月夜のようなもの・四 或いは そういう仕事、だから
「──という次第です」
リツは姿勢を正し目を負傷した経緯を述べた。その間、セツは厳しい表情を浮かべながら黙してその報告を聞いていた。
「事情は、分かったよ。ならもう少しいいかな」
「はい」
「いくら手負いの獲物とはいえ、一人で追いかけるのは副班長の行動としてどうなの?」
「……」
「それに、こういう結果になったりしたら私がどんな思いをするか、少しでも気にかけられなかった?」
「……」
返す言葉は見つからない。
事実、完全に失うことは免れたが右目の視力は著しく落ちている。それも大切な相手を庇ったからでもなく、手強い相手と刺しちがえたからでもなく、純粋な油断によって。あまりのくだらなさに笑いすら込み上げてくる。
「ふむ、たしかに雪也の言うとおり何事も油断や慢心はよくないですぞ、リッちゃん。ただし、他に誰かがいたとしても似たようなことになっていたと思いますけどな」
しかし、自嘲は深雪のどこか冷めた声に遮られた。
「むしろ他に誰かがいたとしたら、リッちゃんはその子に危害が加わらないようによりあやかしの気配に注意してたでしょうしな。そうなれば攻撃がきたら真っ先に庇って、今より厄介な場所に深傷を負っていたかもしれませんぞ」
「……姉様は黙っていてください」
「とくにそれが、貧血気味の愛しい相手だったりしたらまず間違いなく身を挺して庇っていたでしょうな」
「だから、黙っていてくださいと言っているでしょう!!」
あたりにセツの大声が響く。しかし、冷めた表情には少しの変化もなかった。
このままでは話がややこしい事になる。そう思いリツはおずおずと口を開いた。
「あの、お義姉様。今回の件は全て私の油断が招い──」
「おや? お姉ちゃん何か間違ったことを言いましたかな?」
「いいから黙れ!!」
しかし、姉弟の言い争いを前に声はかき消されてしまう。
「まったく、言い返せないからといって声を張るなど変なところで甕雷の影響をうけて。それはともかく、リッちゃん一人を責めるなんて退治人としての覚悟がたりないですぞ」
「なんだと?」
「怖い顔しても事実は変わりませんぞ。退治人をしている以上、いつ誰がどこでどんな目に遭ったってなにもおかしくはない……それは雪也もよく知っているでしょう?」
「っそれは」
「なら、そもそもリッちゃんが一人で飛び出して危ない目に遭わないようにするか、飛び出しても平気なように策を巡らしておくべきだったのでは?」
「……」
「それを怠っていたということはどこかで、きっとどうにかなるだろう、という楽観があったのではないですかな?」
「……」
それでも、そんな言い争いも長くは続かなかった。
「たしかに今回は超特別に許可が降りて助けに来られましたが、基本的にはお姉ちゃんたちはこちらの世界に干渉できないですからな。次に同じようなことが起きた場合、誰の命の保証もできませんぞ」
「……」
淡々とした声に反論はなくなる。
「……退治人って、そういう仕事、だからね」
不意にジクが遠い目をしながら呟いた。
その言葉は誰かに向けたものではない様子ではあったが、リツの胸に深く突き刺さった。
本部でも遠い未来でも、なんの成果もなくあやかしの前に散っていった退治人は大勢いた。記憶している自分の最期もそのうちに数えられてもおかしくはない。今回はなんとか命は無事だったが。
「ま、タイミングがタイミングで気を張っていたなか起きた事態ですならな。色々とショックを受ける気持ちは分かりますぞ」
「……」
「それでも大事な相手に深傷を負わせてしまった苛立ちだちを、言うに事欠いて、大事な相手本人にぶつけるのはどうかと思いますな」
「……リツ、ごめん」
しばしの沈黙の後、セツは泣き出しそうな表情で頭を下げた。
「詰るような言い方になってしまって」
「いえ。私の油断が招いた事態だということは事実ですから。ご心配をお掛けしてしまって申しわけございませんでした。こんなことでは副班長失格ですね」
「いや。私のほうこそ君を止められなかったわけだから……班長失格かな」
辺りに重苦しい空気がたちこめる。そんななか、深雪がしばし二人を見つめた後深く頷いた。
「ふむ。なら、失格者どうし二人仲良く別の職に就くのはいかがですかな?」
「……は?」
「……え?」
茶化しているのか本気なのか分かりかねる発言を得意げな顔で繰り出され、気の抜けた声がほぼ同時に漏れる。辺りには何とも言えない空気が立ち込めた。
「えーと、深雪。僕もそこまで詳しいわけじゃないんだけど、この時代によりにもよって退治人が転職っていうのは難しいんじゃないの?」
「何を弱きなことを言いますか!」
見かねたジクがフォローを入れたが得意げな表情は崩れない。
「たしかにこの時代で職を変えるのは茨の道、いえ、修羅の道と言っても過言ではないですな。しかし! ここでさっさと退治人稼業に見切りをつけないと、それよりもさらに面倒なことになりますぞ!!」
「えーと、お義姉様。その面倒なことというのはいったい?」
「それはですなリッちゃん! 雪也は今回の件で父さんの血を引く奴らのなかで一歩擢んでたかんじですからな! 本部からも一目置かれる存在になること間違いなしなんですぞ! もちろん、良い意味だけでなく」
「あー。つまり、本部の権力争いのイザコザに巻き込まれていく可能性が高まって、あやかしだけじゃなく人間からも命を狙われるあれになるわけですね」
「その通りですぞ、リッちゃん! いやあ、さすがに色々とあっただけあって詳しいですな!!」
「えーと、どうも」
リツは力ない返事をしながらも遠い未来で本部長に登り詰めるまでのことを色々と思い出した。たしかに二度と同じような経験はしたくないし、なにより、セツにも二度と同じような経験をさせたくない。
そうは言っても、退治人以外の職に就く方法などそう簡単には……
「お! なんだなんだ!? ハンチョーとねーちゃんに会いに来ただけなのに、ずいぶんと賑やかなことになってるじゃねーかワハハハ!!」
……という諦念は突然響いた笑い声にかき消された。
「しかも、異界からの客なんて珍しいことこの上ねーや!! いやー、うけるぜ!!」
一同が振り向いた先では髪を鬟に結った少年、あやかしの長の一人である神野金枝がカラカラと笑っていた。




