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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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作戦決行・二

 叫びや呻きや命乞いが響くなか、身動きが取れなくなったあやかしたちの首を順々に刎ねていく。当初の懸念をよそに任務は実に簡単なものとなった。


 最初こそ愛しい者を苦しめたものたちを処することへの感慨があったリツも、単調な作業を淡々と繰り返すうち次第に軽い眠気すら覚えるようになっている。


「おーい、リツ。もう少しで中の奴は終わりっぽいけど、とり漏らしとかはなさそうかな?」


 そんななか、血や塵に塗れながらもどこか悠長なセツの声が目を醒させた。


「少々おまちください、ただいま確認します」


 刃についた塵を払い、軽く目を閉じ意識を集中する。すると、微かに血腥い気配が弱々しい動きで遠ざかっていくのを感じた。


「……一体、とり漏らしがいるようです」


「了解。首魁のほうは長と咬神隊長で仕留めてたから下っ端だとは思うけど、殲滅しとかないと厄介だからすぐに……っ」


 不意に平然としていた身体がよろけ刀を杖代わりにしながら膝を折る。


「セツ班長!?」


 慌てて駆け寄り支えると返り血のついた顔に苦笑が浮かんだ。


「あはは、ごめんごめん。人形造りのときに血を提供したせいかちょっと立ちくらみが」


「あまりご無理をなさらないでください。ひとまず、逃げたあやかしは私のほうで追いますから」


「え? 一人で?」


「かなり弱っているので問題ないかと。ここの征圧もあとすこしですから、ひとまずセツ班長は安静にしていてください」


「あ!? ちょっと待って!!」


 制止も聞かずリツは遠ざかっていく弱々しい気配を追って走り出す。根城を出ると夜空には煌々とした満月が浮かんでいた。


 静まりかえった森を照らす冷たい光。

 否が応でも最期のとき達を思い出してしまう。


「……」


 嫌な記憶を振り払うように首を振って弱々しい気配に意識を集中する。目標までの距離はまだ遠い。


 早急に追いつこうと足を速めたそのとき。


「──人間風情が調子に乗りやがって!!」


「──!?」


 遠くから叫び声が響き、頭部に衝撃を受け後方へ吹き飛ばされた。


「……っ」


 戸惑いながらも起きあがろうとすると、右頬を温かなものが濡らしているのを感じる。その出所を探ろうと手を添えると、ちょうど目のあたりに何か固いものが刺さっていた。


「──ぐっ!!!」


 一泊おいて激しい痛みが襲ってくる。それでも動けない程度ではなく、傷も命に別状はないほどの浅さだ。一旦落ち着き体制を立て直そうとした瞬間、頭部に強い締め付けを感じた。そのまま、倒れ込んでいた身体が持ち上げられていく。


「汚い手を使いやがって、覚悟はできてるんだろうな?」


 半分になった視界のなか、濁った金色の瞳に暗い輝きを宿したあやかしの顔が真近に迫っていた。口元はまだ赤い血とそれを含んだ細かい毛で汚れている。


 おそらく、猿かなにかを喰らって体力を回復したのだろう。少し油断しすぎたか。


「無視してんじゃねぇ!!」


「っ!!」


 自嘲は怒号と強まった圧迫感によって遮られた。


「あんまり舐めた真似してるとこのまま食い殺すぞ?」


「……」


 深く寄せられた眉間の皺、吊り上がった目、口から溢れる血の滴る牙。脅しとしては十分すぎるものだろう。ただし、あくまでも脅しとしてはの話だ。


 退治人とはいえ手負いの人間をすぐさま食い殺さず脅すということは、反撃を恐れる程度には深傷が回復していないと宣言しているのとなんら変わらない。


「命が惜しければこのまま一緒に……」


「……ふん!!」


「……ぐあっ!?」


 右目に刺さったものを引き抜き首筋に突き立てると、あやかしは頭を離し後ろに飛び退いた。体勢を立て直しながら改めて確認すると、相手はなんとか立ってはいるが四肢や身体のあちこちが綻びている。


 普段ならば退治にさほど手間はかからなかっただろう。しかし今は、視界を半分失いまだ傷から血が流れでている。


「っ、この女!!」


 あやかしは険しい形相で牙を剥き爪を構えた。


「……」


 それに応じてリツも刀を構える。少しでも気を抜けば命がないことは明白だ。背筋に冷たいものが伝う。


 まさにそのとき。


「人質にしてやろうと思ったが気が変わった! さっさと食い殺されやが──」


「あーダメダメ。そんな脅しを言ってるようじゃ、とうていそのお姉さんは斃せないよ」


「──?」


 怒鳴り声とともに飛び出そうとしたあやかしの下腹から、小さな手が突き出した。その指先には濁った金色をした鋭い爪が生えている。


「ごぷ──」


 汚れた口元を吐き出した血でさらに汚しながら綻びた身体が地に倒れる。


 その後ろから姿を現したのは。


「なんたって、千切られた自分の身体を武器にしながら殺しにかかってくる人なんだからね。そんな及び腰じゃ……あれ?」


 

 赤銅色の髪と濁った金色の瞳を持つ少年。



「もう動かなくなっちゃったのか。本当に、なんでそんな程度でか勝てると思ったんだろう? さて、と」


 月明かりに照らされた瞳が鈍い光を宿しながらリツを捉える。遠い記憶のなかでは恐ろしさを感じた光景だ。しかし、今は。


「あはは」


 少年の顔に歳にそぐわない悲しげな笑みが浮かんだ。


「切り掛かってこないってことは、そちらも色々と思い出してるんですね」


「……ええ。すくなくとも、今の(・・)貴方は無益な殺生をしない良い子だと分かる程度には」


「あはは、そう言ってもらえるなら光栄です。では改めまして、お久しぶりです本部長(・・・)


 大人びた言葉とともに赤銅色の髪をした頭が深々と下げられる。リツは右頬を濡らし続ける血を拭いながらその姿を眺めていた。

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