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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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作戦決行・一

 ベトベトサンとモウモウサンがイザコザしながらも準備は進み、作戦決行当日を迎えた。

 ソシエとモウモウサンが作った人形および、そのなかに潜むベトベトサンが要となっていることもあり、主体となっているのは青雲結社長と第七支部第一班それに烏羽玉の咬神班。そんな面々があやかし達と対峙している。


 彼らの間に転がるのは目隠しに城装束といういでたちの若い男女を模した人形たち。拘束された両腕と両脚でもがきながら、しきりに命乞いを口にし、嗚咽をもらし、悲鳴をあげている。


 偽者だとは分かっているものの、見ていて気分が良いものではない。


「……」


 リツは込み上げてくるものをこらえながら握りしめた拳にさらに力を入れた。一歩間違えばあの場所に転がっていたのは。


「大丈夫だよ、しらべ。私はいまここに居るんだら。だから今は任務に集中しよう?」


 不意に頭のなかに穏やかな声が響いた。視線を動かすと傍でセツが困ったように微笑んでいる。間違いなく血の気の通った顔で。


「……」


「……」


 軽く目を伏せあってあやかしたちに目を戻すと、首魁の大男が下卑た笑みを浮かべながら口を開いた。


「さて、退治人どもが何しに来たかと思えば、まさか『か弱い僕たちじゃ絶対に勝てないから、これで許してください』なんて命乞いにくるとは。情けないにも程があるよなぁ?」


 嘲る声に取り巻きたちからも笑いが上がる。そんななか長が苦々しい表情でうなずいた。


「ああ、情けない話だとは承知している。しかし、青雲がそちらを退治する術を持ち合わせていないことは事実だ」


 悔しげな言葉に、険しい表情を浮かべた咬神もうなずく。


「烏羽玉としてもそちらとことを構えたくはない。定期的に食事(・・)を用意する代わりに都で暴れることだけは何卒」


 二人が同時に深々と頭を下げ一同もそれに続くと、笑い声はますます大きくなった。


「今の聞いたかお前ら!? さっすが汚い騙し討ちで先代をやった奴らは言うことが違うなぁ!!」


 方々から賛同の声と嘲りが聞こえてくる。なかには「ここで皆殺しに」「うまそうな奴から順に食っていこう」「食い残しを大通りに晒してやろう」などという言葉も混じっている。リツは頭を下げたまま思わず刀に手が伸びかけた。しかしその瞬間、首魁が野次を制した。


「まあ待てお前ら。こいつらが泣きながら用意してくれた食材(・・)があるんだ。味見くらいはしてやってもいいんじゃないか?」


「しかし頭」


 上機嫌な問いを受け取り巻きの一人が挙手をする。


「先代もアイツらが用意した酒に入ってた毒で」


 冷静な言葉を受け背筋に冷たいものが伝う。

 今、作戦が露見すれば予定よりもかなり厄介な先頭になるだろう。


「ふん。お前はそんなことを気にしてんのか」


 しかし、上機嫌な顔は苦言を一笑に付した。


「あの毒を人間なんかに仕込んだら、ものの一瞬で泡吹いて死んじまうんだよ。でも見てみろよ、こいつら喚いて色んなもん垂れ流してやがるが生きてるだろ?」


「まあ、たしかに」


 どうやら危険は回避できたようだ。それでもまだ予断は許されない。そう考えていると頭のなかに乾いた笑いが響いた。


「あー、大丈夫だよしらべ。多分、これ勝ち確だから」


「……?」


 気の抜けたセツの声に緊張がやや解けていく。


「あのあやかし私のときも同じ台詞を口走って──」

「ぎゃぁぁあ゛ぁぁあぁあ゛!!」



 声に集中しようとした耳を断末魔が劈く。


 一気に顔をあげると首魁の手が人形の首を掴んでいた。千切られた場所からは堪えず赤黒い液体が吹き出している。


「ハハハハハ!! なかなか美味そうな匂いだな!! さあお前らも存分に愉しめ!!」


 号令を皮切りにあやかしたちが一斉に人形に群がり、牙や爪で抉り引き裂きもぎ取っていく。あたりには赤黒い液体がとめどなくあふれていく。


「……」


 かつてこの光景の中心に愛しい人が居た。

 そう思うと腹の底から怒りが込み上げてくる。



 しかし──


「や゛めっ……、も゛ぉ゛や゛め゛でグダざい゛!!」


「ハハハハハ!! 止めるわけないだろ!! 恨むならそこの腰抜けどもを恨むんだな!!」


「……ひひっ!! そーかそーか!! 俺はやめとけって忠告してやったからな?」


「……あ? うわぁぁぁ!?」


 ──溜飲はそう時間がかからないうちに下った。



 つまるところ、人形から溢れ出ていたベトベトサンが本領を発揮しはじめたのだった。


 赤黒い液体は一瞬にして硬度を増しあやかしたちを拘束していく。


「ぎゃあっ!?」


「な、なんだこいつ!?」


「くそっ!! 離れろ!! 離れろ!!」


 根城のなかには先ほどとはまた違った悲鳴が響きだした。そんななかで赤黒い粘液はあやかしたちを絡めとり床に這いつくばらせる。


「ひひっ!! 坊ちゃん、コイツらそこそこ美味そうだからちょっと味見してもいいか?」


 楽しげな声を受け呆れ顔で惨状を眺めていたメイが力なくため息をついた。


「あー、えと、あの毒ベトベトサンには効かないんですよね?」


「その通りだぜ!! 今だって流しこんでやるように体んなかに溜めてあるしな!!」


「なら、飲ませてからにしてください」


「ひひっ!! 了解だぜ!!」


「ありがとうございます。あと、食べるなら逃げ出せないような形になるようお願いします」


「おうよ!! さぁて悪い子のみんなぁー、無理やり捩じ込まれたくなかったらお口を開けまちょうねー。ヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」


 ベトベトサンの高笑いを皮切りに悲鳴はくぐもったものとなっていく。口を塞がれたあやかしたちは目を白黒させながら身じろぎをし食べ残しへと変わった。


「なんか……、想像以上の大惨事だな……、できればあんまり遭遇したくないたぐいの……」


「まあでも、本部での大がかりな退治だとこんなかんじにもなるよ。たしかに、あんまり遭遇したくはないけど」


「ですよね」


 ハクとセツのどこか他人事な会話にリツも相槌を打つ。あまり目にしたい光景でないことは確かだ。


 ただし。


「さてと。下準備ができたことだし、私たちも仕事に取り掛かるとしよう」


 愛しい人が無事ならばこんな惨状も超えていけるはず。


「リツ副班長、行けそうかな?」


「はい、セツ班長」


「うん。良い返事だね。じゃあ始めようか」


 リツは笑顔に一礼をし、刀を抜いてあやかしたちのもとへ向かっていった。

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