とりあえずの方針が決まった朝
そんなこんなで青雲と烏羽玉の面々は酒宴を繰り広げ、理不尽な世界に対しての愚痴やら憤りやらを口にし、一人また一人と倒れるように眠りについた。
そんななかでいち早く目を覚ましたのは……
「分かってはいましたが、ろくでもない状況ですね」
「ええ、ええ。これは早急にお片付けをしないとですわね」
……リツとソシエだった。
二人の先には熟睡する面々、出しっぱなしの酒器や食器たち、なんというか死屍累々といった有様が広がっている。素面の状態ならまだしも酒が残っている状況で片付けるのは骨が折れそうだ。
「もう少し眠っていられればよかったのに」
「あら、あら。リツ様はまだお疲れのようですわね。でしたら、ワタクシにまかせてくださいまし」
「あ、いえ。ソシエ殿一人にお任せするわけには」
「いえ、いえ。ワタクシも少しお酒が残っておりますのでここは」
ソシエは部屋を出て戸を開けると、明らみ始めた庭に降りて地面に手を触れた。そして鋭い爪で土を抉り取り何やらぶつぶつと呪文を唱えだす。すると、土塊はみるみるうちに小さな人の形に変わっていった。
「さあ、さあ。皆さん、お片付けのお手伝いをしてくださいまし」
土人形が数体できあがると鱗に覆われた手が音を立てて合わされる。それと同時に人形達は動きだし死屍累々な感じの部屋へと足並みを揃えて向かっていった。散らかった食器や酒器は瞬く間にまとめられ厨へと運ばれていく。
「さて、さて。これでお片付けが少し楽になりますわ」
「ありがとうございます。相変わらず凄まじい術ですね」
リツはいそいそと食器を運んでいく人形達をじっと見つめた。造形は簡略化されているが、その動きは人間のものと何ら変わらないように見える。河原で交戦した人形も人と区別がつけられなかった。武光の身代わりとなった人形も、今のところ正体が露見したという話は聞かない。
それならば。
「ええ、ええ。たしかに『疑似餌にする』といった使い方もできますわね」
「っ!?」
心の中を読んだような言葉に残っていた酔いが一気に醒めていく。
「なぜ、分かったんですか?」
「あら、あら。愛する殿方を護りたいという気持ちはワタクシもよく知っておりますもの、分からないはずがありませんわ」
「すみません。人様の術を囮に使おうだなんて考えてしまって」
「いえ、いえ。少しでも危険から遠ざけられる方法があるのなら、それを試したいというのは当然ですからね。ただ、今のままでは少し不安がありますわ」
「不安?」
「ええ、ええ。ワタクシのお人形たちは人間さんにとっては本物のように見えるのでしょうが、ある程度のあやかしさんが注意深く見ればすぐに正体が露顕してしまうものですもの」
「あの完成度でもですか?」
「ええ、ええ。残念ながら。それでも」
ソシエは手についた土を払うとニコリと微笑んだ。
「ほかの方々のお力をお借りできれば、もっと完成度の高いお人形ができますわ。ですから、きっとリツ様もセツ様も無事に次の任務を終えられるはずでしてよ」
「……そう言っていただけると、すこし気が楽になります」
「あら、あら。ワタクシは気休めを言っているわけではありませんわ。さて、さて。そうと決まればお片付けをすませて、みなさまが目を覚ましたらお話をしましょうか」
「そうですね」
こうして二人は宴の後片付けを済ませてからしばし休憩し、全員が目を覚ましたところで事情を説明して作戦会議を開くことになった。
わけなのだが。
「もう! ソシエと坊ちゃんのお願いだっていうから来たのに、なんであんたまでここにいるのよ!?」
「ひひっ! そりゃあこのオレが坊ちゃんの一番だからだよ!! なぁ、坊ちゃん?」
「えと、ひとまず二人ともいきなり喧嘩腰にならないでください」
メイによって呼び出されたモウモウサンとベトベトサンがはやくもイザコザをはじめてしまった。
「今回の件に関しては二人の力を両方ともお借りしないといけないので、ということなんですよね、義姉様?」
「ええ、ええ。そのとおりですわ。ワタクシのお人形作りはもともとモウモウサンに教えていただいたものなので、きっとずっと素敵なお人形を作っていただけるはずですから」
「もう、それは分かってるわよ。でも、ならなんでコイツまでいるのよ?」
「あら、あら。分かりませんこと? お人形のなかにベトベトサンが隠れられれば、あやかしさんたちにお酒を飲ませられる可能性も上がりますから」
「ひひっ! ま、たしかに獲物を拘束して無理やりなんかを飲ませるのは得意なほうだしな!!」
リツはそんな会話を繰り広げる部下とその義姉とあやかしたちを眺めながら頼もしいと思う半面、言いようのない脱力を感じた。その傍でセツも同じような表情を浮かべている。
「あのさぁ、リツ」
「はい、何でしょうかセツ班長?」
「なんか今回の任務、退治対象側がいろいろな意味でお子様に見せられないような有様になりそうな気がするんだけど」
「奇遇ですね。私もそんな気がします」
「だよねぇ」
「ええ」
ほぼ同時に深いため息がこぼれた。
「まあ、それでも、別の流れで私がいない時期に貴方を好き勝手した相手に意趣返しできるのは幸運だとも思ってしまいました。我ながら歪んでいるとは思いますが」
「ふふ。私はリツのそういう所も好きだから、そこは気にしないでいいよ」
穏やかな声とともに頭が軽く撫でられる。
「今はひとまず、メイをめぐるイザコザを仲裁しようか」
「ですね」
かくして、厄介なあやかし退治の準備は着々と進んでいくのだった。




