第14話「いずれは...」
船旅中はとにかく暇つぶしに勤しんでいた。数日で着くような距離ではないため、それまではみんなで賭け事をして小銭稼ぎをしたり麦国の連中と本国でどんな生活をしているかを聞いたりして情報を得ていた。
「はぁ〜...」
「なんだあやめ、もう飽きたのかこの船旅。」
「そりゃそうでしょ、こんな牢獄みたいな鉄の塊の中にいたらいつか気が狂っちゃうわよ。」
「まぁ確かにつまんねぇよな。置いてあるレコードは式の国とかのクラシックやオペラ音楽ばかりだからな。気づいたらいつも寝ちまってるよ。」
帝国でははるか西の国で古くからあるバロック調の音楽やピアノの曲がレコードや蓄音機として入り、民衆の間で話題になっている。よく成金の開く舞踏会などで流されている。
私個人では嫌いではないしある程度は曲は聞いているけど好き好んで聞く趣味はない。こんな仕事柄私自身はあの曲のように綺麗ではないからかもしれない。音が一つ一つ綺麗な音楽とまるで対照的に私の体は血で汚れすぎたのだから......
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それから1週間が経った。もうそろそろ頭が狂いそうになろうとしていた。いい加減出されるご飯にもとうとううんざりしていた時だった。
「失礼致します。よろしいでしょうか?」
部屋の前で私を呼ぶ声がした。一兵卒の人間が来た。
「何かしら?」
「まもなく夕衆に辿り着きますので降りる準備をと。」
「了解したわ、支度する。」
私はテーブルに置いてある自分の荷物や武器を確認していく。今回私は作ってもらった兵装、渡された丸ガンが2粒、乾パンなどの簡単な携帯食糧、タンブルク社という麦国にある会社の拳銃2丁、煙玉、閃光玉、応急処置をする救急箱、ナイフを4.5本、銃の弾丸数も数えて万全。いや、最後にいつもの忍刀を腰に備えているベルトに備えてからメイクをする。
メイクをしながら大まかに作戦を頭の中で考えていく。阿国の革命が成功するまでの時間潰しと兵力の削減のための基地の壊滅が主な仕事。あとで周にも共有はするけれど二手に別れていくつもりだ。
「よし、これで完了。」
メイクを終えて私は部屋を出て甲板に向かっていく。向かう間にもぞろぞろと帝国兵が急いで向かっていく。いずれは私がこいつらを殺す。何も思わないと言うと嘘にはなる、ただやはり帝国はいずれ私が終わらせなければならない。その目的を達成させやすくするための今回はあくまで一時的な協力になる。
「あ、先輩やっと来たんですかー!」
「すみれたちは早いのね。」
「今日はお前が遅かったな。」
すでに2人は甲板に出て景色を見ていた。遠くに大陸が見える。そのはるか先には私が家族と一緒に暮らしていた集落があったはずだ。
「集合!整列せよ!」
藤宮は帝国兵を召集させて改めて説明を行う。周の方をたびたび見ながら。周はその度に目線を私の方へ向けていく。正直それもうんざりするくらいに。
「今回我々の任務は二つ、一つは戦線に向かい連合国の支援に回ること。そしてもう一つは阿国内で行われている革命の援助だ。
この戦いがいい方向に向かえば無事に大陸における戦争も一旦は停戦されるだろう。そして我が帝国の威信が世界に轟くだろう、諸君らの忠誠を今ここに見せつけよ!」
「「はっ!!」」
帝国軍人は自身の命など省みないのだろうか。それとも反抗する意思がないからなのか。藤宮に敬礼を行い次々と支度に入る帝国軍人たち。周は武器を持ち遠くの景色を見つめ、すみれは部下に指示を出している。みなそれぞれが何かしらを背負って戦場へと向かう。
「殺し屋、ちょっといいか?」
「何かしら?」
藤宮が私に声をかけてきた。
「これを渡しておこうと思ってな。」
渡されたのは古びた鍵だ。もう既に錆びていてとても使えるような代物ではないはず。
「あいにくそんなゴミを渡されても意味ないんだけど」
「いや、あくまで報酬の先払いさ。」
「報酬の先払い?こんなものが金になるわけないでしょ。」
「もちろん金にはならないがお前が知りたいと思うものがそこにある。これから向かう阿国にな......。」
藤宮は喉に突っかかったように声を小さくして私にそれを伝えてきた。何か知られたくないようなことなのだろうとすぐに藤宮の首根っこを掴んで裏へ連れていく。一度周にチラ見をされたがそんなことはどうでもいい。帝国の打倒に関わるのなら。
「それで、そこには一体何があるの.....?」
聞かれないように声をつぼめて問い詰める。
「これは、あの『ピースマーク』の関連施設の鍵だ。」
「ピースマークの!?」
「しっ!声がでかい。とにかく、ここに向かえばお前に埋め込まれた細胞のことがわかるはずだ。」
「なんで私にそれを...?私は帝国を倒そうとしてるのに...」
「周に頼まれてたんだ。いずれ2人でその施設に侵入する手筈だったんだが、先ほどの召集前に帝国から連絡が入ってね、僕は最前線へと向かうことになったのさ。」
「その前に私に報酬を渡しておくってことね。その行動が帝国を倒す鍵になるのかもしれないのに?」
私は少しニヤリと笑いながら伝えた。すると意外な答えが帰ってきた。
「正直、僕は帝国のやり方が気に食わない。こうして殺し屋と一緒に任務を果たすことになるのだから。それに、帝国はやはり変わってしまった。力をつけすぎたあまり、弱い臣民たちに多大なる犠牲を払わせようとしている。軍も内閣も二分化され、いずれはその驕りによってこの国は壊滅してしまう。」
「へー.....あなたちゃんと客観的にものを見れるのね。」
「仮にも僕は十将の1人さ、今の帝国の惨状は目に見えてわかる。そこで提案だ。」
何やら嫌な予感がした。私の自由を束縛してきそうなそんな不安で身震いしそうな。
「この戦いに勝ったら、君を雇いたいんだがどうかな?いずれくる動乱に備えて戦力は固めておきた...」
「悪いけど私は自分のやり方で帝国を滅ぼす。それが私なりのあいつらへの復讐よ。」
藤宮は私の目を見て驚いていた。十将でも恐怖を感じるくらいの眼光をしているらしい。自分で確認はできないのが残念なくらいに。
「けど、助かったわ。やっと私に埋め込まれた細胞の秘密を暴けるんだから。この戦いが終わったら知り合いとして一杯やりましょ。」
私は立ち上がって甲板の方へ戻って行く。途中で周とすれ違ったような気がした。すごい眉間にしわを寄せた顔をしていたが、周りの兵士たちが邪魔でその確認ができなかった。まぁ気にせずに私はすみれの元に向かっていく。
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「一体どう言うつもりだ藤宮、なぜあれを渡した?」
正直おれはさっきの話を聞いた時に唖然としてしまった。あやめを雇うと聞いたとき、静かにおれの中の怒りの感情が抑えきれなくなり藤宮の元に向かった。途中であやめとすれ違ったが今は問い詰めることが優先だ。
「はぁ...やっぱり周には隠し通せないよね。昔から地獄耳だし。」
「誤魔化すな、なぜ渡したかって聞いてんだよ。」
「単刀直入に言うよ、君にも参加してもらいたいんだ。僕が率いる組織に。」
「なんだと?」
藤宮が何かを企んでいるとは思ったが一体何をするのだろうとまでは知らなかった。ついにそれを聞き出す時がきた。
「覚えてるかい周、よく僕と咲と3人でどうやって帝国を倒そうと話したよね?」
「.....あぁ。確かにな。」
「あの日、咲が殺されてからずっと考えていた。どうやって復讐をするのかと.....。」
「復讐...。っ!!お前、まさか...!?」
「そうだよ、咲はこうなることを予想して作ってくれてたんだ。有望な若手の兵士のおまけ付きでね。今はまだ表には出ていないけどいずれその時が来た時に向けて下準備をしていたんだ。」
「藤宮、バカなマネはやめろ。お前まで復讐に巻き込まれることはないだろ!」
「何言ってるんだよ周。僕がそれを望んでるんだから、まさかあの殺し屋も帝国に復讐をするために動いてると知った時は驚いたよ。だからあの鍵を渡したんだ。いずれ組織の中枢に入ってもらい、一緒に打倒できればと思ってね。」
藤宮の顔はまさに愛する人を亡くし、復讐に囚われた人間の顔をしていた。あの時のおれのような顔を.....。
「さぁ周。僕たちと一緒に帝国を倒そうじゃないか?私利私欲のために動く帝国を天に代わって裁く組織、『天判隊』に.....。」
藤宮の言っていること、瞳の奥に嘘は感じられなかった。愛によって復讐に取り憑かれてしまった哀れな男をおれは目の当たりにしてしまったのだと、間接的にそうさせてしまったと自分を後悔するのだった。