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第10話 迷子探し

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「んもーツクモちゃん脅かさないで! ケーキが出ちゃうかと思ったじゃん!」

「おやおや、それは失礼しました。ですがフィフィ、ここは図書館なのでお静かに」


 ぷんすこ怒っていた桜菜が、ツクモさんのセリフにぐぅ、と言葉を詰まらせる。私は周囲を見回して、こちらの様子を遠巻きに見ている利用客たちにぺこぺこと頭を下げた。


「さ、迷子が遠くに行ってしまう前に目撃情報があった場所まで移動しましょう。借りたい本はありますか?」

「ううん、大丈夫。返してくるね」

「はいはい、急いでくださいね。走っちゃ駄目ですよ」

「わかってまーす」


 早足で本棚に向かっていく桜菜の後を、心なしか体を縮こまらせたリンフェイムさんが追っていく。自分が読んでいた本を返しに行くようだ。

 近くに誰もいないのを確認して、折り畳んでいた羽を広げ、2、3度羽ばたいて体をほぐしてから、どこか微笑ましげに見下ろしてくる紫陽花を見上げた。


「ツクモさんはどうして奴隷のことを迷子と呼ぶんですか?」


 ケーキ屋で聞いた迷子を見つけたという報告と、絵本に出てきた奴隷という呼び名の差を奇妙に思い、尋ねる。


「そう呼ぶのはわたくしだけではありませんよ。彼らが迷子と呼ばれ始めたのはわたくしがこちらの世界に来た頃でした。元の世界に還れず、こちらの世界を彷徨い続けている方たちだから、迷子なのです」

「ああ、だから絵本には奴隷って書かれてるんですね」

「ええ、そうなんです。それと、先ほど迷子の数が残り50ほどと聞いたでしょうが、現在は7体まで減っています。わたくし、かなり頑張って送還してきたんですけど、ある時から捗らなくなりまして。そこで新しい風を吹かせたらいいと言われて、フィフィに来てもらったんです」

「誰に言われたんです?」

「フィフィをこちらに寄越してくれた方ですよ。そう遠くない未来、あなたも出会うでしょう」


 ふふふ、とツクモさんが笑う。ふーんと軽く頷いて、頭の中で聞いたばかりの話を繰り返した。

 迷子を還す送還が捗らなくなったから、新しい風を吹かす為に何者かが桜菜をこちらの世界に寄越した、ということは、私が桜菜に誘われて異世界に来たのも同じ理由だと想像がつく。

 ツクモさんが頑張って、桜菜が手を貸しても送還できなかった残り7体の迷子の捜索。ほんの数時間前まで異世界など架空のものだと思っていた私に加勢などできるのだろうか。


「お待たせー、返してきたよ」


 急ぎ足で戻ってきた桜菜が小声で言う。数歩後ろをついてきたリンフェイムさんが、ツクモさんに向かってぺこりと頭を下げた。


「フィフィ、門番の方たちには声をかけておいたので、入門許可証は後日返却すれば大丈夫です。シュシュも、失くさないでくださいね」

「はーい」

「わかりました」


 返事をして、椅子からぴょんと飛び降りる。ブルブルと体を震わせて、尾羽根をくちばしで整えてから、床を傷つけないよう注意を払いつつ外へ向かうと、


「シュシュ? どこに行くの?」


 桜菜に呼びとめられた。


「どこって、迷子捜しでしょ? フクにも声をかけなきゃだし」


 門の外に置いてきたフクをそのままにはしておけない。ツクモさんの家に帰るよう伝えるか、迷子捜しに連れて行くかを決めるのは私ではないが、まずはあの仔と合流しないと。


「ご心配なく。フクには既に状況を説明しましたから、今頃は空の上でしょう。じきに現場に到着するはずです」

「ああ、そうだったんですね」


 ツクモさんに言われて足をとめる。門番のところに行った時に伝えていたのか。さすがだ。


「それでは出発しましょう」


 言いながら、パン、と手を叩いたツクモさんの足もとに魔法陣が輝いた。次いで桜菜、私、そしてなぜかリンフェイムさんの足もとにも魔法陣が出現し、強く照らされる。


「え?」

「は?」

「ひょえっ!」


 リンフェイムさんが素っ頓狂な声を上げて飛び退こうとした瞬間、視界が反転した。ジェットコースターで一回転しているかのような浮遊感に目を瞬かせる。静かだった図書館の景色は、一瞬で大空に変わっていた。


「ぅえええええええええええっ?!」

「きゃあああああぁぁぁぁぁっ?!」


 私とリンフェイムさんの絶叫が風に千切られて上空へと飛んでいく。しかしすぐに、千切られた悲鳴を残して私たちが落ちているのだと気づいた。

 くるりと体を回転させて風を掴み、状況把握の為に周囲を見る。眼下には森が広がっており、桜菜やツクモさんの姿はない。悲鳴を上げ続けるリンフェイムさんを拾おうと羽ばたいたが、邪魔が入った。


「ビィーーールルルルルッ!」


 不快な高音が耳をつんざく。見やればいかにも魔物という風体の鳥の群れがこちらに迫っていた。


「まずいわ! ピアサよ!」


 同じく鳥の群れを見たリンフェイムさんが叫ぶ。急いで彼女に追いついて下に入り、掬い上げるように背に乗せて、くちばしを打ち鳴らしながら威嚇してくるピアサとやらに背を向けた。


「掴まって!」


 両足を尾羽根にぴたりとつけて、降下しながら速度を上げる。地上は遥か下。尖った木々の先端はまるで山嵐の針のようで、その影にも何か潜んでいるかもしれないと思うと森に逃げ込むのは得策ではない気がした。


「ああもう!」


 ヤケクソになって体を半回転させる。背中を下に、重力に身を任せつつ、ピアサの群れを真正面から見据えた。


「何してるのシュネーブラット! 早く飛んで!」


 リンフェイムさんが悲鳴を上げる。しかし、返している余裕はない。

 桜菜がリザードマンに突き飛ばされた時、とにかく怒りが沸き起こった。追わなければと思って翼を、捕まえなければと思って鉤爪を得た私になら、状況を打破できる手段があるはずだ。


「リンフェイムさん、奴らの天敵って何?」


 頭の中で様々なモノを思い浮かべながら問えば、はあっ? と上擦った返事が返ってきた。


「そりゃいろいろあるけど、一番苦手なのはドラゴンよ! どんなに束になったって勝てない相手が目の前に現れたら1000羽の群れだって逃げ出すわ!」

「なるほど」


 どこの世界でもドラゴンは別格、ということか。ならばその威を借りるとしよう。

 迫ってくる群れの中で、一際大きいピアサを睨みつける。そして、球体関節人形の体内に流れている魔力を心臓に集めるイメージを浮かべた。

 どくり、どくりと、中心に魔力が流れ込んでいく。

 どくり、どくりと、変化した魔力が全身に広がっていく。

 リンフェイムさんが息を呑み、ピアサの群れの隊列が動揺で乱れた。


「調子に乗るなよ雑魚共が!!」


 雄叫びは咆哮となり、鼓膜を、空気を震わせた。胸もとが熱を持ち、口の端から炎が漏れる。

 純白のドラゴンへと変身した私が放ったドラゴンブレスは、たった一薙ぎでピアサの群れを消し炭に変え、青い空の中へと葬り去った。

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