気がいるので違うのがいいんですけど……。じゃあ、猫ヒト属とか……』
「だったらイヌ科がいい!」
桜菜が割って入ってきた。
「雪葉さん自身はネコ科を希望されているようですが、フィフィはイヌ科がいいんですか?」
「うん! 絶対イヌ科! 耳が立ってるのがいいな! あと雪葉の名前はシュネーブラットにしたから、シュシュって呼んであげて!」
「おやおや、いい名前ですね」
そう返すツクモさんに、よろしいのですか? とでも言いたげに目配せされる。紫陽花の頭部に目などついていないのだが、なんとなくそんな雰囲気を感じ取って、頷いた。
「ではイヌ科の耳が立つ個体のものを選びましょう。確かストックの中に……。……ああ、これですね」
先ほど桜菜が駆け寄った机に顔を向けたツクモさんが、くいっと指を振る。次の瞬間、ポンと軽い音が鳴って、茶色い液体が入った小瓶が靄の掌に転がった。
「シュシュ、形代の鳩尾に乗っていただけますか?」
『はい』
言われるがままに、ふわりと浮かんで指定された場所に移動する。キュポンと蓋を開けたツクモさんは、小瓶に人差し指を突っ込んで、湿らせた指先で形代の唇をなぞった。
そわり、と、奇妙な感覚が体に走る。
不快ではない。例えるなら、産毛だけを撫でられるような、毛先を遊ばれるような、触れられているのかいないのか判断しづらい、そんな感覚だった。
すとん、と体が落ちた気がした。思わず瞬きをすると、今まで見えていた景色の向きが、魚の群れから薄暗い天井に変わっていた。
「え?」
くぐもっていた声がはっきりと聞こえる。もしかして、と体を起こせば、形代の上半身がむくりと起き上がった。
「「おおー!」」
桜菜とツクモさんが拍手をする。どうやら無事に形代に入れたようだ。
「上手! 上手い上手い!」
「鏡をどうぞ。確認してください」
ふよふよと宙を漂ってきた鏡が正面に静止した。
つるんとした形代の体に、私の頭が乗っている。頭髪やまつ毛はきちんと生えているが、黒い髪の毛を掻きわけるように、白色の獣耳がぴんと立っていた。
「やったー! これで雪葉もこっちの人だー! あ、その体に入ったらもうシュシュだよね? シュシュ! 異世界デビューおめでとー!」
「今夜はパーティーですねぇ。ご馳走を用意しなくては」
「じゃああたし、クリステスラ国にケーキ買いに行ってくるー!」
「ホールを2つお願いしても? あとメモを渡しますので他の買い出しも」
「もちだよ!」
2人? 1人と1柱? がキャアキャア騒いでいるが、私自身はそれどころではなかった。
浮いている鏡を鷲掴み、眼前へと引き寄せる。頭の角度を右へ左へと変えて、注意深く獣耳を観察してから鏡を離し、立ち上がった。
「ぅえっ?! ど、どしたのシュシュ?」
桜菜がびくりと肩を震わせる。ツクモさんも不思議そうにこちらを振り返っているが、それに応える余裕もないまま、私は体を見下ろした。
女の私が宿っても、球体関節人形の体には性別の特徴は反映されていない。唯一はっきりとした変化があるのは、臀部に生えた白い獣の尻尾だ。
右手を後ろに回し、それを掴む。短めで、毛並みは少し硬い。引っ張って目で確認してから、疑問を確信に変えた。
「桜菜、これわんこと違う」
「え? そうなの?」
「うん。狸だわ、これ」
色こそ違えど、私の頭に生えたそれは、腰で揺れるそれは、まさしく狸そのものだった。