月夜のようなもの・二
「さてと、まずはどのあたりから説明しましょうかな」
月明かりに銀髪を輝かせながら燕尾服の女性は顎に手を当てた。どこか芝居掛かった仕草を前にリツは力なく挙手をする。
「ひとまず何となくは分かるのですが、お義姉さまたちがこちらにきた目的を教えていただけますか?」
「うむ! それもそうですな! ご察しのとおりこの徒野深雪、可愛い義妹とついでに弟を助けにきたのですぞ!!」
「それは、ありがとうございます」
「どうたしましてですぞ! ちなみに、徒野のあだしは化けるという字から徒然の徒に変えて名乗っております! そのほうがカッコ良いですからな!!」
「さようで」
ザックリとした説明と変に細かい自己紹介に脱力感は加速した。それをフォローするように、ジクがバツの悪そうな表情で挙手をする。
「付け加えるとですね、ある流れで何か致命的なことがあった場合、別の流れになってもやっぱり厄介ことが起きることが多いんですよ」
「そうなのですか?」
「はい。なんで今回は僕がいろいろしてしまう代わりに……、さっきのあやかしの一団の誰かが逃げ延びてしまう、とか。そうすると、もう疑似餌に対する警戒心もあるわけなので簡単には退治ができなくな──」
「ま、退治するための条件なんて消し去れるほどの圧倒的な力を持って攻撃すれば、どうということはないんですけどな!」
補足説明を遮る陽気な声に牙の覗く口から深いため息がこぼれた。
「うん。そうなんだけど、こっちの世界でもそれができるのは深雪くらいだから。あとちょっとだけ待っててくれる?」
「了解ですぞ! ダーリン!」
「ありがとう。ともかく、そんな感じで今回のあやかしの集団は致命的な厄介ごとになりそうだったので、取り漏らしがないように協力しにきた次第です」
「なんたって、私たちが力を貸せばその辺のあやかしなんて、えいやっ、ですからな!」
事情を説明し終え疲れた表情と得意げな表情がそれぞれに浮かぶ。ひとまず、大まかな事情は把握できた。しかし、まだまだ気になることは山ほどある。
「さて、義妹よ! お義姉ちゃんに聞きたいことがあればなんなりとどうぞですぞ!」
「ありがとうございます。では、聞いた話だとお義姉様はある日突然姿を消したそうですが、今までどちらにいらしたのですか!」
「いい質問ですな! 私は何やかんやあって、あやかし……とはまたちょっと違う存在なのですが、ともかく、あやかしみたいな生き物しかいない世界でそれなりに充実した日々を過ごしていますぞ!」
「あやかししかいない世界」
思い返すと遠い未来にヒナギクからそんな世界もあると聞いたことがあった。聞いただけでは物騒極まりない世界だが、陽気な調子を見るにそう悪くはないところなのだろう。
「……ともかく、お義姉さまが充実した日々を過ごせているのなら何よりです」
「ありがとうですぞ! まあ、何やかんやあったときに身体が爆散したりしましたけどな!」
「なにそれ怖い」
思わず素で驚いたリツの肩を小さな手がポンと撫でた。
「ごめんなさい副班長。えーとですね、深雪は退治人としての素質を買われて今僕たちがいる世界に召喚されて、その世界の存亡をかけた戦いに身を投じて、そのなかで身体が爆散して、こちらでいうところの禁術みたいなもので骸骨に魂を繋げてるような状態なんですよ」
「世界の存亡をかけた戦い? 骸骨に魂?」
「そうですぞ!! なのでこの姿は私のフルパワーを以て作った幻術みたいなものなのですぞ! いやはや、我ながら前世も波瀾万丈でしたが今世もなかなかに賑やかで参ってしまいますな!!」
カラカラと笑う深雪を前に頭の中は混乱を極める。それを察したのか小さな手がまた肩をポンと撫でた。
「……えーと、ともかく色々とあったんですが、今は僕らの暮らしている世界も落ち着いて深雪も平和に暮らしているので安心してくださいとご家族……その、彼にも伝えておいてください」
「……」
言い淀む姿を受け混乱は落ち着いていく。その代わりに胸の奥がジワリと締め付けられ濁った側の視界がさらにざわついていく気がした。
彼というのは間違いなくセツのことだろう。顔を合わせづらいという気持ちは分かるし、伝言を受けることはやぶさかではないが。
「分かりました。なら、もう一つだけ聞いておきたい大事なことがあります」
「聞いておきたい大事なこと?」
「ええ。ジクは今、幸せなのですか?」
「!」
問いを受け、金色の瞳を持つ目が見開かれ小さな肩が軽く跳ねた。
別の流れでは色々なことがあり過ぎたが、セツがジクのことを気にかけそれなりに罪悪感を抱いていた、否、今もどこかで抱き続けていることも知っている。それに、遠い未来で部下として懸命に働いてくれていた相手だ。決して理不尽な不幸に遭ってほしいわけではない。
「……そう、ですね。ここまで来るまでに色々あって一度は命を落としていますが」
牙の覗く小さな口からポツリと言葉が溢れていく。そして。
「今は幸せなんだと思います。多分」
どこかぎこちない笑顔が望んでいた言葉を答えてくれた。
その隣で深雪も腕を組んで頷く。
「うんうん。そうでしょうなぁ。なんたって魔界はメルヘン味溢れるよい子の世界ですし、なんたってこの私が逐一おちょくりに……もとい、通い妻的に面倒をみに行っているのですからな!」
「……深雪、いまわりと綺麗に締めようとしてたところなんだから、ちょっとだけ静かにしててくれる?」
「了解ですぞ!」
「ありがとう。ともかく、こんな感じでそれなりに楽しくやっていますよ」
不意に笑みに微かな影が差した。
「そんなこと、彼は許してくれないのかもしれませんが」
「……たしかに、別の流れでは色々あったかもしれません。ただ今は」
リツは諭すように自責の言葉を否定しようとした。
まさにそのとき。
「しらべ!! 返事をしてくれ!!」
セツの声と足音が近づいてきた。
「……」
「……」
あたりにはなんとも言えない空気が立ち込める。
「……ジクの不幸を望んだりはしていないはずなので、直接本人に元気にしてると伝えるといいと思いますよ」
「……うん。そうですね」
当然のごとく、二人はどちらともなく力ないため息をこぼした。
「いやはや! 言いたいことを本人に伝えるのは大事ですからな!! さて、私も感動の姉弟再会といきますぞ! ま、年が離れ過ぎてお互いに記憶は全然ないんですけどな!!」
微妙に気まずい空気のなか、深雪の陽気な声が高らかに響いたのだった。




