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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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あと鰐とか

 日の翳る部屋のなかリツは爪が食い込むほど手を握りしめていた。傍ではセツが悲しげに虚空を見つめている。


「あの感じだと今回はあいつも上手くいったと思いたかったんだけどな」


 そうだったらどれほどよかったか。

 しかし嘆いているばかりにもいかない。

 こうなってしまった以上、最愛の人を守り被害を最小限にするしかない。


「……他にその件について分かっている情報はありますか?」


 握りしめた手を解きハクとメイに視線を送る。



 返ってくるのはよく知ったあやかしの特徴……



「それがその娘さんを投げ込んできたやつっていうのが……、なんか手下っぽいあやかしを数体従えてたらしくて……」

 

「えと、あと、黒いボサボサの髪をした大男、といった風体だったそうです」


「……は?」


「……え?」



 ……のはずだった。


「しかもなんか……、全員めっちゃ酔っ払ってたらしい……」


「そうらしいです。最初は山賊の集団かなにかだと思われたらしいですが、全員濁った金色の目をしていたうえに角とかも生えていたらしくて」


 しかし、二人が戸惑いながら口にするのは赤銅色の髪をした子供とはかけ離れた特徴ばかりだ。


 予想外の言葉に頭のなかが疑問符に埋め尽くされていくなか傍で力なくため息がこぼれた。


「あー、そっちだったかぁ」


 セツが項垂れながら額を抑えている。ひとまず先ほどまでの悲壮感は薄れているようには見えるが。


「ああ、安心してリツ。ソイツが暴れてるってことはアイツが来てない証拠だから」


「そう言われましても」


 状況がより分からなくなったなかどう安心すればいいのか。むしろ当初の惨劇が近づくほうがまだ対処法がわかるぶん覚悟ができるのに。


 そんな思いを察したのか疲れた顔に苦笑いが浮かんだ。


「大丈夫、大丈夫。そいつの対処方法ならもう知ってるからさ」


「そうなんですか?」


「うん。リツはさちょっと昔に大騒ぎになった大酒飲みのあやかしのことは知ってるよね?」


「……あ」


 当然、その話に覚えはあった。

 都にほど近い山を根城にし、若い娘を攫ってはその血肉を肴として夜な夜な酒宴を続け、最期には武人や退治人結社の枠組みを超えて結成された討伐隊に退治されたあやかし。


「実によくある話なんだけどさ、そいつらの残党が悪さを始めるんだよね。本来ならアイツの騒動がおさまったあとに」


「では、今回の件はその一団の仕業なのですか?」


「うん。ほぼ間違いなくそうだろうねー。見た目がそいつらと完璧に一致してるし。それに『あのガキさえいなければ都は俺たちの狩場だったのに』なんてこと言ってたからさ。アイツが来ないならその代わりに暴れ出しててもおかしくはないかな」


 その言葉をどんな状況で聞いたのか、というのは想像に難くない。


「あー……、班長……。質問いいか……?」


 不意に、ハクが戸惑いながら緩やかに挙手をした。


「うん。どうした、ハク」


「なんというか……、そっちはそっちで……、かなり厄介な相手だと分かったが……、どうやって斃すんだ……?」


「まあ斃し方は至って単純だよ。首魁よろしく毒で身体を弱らせたあとに首を刎ねるだけだから」


「それはそれで大変そうではあるが……、まあ姉御さんが残したお話の方法よりは……、マシなのか……?」


「まあね。ただ向こうは向こうで毒に対してかなり神経質になってるから、首魁のときみたいに打ち解けたふりをして毒酒をのませる、なんて方法は使えないわけだよ」


「なら……、どうするんだ……?」


「ふっふっふ、ハク。それこそ実に簡単な方法だよ」


 わざとらしく戯けた声にリツは再び手を握りしめる。結社に帰還したセツに与えられた仕事といえば。




「毒を仕込んだ活き餌を使う。それだけだよ」



 

 楽しげな声が至極当然とそう言い放つ。



「な……!? お前それって……」


「ほらさ、私本来なら不死身になってるわけじゃない? だから、本来なら致死量を超えちゃってるような毒を仕込まれてソイツらに差し出されたわけよ。いやあ、あのときはまだ毒餌を始めたばかりで慣れてなくてね。身体中えらいことになってたから終始錯乱して泣き叫んでたけど、運良く食べられるのが怖くて取り乱してるんだと思われてさ、なんとかどうにかなったよ」


 声は楽しげなまま惨状を語り続ける。


「ま、あくまでもこれは私が不死身になってたからできた戦法だからね。今は使えないし、やってやろうとすら思わないけれど」


 しかし、その声にも翳が差した。



「あの親父なら、同じような手をとることも辞さないだろうね」



 きっとその予想に間違いはないのだろう。

 親子の情がないわけではないのは禁書庫でのやりとりで分かったが、本来ならば自分たちは被害を最小限に抑えるためにあやかしへ売られている。


 だからといってこのままでいるわけにはいかない。


「……ならば。長がその方法に辿り着く前に、こちらで先手を打たないといけませんね」


 リツは絞り出すようにそう告げた。するとセツが軽く目を見開き、その後柔らかく微笑んだ。


「ああ、まったくもってその通りだね。私たちが全員無事に任務を完遂できるよう頑張らないと」


 その声と表情から翳りは消えていた。


「ああ……。俺も何があっても第七支部のほうに戻らないといけないし……」


「少なくとも、本部の捨て駒にされるのはもうゴメンですからね」


 ハクとメイも迷いのない表情で頷く。




 そして……


「ええ、ええ。ではワタクシも皆様のお役に立てるよう、腕を振るわせていただきますわね」


 ……いつのまにか現れた大きな人影も鱗に覆われた顔で何度も頷いた。



「うわぁ!?」

「わぁっ!?」

「な……っ!?」

「え、えぇ!?」


 当然、第七支部の面々はその場で飛びあがり……


「ワタクシ、俄然燃えてまいりましたわ」


 その元凶となった流れるような美しい黒髪の鰐はフンスと鼻をならして意気込み……


「おう! 弟たちのおかげで今の俺たちがあるわけだからな!!」


 その傍で伴侶の熱血漢も闘志を燃やし……


「えと、なん、で、兄様、が?」


 来世の記憶を知らないふりをしていた頃に戻ったようなかんじでメイが首を傾げ……


「班長……、この状況は……?」


「こんなどうかしてる状況、私にも分かるわけないだろ!?」


 目を点にしたハクにセツが混乱しながら言葉を返し……


「……少なくとも、悪い方向でないんじゃないですかね」

 

 ……リツはどこか遠くを見ながら力なく呟いた。


 かくして、陰鬱な空気に満ちていた部屋はまたしても一気にワチャワチャしだしたのだった。

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