第2話 まさかの異世界転移
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夕食後、風呂と宿題を終えた私は桜菜にせがまれて同じベッドで眠りについた。
普段ならそれぞれの部屋で寝るのだが、彼女は夢見が悪かった夜の翌日とか、ファミリー物のテレビを観た夜などは独り寝を嫌がる為、特段珍しい申し出ではない。両親が恋しい気持ちはわかるので、求められるままに手を繋ぎ、明かりを消したのが昨夜の最後の記憶だ。
私はもともと寝つきがいい方ではないのだが、金曜日で疲れが溜まっていたからなのか、はたまた飴を舐めたからなのか、深海に潜っていく鯨のような緩やかさで、すうっと意識を手放した。
一度寝てしまえば目覚ましが鳴るまで眠り続ける私の意識を浮上させたのは、機械的なアラーム音ではなく誰かが会話している声だった。
ぼんやりとした頭で聞いていると、片方は桜菜であることがわかった。ではもう1人は? 電話をしている可能性もあるが、ならばなぜ相手の声も聞こえる? 桜菜は寝ている人間の隣でスピーカーに切り替えるような非常識な性格ではない。誰かが訪ねてきたのか? 寝室にまで?
一瞬で意識が覚醒して、桜菜がいる方を見ようとしたが、危機感よりも違和感が勝った。起き上がったはずなのに、体を起こした感覚が、ベッドで寝ていた感覚がないのだ。
何がどうなっているのか見当もつかず、自分がいる場所を確認しようと体を見下ろすと……
『……なんでこうなった?』
酷くくぐもった第一声がこぼれ出た。
パジャマを着ていたはずなのに、着ていない。というより、着ていたはずの体がない。ついでにベッドもない。
私の体は、ケサランパサランのような、白くてふわふわした何かに変化していたのだ。
「あ! 起きた!」
愕然としていると、私に気づいたらしい桜菜の声がした。顔をそちらに向けると、ふわふわそのものが向きを変える。そして再び愕然とした。
私と色違いのパジャマを着ていたはずの桜菜は、淡い色のポンチョを羽織っていた。それにも驚きだが、微笑む彼女のすぐ後ろに立つ何者かが、酷く異様だった。
私が小柄に思えるほどの長身の、人ならざるモノ。ファンタジー映画でよく見る暗色のローブを纏っているが、袖から覗く手の輪郭は靄がかったようにぼんやりと揺らぎ、裾から出ている足は1本で、幽霊のように先細っている。
明らかに人間でないソレを、人外と思わせる最たる部分。それが、紫から青にグラデーションがかかっている、紫陽花の頭部だった。
「ああ、目覚めてくれてよかった。体調はどうですか? どこか具合の悪いところは?」
紫陽花頭が尋ねてきた。声の調子から、私を心配しているのが伝わってくる。しかし、だからといってすぐに受け入れられるほど、冷静な心境ではない。
『……た、体調を崩す体がないです』
精いっぱいそう返せば、けらけらと笑った桜菜に、
「やだもう雪葉ってば!」
と突っ込まれ、パシンと叩かれた。
決して強い力ではなかった。なかったのだが、ふわふわな私の体は大げさなほどに飛ばされ、ペシャッと何かにぶつかり、落ちた。
「キャー! ごめん雪葉ー!」
「こらフィフィ! 乱暴してはいけません!」
「ごめんなさいー!」
桜菜が紫陽花頭に叱られている。彼女がフィフィと呼ばれたことも気になるが、2人? のやり取りを見て、紫陽花頭が危ないモノではないと一先ず己を納得させて、周囲を見回した。
焦げ茶色の柱と白壁の、落ち着いた雰囲気の部屋だった。壁には風景画が飾られているが、月が2つ描かれていたり、湖の中から上半身を出した女性が4本の腕で髪を梳かしていたりと、なんとも不思議な構図のものばかりだ。
自分がぶつかったであろう壁を見ると、光を放つ粉が円形に残っていて、細かな粉がさらさらと伝い落ちていた。私の跡だろうか? と思ってもう一度体を確認すると、かすかに光っていることに気づく。
立ち上がる動作を意識してみると、体がふわりと浮かび上がった。浮いていたからあんなに飛ばされたのか、と理解したのと同時に、桜菜が両手で作った器を私の下に差し込んできた。
「ごめんね雪葉、痛くなかった?」
『痛くはないよ。それより、何が起こってるのか教えて? てゆうか私の体どこ?』
小さな掌にすっぽり収まりながら尋ねる。ここはどこなのか、私の体はどこにあるのか、紫陽花頭は誰なのか。その全部をわかるように教えてほしい。
「あたしたち、異世界に来たんだよ。魔獣とか聖獣とか亜人とか、いろんな種族が存在してる魔法が使える世界。今いる場所は、水晶族が治めてるクリステスラ国と黒獅子族が治めてるガルファディア国の国境になってる森なんだ。あたしたちの体は元の世界のベッドで寝てるよ。こっちに来たのは魂だけなの」
私を片手で支えつつ、教鞭のように人差し指を振りながら桜菜が言った。クリステスラ国? ガルファティア国? なんだそれは。
「水晶族とは、頭部が水晶になっている宝石頭科水晶属の一族です。魔力の高い者ほど透明度が高く、低い者ほど不純物が見られたり、クラックが入っていたりする場合が多いですね。クリステスラ国には水晶族同様頭部が鉱石になっている者たちが多く住んでいるので、とても色鮮やかで美しい国なんですよ。ご存知ではなかったですか?」
『存じ上げておりませんが?』
桜菜に覆いかぶさるように、ぬうっと現れた紫陽花頭が補足した。そんな国は一度たりとも聞いたことはない。
「ふむ、そうでしたか……。では、もう一方の説明もさせていただきますね。黒獅子族は名の通り黒色のたてがみを持つライオンの獣人の一族で、ガルファディア国の住民のほとんどがネコ科なんです。だからといって他種属を嫌うことはないのですが、無礼を働いたり、子どもを痛めたりしてはいけません。彼らは他者の子どもでも我が子のように大切にしていますから、それはそれは恐ろしい目に遭いますよ」
紫陽花頭の説明に、あはは、と桜菜が乾いた声で笑った。何か因縁でもあるのだろうか。
「さあ、あなたの体を見繕いに行きましょう。ずっとそのままでいるわけにはいきませんから」
「あ、そうだったね」
紫陽花頭のセリフに桜菜が頷く。待て、私を置いて話を進めるな。
『見繕う? 体を?』
どういう意味だと桜菜を見上げれば、いひひっとあの笑顔が降ってきた。
「大丈夫だよー。あたしとお揃いになるだけだから」
ほら、と上げられた桜菜の腕を見て、驚愕した。
めくられたポンチョの袖から覗いた肘が、見知った人間のものではなく、球体関節人形のような形に変わってしまっていたからだ。
『そ、それ……』
なぜそうなってしまったのか問おうとしたら、そういえば、という紫陽花頭に遮られた。
「自己紹介がまだでしたね。あなたは雪葉さんで間違いなかったですか?」
『あ、はい』
先ほどの桜菜のセリフを聞いて覚えたのか、前から知っていたのかはわからないが、頷く。
「よろしく雪葉さん。わたくしの名前は四葩ですが、こちらの世界ではツクモで通っていますので、そちらで呼んでいただけるとありがたいです」
『よひら……、え? ツクモさん?』
「はい。ツクモです」
ここで言葉を区切った紫陽花頭は、少し大げさな動作で両手を左右に広げた。
「わたくしは紫陽花のかんざしから転じた付喪神。こう見えて、あなた方と同じ世界の生まれなんですよ」