第17話「墓場」
今、私は実家に帰ってきた。共同で生活していた集落は気候や環境の変化でよく移動する。そのため元々汚い家だったけれど荒らされた跡がはっきりわかるほど中は凄惨な状態のままだ。食器や最後に出されていた昼食の家畜の肉や新鮮だった野草も腐敗臭が漂いハエやウジが集っている。
この料理は妹のれみが好きで、毎回出されるたびにおかわりを要求するもんだからお母さんに贅沢だと叱られていたなと。そんな様子をよくお父さんは笑いながら見ていたことも、私がしょうがなくれみに分けてあげていたりと、今でも鮮明にその風景ややり取りを思い出してしまう。それくらい私は家族が好きだった。
中へ上がると床の木材の軋む音がギシギシと大きく響く。手入れを全くしていなかったために家全体が強風などの天候の変化で今にも崩れそうな雰囲気が漂う。食卓から左を向くと雨漏れしている跡がある。これは元々住んでいた時からぼろ家と言っていた理由の一つだった。その近くには棚があり、そこには妹が書いた私たち家族の似顔絵が額縁として飾ってある。
「れみの書いた絵、まだここにあったんだ...。」
1人しかいないこの家で呟く。絵は4人仲良く手を繋いで横に並んでおり左から私、お母さん、れみ、お父さんの順に書かれている。死んだ時の歳が幼かったのもあって絵は上手ではなかった。当時は落書きだと揶揄したけれど、今は...。
私はその絵を額縁から取り出して折りたたみ、ズボンのポケットへとしまう。この絵を今住んでる家に持ち帰って再び綺麗に飾りたいから。それから食卓に戻り奥へと進んでいく。そこから私とれみが寝ていた部屋へと向かう通路を歩く途中にあるものに気づく。
「これって...。」
落ちてあったのは一枚の硬貨だ。そこには桜の花が描かれていた。これは今現在、帝国で使われている硬貨で元号も『大正5年』と書かれている。これに真っ先に私は疑問を浮かべた。何故この硬貨がこの集落に、この家に落ちてあるのだろうか。
誰かが私の家に来たから、普通ならそう考えるが何故今更こんな場所に立ち寄るのだろうか。傷国との戦争の時にこの集落は壊滅し、家族は殺された。もう15年以上前の話だ。集落の周りの地域も今では廃墟や荒野が広がっているにも関わらず一体何のために...。そのことで頭がいっぱいになっていく。
次第に私の呼吸が少しずつ荒くなっていく。怒りの感情が湧き立つからなのか、それとも今この家に私以外に誰かいるのではないかと怖いからなのか。真相は恐らくこの先にあると思い私は腰元にある銃を手に持ち、弾をこめて警戒しながら一歩、また一歩と周囲を確認しながら歩いていく。
そして部屋の扉の前へとたどり着く。中からは音はしない、だが何か変な匂いが扉の隙間からする。変というよりかは何かに引き寄せられるような魅惑な匂いだ。
「一体何があるの...どうして私の部屋に...。」
私の手は震えていた、恐怖からくるのか冷や汗もかいていた。そして扉をゆっくりと開けていく。キシキシと音を立てながら。私は部屋に入ると同時に銃を構えていくが部屋には誰もいなかった。周囲を確認していくが特に異常はない。気のせいだと確認して銃を下ろす。
当時の記憶を思い出しながら色々な物品を確認していく、枕や敷き布団やれみの使っていた藁のぬいぐるみなど。何か一つでも怪しいものがあれば人が侵入している証拠になりえるから。だがここには何もないというほど異常なものはなかった。
「ふぅ...。」
安堵からなのか、私はふいに溜息をついた。思い出が汚されたのかと思ったから。でもここで新しい疑問が思い浮かんだ。ならさっきの匂いは一体何だったのだろうかと。まるで頭に残るいい匂いがする香水のように心地よく感じていたからだ。ここへ私を誘き寄せた可能性も考えられる。なら一体誰が、その疑問が頭から離れられない。
そんなことを考えながら私は部屋から出ようとすると後ろから何か聞こえてくる。何か耳元で息を吹きかけられるような優しい感じで。それが徐々に音が大きくなっていく。そしてついにははっきりと聞こえた。
「こっちに来て...。お姉ちゃん...。」
忘れもしない、れみの声だ。私が最後に聞いたれみの声、台詞、言葉。声の高さなども全て一緒だった。どうやら外から聞こえてくる。私は窓から外へ出て真っ直ぐに歩いていく。
「こっちに来て...。お姉ちゃん...。」
れみの声が呼ぶ方へと歩いていく私。一歩、また一歩と足を動かして歩いていく。そうか、私のことを迎えに来てくれたのかとはっきりと感じた。だんだんと呼ぶ声が大きく聞こえるのがわかる。近づいているのがわかる。
ーーーーーー
しばらく歩いていたことに気づいた時にはもう遅かった。キョロキョロと周りを見渡すと集落の側にある小山に入っていた。そしてその小山の奥で私はその目の前の光景に口をおさえていた。辺り一面がまるで血の池地獄のように足元にまで黒く濁った血が溜まっており、ゴキリ、ゴキリと音を立てながら何かを貪っている姿の少女がいるからだ。
でもその姿を忘れていない、忘れるわけがないからだ。今私が目の前にいる少女は私の妹、れみなのだから。
「れみ、れみなの...!?」
「お姉ちゃん、会いたかったよ。」
れみは食べるのをやめて私の腰に抱きついてきた。れみの口元周りは血で汚れている。私の腰元にれみは顔をうずくまるためそれらが私の腰回りを汚していく。今私はは生きているのかそれとももう死んでいるのかもわからない状態にまで錯乱しているのかとわからなくなってきている。
れみからは部屋からした匂いがそのままする。けどそれは不快ではなくむしろ私にとっては心地よく感じるからだ。私の手は無意識にれみの背中に回していた。この温もりを、ずっとどこかで求めていたから。そして私の目からは涙が流れる、師匠が死んだ時以来流していなかった涙を。
「ずっと...ずっと会いたかったよ、お姉ちゃん。」
「私も、私も会いたかった...。」
ようやく私にも救いの一つが差し伸べられた瞬間なのだと心の底から思った。れみと離れ離れになってから私は研究所の職員に最初は死んだと聞かされていた。大いに暴れ回り、鎮静剤を打たれてそこからは実験の毎日を繰り返された。そして人じゃなくなった私は師匠に出会い、殺し屋となった。
何人も、何人も私は殺してきた。人ではない悪魔になった私は心を殺して仕事をこなして、自分自身を殺してきた。全てを奪った帝国に復讐を遂げようと生きてきた。ろくな死に方はしないと思っていたけれどいつかは報われるんじゃないかと心のどこかで思っていた。それが今ようやく訪れたのなら私はきっとまだ壊れてはいなかったと思う。
「お姉ちゃん、ここまで来てくれてほんとにありがと。疲れたよね、今はゆっくりと休んで...。大丈夫だよ、私はお姉ちゃんの隣で一緒にねんねするから...。」
れみは昔から私と一緒に寝るのが好きな子だった。またお姉ちゃんと一緒に寝てくれるんだなと、血で染まった私の手であなたを抱きしめてもいいんだと思うと気が抜けてきたのか、徐々に眠気が襲ってくる。そして私はれみを抱きしめながらゆっくりと倒れていく。
そうか、私は体も心も疲れていたのか。なら今夜はれみとまた一緒に寝よう。疲れを癒してまたれみと一緒に野草を取りに行ったり、友達も誘って魚釣りでもしに行こう...。目が重くなるのを感じる。そうして私はゆっくりと目を瞑った。
「私の中でゆっくりと休んでね...お姉ちゃん...。」
最後にそう聞こえた気がした。




