第11話 アルミラージ
投稿が遅れてすみません、コロナでした。
まだ本調子ではないので、少しずつ書いていこうとおもいます。
「おやおやまあまあ、随分と立派なドラゴンだこと」
「そのセリフちょっと前にも聞いたんだけど」
聞き慣れた声に振り返れば、フクに跨った桜菜と浮遊しているツクモさんがいた。
「群れで襲ってくるピアサに対して広範囲への攻撃手段を持つ天敵に変身するとは、本当に魔法初心者とは思えない判断力と順応力ですねぇ」
「凄いよねぇ。あたしなんて最初の魔法でツクモちゃんの服の裾焦がしちゃったんだから。シュシュ、誇っていいわよ」
「私は早く人間に戻りたいよ」
正確には戻ったところで人形なのだが、人外のままでいるよりかは幾分もマシだ。
「とりあえず地面に下りましょうか。ついてきてください」
ふわりとローブをはためかせ、紫陽花が森に向かって下りていく。後を追うと、翼が当たらないギリギリの距離までフクが近づいてきた。
「ピルル? ピルルル?」
「私だよ。わかる?」
そう声をかけると、フクはピルルッ! と嬉しそうに鳴いた。
「ごめんねぇシュシュ、リンフェイムさん。ツクモちゃんノーコンだから、自分以外を転移させる時って結構な確率であらぬ方向に飛ばしちゃうことがあるんだぁ」
「そういうことは先に言っといてほしかったんだけど」
「だからごめんってばぁ」
桜菜がしょんぼりと項垂れる。背中に跨っているリンフェイムがもぞりと動いた。
「合流できたんだからよしとしましょう……。私、早く地面に立ちたい……」
リンフェイムさんが纏う、どんよりとした空気に気づいて桜菜と目を見合わせる。
ツクモさんへの依頼に巻き込まれて空中に放り出された挙げ句、魔鳥に追われ、元は人間とはいえ出会ったばかりの女が変身したドラゴンの背に乗る羽目になった彼女の心労はどれほどだろう?
息子さんの誕生日ケーキを買いにきただけなのに、この仕打ちはあんまりではなかろうか。
「フィフィ、地面に魔獣はいないの?」
「危ない奴は近くにはいないよ。ツクモちゃんが追い払ってくれたから」
「そうかい……」
はぐれてしまった私たちそっちのけで? とは口に出さず、背中のリンフェイムさんに気を配りながら、地上に向かう速度を少しだけ上げた。
❆ ❆ ❆
針葉樹の葉の隙間を抜けて降り立った地面は湿っていた。桜菜がフクから、リンフェイムさんが私から降りる。尖った葉先で擦ってしまった翼に傷がないか確認していると、近寄ってきたフクが手伝ってくれた。
「皆さん、こちらにどうぞ」
木々の向こうからひょっこりと顔を出したツクモさんに手招きされて、そちらに向かう。人一人乗せられる程度の大きさのドラゴンに変身したのが幸いして、幹に体をぶつけることはなかったが、翼をしっかりと折りたたまなければならないのはとても窮屈だ。
「ほら、これがアルミラージの足跡です」
濡れた地面を点々と抉る跡を指差し、ツクモさんが言う。その足跡は丸い葉の低木の隙間に消えており、湿り具合からさほど時間が経っていないように思えた。
「アルミラージっていうのは金の体毛に真っ黒な一本角が生えた兎みたいな魔獣だよ。こっちの世界にも同種はいるんだけど、今回探す迷子は毛色だけじゃなくて角まで金色なんだ」
両の掌で、中型犬ほどの幅を作りながら桜菜が教えてくれた。それぐらいのサイズならこちらの方がいいだろうと、私は白鷲に変身する。
「ちょっと見てきてもいい?」
「え? 1人で?」
驚く桜菜に頷いて、ツクモさんに向き直る。
「遠くまでは行きません。無理もしません。ちょっとそこまで見てくるだけなので」
「ええ、構いませんよ」
渋られるかと思ったが、あっさりと承諾された。
「30分以内には戻ってきてください。それを過ぎるようであれば捜しにいきますから。それと、よろしければ彼女に同行していただけますか?」
唐突に話しかけられたリンフェイムさんが、ほぇっ?! と不思議な声を上げた。
「わ、わ、わ、私がですか?」
「さすがに異世界に来た初日に単独で行動させるのは不安ですからねぇ。危険な魔獣は追い払ったとはいえ、何が起こるかわかりませんし……。町に戻ればお礼をいたしますので、よければーー」
「お礼なんてとんでもないです! さ、行きましょう!」
始めはキョドっていたリンフェイムさんだったが、お礼、という単語に酷く反応して私のくちばしを引っ掴むと、脱兎の如く走り出した。
ウブッ、だの、グブッ、だのと汚い声が出たの仕方のないことだ。舌を噛まなかっただけマシだと思い直し、もつれそうになる脚を必死に動かして駆ける。
桜菜たちはすぐに見えなくなったが、リンフェイムさんが足をとめたのは5分近く走った後だった。
「お礼……? 神様が私に……? そんなの……、……そんなの受け取れるわけないじゃない! 神聖物を賜るようなものだわ! 同属からなんて言われるか!」
きぃぃぃぃっ! と奇声を上げながら両腕を振り回され、くちばしを掴まれたままの私の頭も激しく揺れる。鉤爪でちょんと腰をつつけば、ハッとしたリンフェイムさんはようやっと手を離してくれた。
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫ですよ」
翼でくちばしをさすりながら返す。怒ってなどいないのに、それでも申し訳なさそうにしょんぼりしているアメジストを、柔らかな羽先でそっと撫でた。
「本当に大丈夫ですから、気にしないでください」
「でも……」
まだ何か言いたそうなリンフェイムさんだったが、言い淀んだ瞬間近くの低木がガサリと鳴って、私たちは振り返った。
「あのぉ、つかぬことをお伺いしますが、もしかしてあなた、神使様でいらっしゃいますか?」
おずおずと低木の下から這い出てきたのは、木陰という薄暗がりの中でも輝いて見えるほどの金の毛並みをした、一本角の兎だった。
「え? あ、はい、神使のシュネーブラットですけど」
兎が喋ったことにも驚きだが、何より目を引いたのは体毛と同じ金色の角だ。
桜菜から聞いた、異世界から召喚されて未だ還れない迷子のアルミラージと同じ特徴。長年に渡り、この世界の人たちも、ツクモさんも救うことができなかった金兎が今、目の前で、垂れた両耳を両前足でぎゅっと掴みながら、泣きそうな瞳で私を見上げている。
「ああよかった、あなたから感じる気がこちらの世界の人間たちとは違ったからもしかして、と思いまして」
安堵した様子でほっと胸を撫で下ろした金兎の瞳に、うるうると涙が滲んでいく。
「神使様、どうか……、どうかぼくたちを元の世界に還してください!」
がばり、と土下座する勢いで、アルミラージが頭を下げた。
逃げ回っていたのになぜ今になって? とか、ぼくたち? まだアルミラージがいるのか? とか、色々な疑問が生まれたが、あまりに突然すぎる展開に、私とリンフェイムさんは何も言葉を発することができないまま、ただただ顔を見合わせて、しばらくの間首を振ったり傾げたりを続けていた。