聞きたくなかった言葉とか
なんやかんやあって手掛りのようなものを見つけた第七支部の一同はひとまず禁書庫を出た。その後、ハクは放免関係の仕事のため、メイはベトベトサンを禁書庫に呼んじゃった件で長の監視のもと一応形式的な顛末書を書くために、別行動を取ることになった。
そして、後の二人は。
「いろいろあったけど、ちょっとひと息つけそうだね」
「ええ、そうですね」
壺庭に面した本部の一室で待機している。
「時代が時代なら、ちょっと外回りに行くってことにして一緒に映画でもどうかな、なんて誘いたいところだけど」
「時代が時代でも、業務中に堂々とサボろうとしないでください」
「あはは、ごめんごめん」
平謝りに、まったく、と返しながらリツは部屋に差し込む午後の陽に目を向けた。思えば任務に追われて、明るいうちから二人きりで過ごす機会はあまりなかったかもしれない。遠い未来でもそれは同じことだった。もっとも、それらしい言い訳に騙されてサボりに付き合わされてはいたが。
「しかし、収穫がゼロってわけじゃなくてよかったよ」
懐かしさに浸っていると、セツがため息をつきながら長から譲り受けた件の本に目を向けた。
「アイツ、今回はちゃんと愛してもらえたのかな」
そう言う声には様々な感情が混ざり合っているように思える。
「さあ、どうでしょうね」
返す声も同じ有様になっている自覚はあった。
「少なくともお義姉様がお話をまとめることができたうえに、気に入っていたとのことですから。救いはある結末を迎えることができたと思いたいですね」
「ああ。そうだといいね」
「それに万が一の場合も、今回は斃しかたが分かっていますから」
自然と革表紙に目が向く。
おとぎ話の内容を見るに、向こうも未来の記憶を覚えているのは間違いないだろう。
そのうえでこちらに向かってくるのであれば、荒事は避けられないことも。
「……まあアイツなら姉様が駄目なら私に止めを刺されるのが罪滅ぼしになる、なんて考えるだろうね」
「ええ」
「アイツには最終的に望みを叶えてもらったわけだし、それなりに情が移ってもいるから止めを刺してやるのはやぶさかではないよ。でもさ」
「っ!?」
頬に手が添えられ本から顔を逸らされた。目の前には真剣な表情が浮かんでいる。
「それを為すには君を酷く害さないといけないことは分かってるよね」
「……利き腕を残していただければ、多少の時間はかかりますが任務には支障が出ない程度にはもどれるかと」
「そういう話をしているんじゃないんだよ」
「すみません。しかし下手にためらえば、目の前で私を殺めて逆上した貴方にその骨で止めを刺させる、くらいのことはしかねませんよ。あの子ならね」
「……それは」
「それに」
リツは軽く目を閉じ頬に添えられた手に手を重ねた。ほのかに冷たくはあるがそこにはたしかな体温がある。
「しらべ?」
「雪也さまが厄介な呪いを受けずに正しく天寿をまっとうするのが一番ではありますが、許されることならば今回はお側に居たいんです」
この手の温かさが失われてしまうそのときまで。
「……」
「骨一本程度でそれが叶うならば後悔はいたしません」
「……そっか」
暗闇のなか片腕が背に回されるのを感じる。
「……今度こそあの月夜の先を二人で迎えよう」
「……ええ」
返事をしながらおもむろに目を開くと、肩越しに部屋へ降り注ぐ陽射しが見えた。
たとえ今回の件を無事に乗り越えたとしても、退治人として生きていくことは変わらない。
陽射しのなか二人りきりで穏やかな時間を過ごす機会はきっと。
「……とはいっても、アイツがここに来ちゃうかどうかはまだ分からないけどね」
思考が暗いほうへ向かっていこうとするなか、どこかおどけた声が耳に届いた。それと同時に背中に回された腕が離れもう片方の頬に手が触れる。
「だから今は二人きりで居られる貴重な時間を存分に」
「悪い班長……。いきなり貴重な時間を邪魔しちゃうことになって……」
「!?」
「!?」
突如として聞こえてきた声にリツとセツはほぼ同時に肩を跳ねさせた。慌てて顔を向けると、戸の傍にハクとメイが申し訳なさそうな表情で立っている。
「あー……、取り急ぎみんなに報告しときたいことがあるんだが……、あれなら……、もうちょっとだけ席を外しておくか……?」
「えと、そのほうが良さそうですよね?」
「もう! まったくだよ!! せっかく夫婦水入らずで良い雰囲気になってたのに──」
「いえ、問題ありません。報告をお願いします」
話が変な方向にワチャワチャする前に軌道修正すると、部下二人の頭が軽く下げられた。
「放免の仕事の報告に行ったんだが……、そこであんまり嬉しくない話を聞いた……」
「僕も長に同じ話が伝わる所に居合わせてしまいました」
重々しい声に部屋のなかの空気が一気に張りつめる。その先に続く言葉を聞きたくなどない。
「……そうですか。それで、その話しというのはいったい?」
それでも聞かないままでいるわけにはいかなかった。
「少し前から行方が分からなくなってた娘さんが……、ついさっき屋敷に投げ返されたそうだ……」
「それも、どう見ても食べ残しという有様で、です」
降り注ぐ陽射しが緩やかに弱まっていく。
「……そっか」
短いセツの相槌が薄暗くなった部屋に響いた。
「……」
リツは唇を噛み締めながら左手を握りしめた。




