第18話「嫌な予感」
おれたちはあやめの元へ戻ろうとあやめの住んでいた家へ戻ろうと歩いている。すみれは相変わらず不貞腐れた顔でおれを見るもんだから何か気に入らない。
「なんだすみれ、まださっきのこと怒ってんのかよ?」
「別に怒ってないですよ。」
その反応は女性がよくやる、本当は腹の底からむかついているがそこは察しろよっていう建前の返事だというのはわかる。まぁガキ相手にそんな気遣いする必要はないと思いつつ歩いていくと外に誰かがいる。おれはすみれの前に腕を伸ばして止めていく。
「待て、誰かがあの家から出ていくぞ。一旦そこの壁に隠れるぞ。」
すみれは一瞬で真面目な顔に戻りこくりと頷き、おれたちは隠れた。こんな廃墟だらけの人気のない場所に一体誰が立ち寄ってるんだと思いつつもその人物の様子を伺う。何やら瓶のようなものを持っておりその中に入っている液体を家の前に撒いていた。
「あれは一体何なんですかね。」
「わからねぇ、とりあえずもう少し様子を見るぞ。すみれ、いざという時のために武器は手に持っておけ。」
「わかりましたよ。」
すみれは渋々自分の腰にかけている腰袋からナイフを取り出した。おれも銃を手に取り弾をこめてリロードする。その人物はあやめの家にも向かおうとしているため少し離れたところから尾行を続けていく。ゆっくりとゆっくりと歩いて近づいていこうとするとその人物が撒いたところから匂いがしてくる。
「え、臭いんですけどこれ!」
すみれは一瞬で鼻を摘んでいる。
「そうか?めっちゃいい匂いじゃねぇか。」
「え?」
おれにとってはこの匂いは本当に心地よく感じる。まるで日向にさく花のような優しくも華麗な匂い。少し風が強くなり始めてきた。匂いがおれに向かってさらに香る。風や匂いを肌で感じてるとふと耳元で何かが聞こえる。
「周...周、早く来なって。」
この声、忘れもしねぇ。咲だ。おれと藤宮が好きだったあの頃の咲の声で呼びかけてくる。それだけじゃないら遠くに人影が見える。あれは...。
「咲...。何先に行ってんだよ。」
「え、ちょ周さん!?」
そうだ、おれは十将に選ばれて...そうだ。この任務を終えたら咲に好きだと告白するんだったんだ。なら一刻も早く終わらせなければと思い咲の元へゆっくりと歩いていく。
ーーーーーー
周さんがフラフラと前に向かってゆっくりと歩いていくのに疑問を感じた。なぜなら目の前には何もないから。私はサメの遺伝子を埋め込まれていて嗅覚が人よりも何千倍と過敏なためこの匂いが臭いと感じた。私にはこの匂いは戦地と変わらない。たくさんの人が流した血の匂いなのだから。
恐らく周さんは匂いを嗅いで幻覚や幻聴といったものを患っている。匂いが原因なのならと私はとんでもない行動に移した。
「えい!」
「ふご!」
私は周さんの鼻を手のひらで押し、鼻血を出させた。鼻血を出させ、神経を傷つけさせれば一時的に嗅覚は遮断される。そうすれば症状が緩和されるだろうから私が持ってきたマスクを着用させようとする。だが周さんはその場で倒れ込みながら訴えた。
「待て!待ってくれ咲!!行かないでくれ!頼む...あんなやつのとこには行かないで...くれよ...。」
「周さん!しっかりして!周さん!!」
周さんは錯乱状態にあった。手を伸ばしたり暴れ回る周さんを取り押さえていたがすでに結構重症になっているため、一時的に気絶させるために腹を殴る。周さんは咳き込みながら意識を失った。咲さんというのが周さんにとってどんな人物なのかはわからないけれど、この匂いは恐らく人に過去を思い出させたりする幻臭のようなものだと判断した。そうして私たちがしばらく足止めされている間に撒いた人物はどこかへ消えていた。
意識を失っている周さんに鼻血を止血してマスクを着用させておいた。そして特別に私の膝を貸して寝かしつけていた。その間に私は落ちてある瓶の中身を確認することに、一口その液体を舐めた時にハッと確信した。これは完全に血液だと。なんの、だれの血液かは不明だがとにかくこれを何かしらの方法で周さんに症状を発生させていた。
20分ほど経ったときに周さんの体がぴくっと動き、目を開けていく。
「ん、ここは...。ってうん?」
「あ、やっと目が覚めたんですか?」
「何やってんだお前。」
心配して損をするような言葉を吹きかけられた。もう一度気絶させて眠らせようかと思ったけれど先輩と合流していくために我慢をする。
「おれは一体何をしていたんだ...。」
周さんは匂いを嗅いだ時からの記憶がない、この液体から発する匂いにはどうやら人の脳にまるで麻薬成分が含まれているのではと察する。
「覚えてないんですか?周さんフラフラと向こうに歩いて行って私が鼻血を出させたら倒れながら這いつくばってでも向こうに行こうとしてたんですよ。あとは...。」
咲さんのことについても話してしまうところで理性を働かせて口を塞いだ。それに関しては本人から聞かされてもいないのに話してしまうのは無粋だと感じた。
「どうした、何か他にもあったのか?」
「いえいえ、なんでもないですよ!そんなことよりも早く先輩と合流しましょ。もしかしたら先輩も匂いにつられてフラフラと歩いてるのかもしれないですし!」
そう誤魔化して私たちは周さんを起こして先輩を探すために再び歩き始める。液体を撒かれた家から数軒先が先輩の家、戸を開けて中に入るもそこは帝国兵に襲われている跡地のようなものだった。ハエやウジが食卓周りをうろちょろと飛んでいる。
「あやめはこんなところに住んでたんだな。」
「そうですね...。」
少し辺りを調べていると奥からゴトっと音がする。周さんに呼びかけて奥へ進んでいくと目の前に何かが倒れ込んでいる。全身の皮が剥がれ、血まみれの肉が腐って強烈な匂いを発している。そして紛れ込んでいたのか、数匹のネズミがその何かの肉を齧り付いている。
「うっ...。さすがにこういうのはおれ少し苦手だな。」
周さんは少しビビっているような表情をする。
「何言ってるんですかー?今までこういうの腐るほど見てきてるじゃないですか私たち。」
「そりゃそうだが、どっちかと言うと匂いの方だな。正直この血の混ざった腐敗臭は苦手だ。」
「ああ、そういう感じですか。」
少しでも会話をして周さんの気を紛らわせていく、また鼻血を出させるわけにはいかないから。そう思いながらゆっくりと歩くとどこからか風が吹くのを感じる、右の部屋からだ。
部屋の中は床や敷き布団に血のシミがこれでもかというほど染みていた。だがその血のシミは比較的最近のものだとわかる。匂いだ、血の匂いもさすがに15年以上も染みているわけではない。サメの遺伝子を埋め込まれているから判別もできる。私は少し嫌な予感がした。
「周さん、確認したいんですが阿国との戦争の際にも確かこの集落は帝国の拠点として使われていたんですか?」
「いや、おれ自身は阿国での戦争時はあやめにも言ったんだが大陸には来ていない。おれは国内で他の十将に戦況や補給地点などを連絡していただけだ。」
その件については聞いていた。そう、私が気になるのは一つ。
「では大陸に赴いてた十将は一体どんな方ですか?」
それを聞くのも私が大統領から受けた任務、それに関係するかもしれない情報だからだ。周さんはすかさず話していく。
「2人だ。1人はすみれも会った藤宮尚人だ。でもあいつは下川戦線の最前線で阿国が引っ張ろうとしていた鉄道を阻止して物資の補給とかを食い止めていた。もう一人は『寿実』って男だ。どちらかというとあいつの頭は狂っていた。自ら研究室に10日も籠っていられるようなやつだった。主に帝国の武器関連や弾丸などの調達が仕事だったんだが、そいつは阿国との戦争時に死亡と断定されている。」
やはり彼もいた、その男のことは死ぬまで忘れない。寿実、私が追い求めている人物の1人。帝国の十将の1人にしてあのピースマークの関係者でもある。幼い私に実験を繰り返し行い記録をとっていた人物で、様々な動物の遺伝子を違法取引で入手して収容所にいた私たちに埋め込んだ張本人だ。あたかも自分が死んだという情報で帝国を騙していたのだ。今彼が目の前にいるなら迷わず殺したいところだ。
ただ寿に関しては完全に雲隠れをされている。服部有蔵が施設を襲った際にも彼はその場には既にいなく、それから麦国に所属してからも行方を追っているが手がかりは何一つなかった。だからこそ今回の任務で何かがわかるかもしれないと思い先輩たちに協力を促した。
「なるほど...。そうだったんですね。」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「いえ、もしその寿って人がこれを仕組んでいたらどうなのかなって思ったんです。」
「まさかな...。いや待て、確かあいつは血液に関する記録も持ってたはず。もしそうなら...。」
周さんは少し考え込んでいた。同僚のことは諜報のプロであった彼ならきっとわかるのだろうと期待していたところ突然彼は大きい声で叫ぶ。
「まずい!あやめが殺されるかもしれない!急いで向かうぞ!」
周さんは焦った顔をして私に叫ぶもんだから私の嫌な予感は的中してしまったかもしれない。
「多分先輩はきっとこの窓から外に出たんじゃないかと!血の匂いはまだしてるので、それを追っていきましょう!」
「ああ!」
私たち2人は急ぎ先輩の元へ駆けつけるために窓から飛び出して走っていく。




