父と姉と弟と未確認不思議動物の子供
「お前たちはもうセツ支部長の身の上を知っているのだな?」
長はどこか疲れた顔で首を傾げた。
「ええと、まあ、多少は」
曖昧に答えながらリツはうなずく。本来なら責任者が素性を明かしていたと長に知られるのは好ましいことではない。しかし、この後に及んで下手に取り繕えば話が拗れてしまうだろう。それに。
「やはりか。報告書の端々にこれが第七支部の面々に全幅の信頼を置いているのが表れていたから、そうだろうとは薄々感じていた」
そう告げる表情には仄かな安堵が含まれているように感じる。
「体質が体質だったとはいえ、幼い頃から部屋に籠っていた子にそういった者たちができたことは」
「あのさぁ、今そういう話はいいから本題を進めてくれない?」
感慨深そうな声をあからさまに不機嫌なセツの声が遮った。
「そうだったな。すまない。親としては今の状況が好ましいと感じたので、つい、な」
「……ソレハドーモ」
どこかぎこちない言葉とともに不満と戸惑いが混じった顔が背けられる。分かりやすい照れ隠しを揶揄いたくなったが、リツはそれを堪えて話を本題に戻す力添えをした。
「しかして結社長。その本はセツ班長の身の上と何か関係が?」
「ああ。この本はこの子の姉が気に入っていたものだ」
「セツ班長のお姉様、ですか?」
セツの姉。
以前聞いた話では、退治人として凄まじい才能を持ちながらある日忽然と姿を消してしまったということだったはずだ。
「禁書として結社に持ち込まれたものだったが、『気に入ったからこの間の面倒な任務の追加報酬としてもらっていきますぞ』などと言って半ば強引に自分の手元に置いていた」
「さようでございますか。それで、お義姉様は本の内容をご存知だったのですか?」
「ああ。以前聞いたことがあるが大体の内容は知っているとのことだった。たしかなんと言っていたか」
長が虚空を見つめながら口元に手を当てる。
「ふむ、たしか、『なんだかんだあった二人が、色々あったけれどそれなりに納得してなんとなくどうにかなる話ですぞ』だった、か」
「なんとなくどうにかなる話ですか」
あまりにもザックリとした要約にリツは脱力と軽い頭痛を覚えた。書かれていた結末といい、結局のところ主人公とあやかしがどうなったのかはまったく分からない。ただし、有益な情報がまったくなかったわけではない。
「まとめかたはともかく……、班長の姉さんはあの本を読めたのか……」
「えと、ベトベトさん。あの言語ってこっちではあんまり一般的ではないんですよね?」
「ひひっ、そうだぜ! この時代でまともに読めるやつはまず居ないだろうよ!!」
ハク、メイ、ベトベトサンの言葉を受け、自然と視線が革の表紙を持つ本へと向かう。もしも内容を把握できる者がいるとするならば。
「はぁ」
不意に深いため息が響いた。目を向けるとセツが手で顔を覆いながら項垂れている。
「つまり姉様がこの本の作者の生まれ変わり的なやつだったかもしれないのか」
つまるところその可能性が高いのだろう。
もちろん、本人ではなく関係者の一人という可能性もなくはない。しかし、地の文にときおり現れていた口調と長の口から出た本人談の口調があまりにも似ている。そのうえ。
「さらに言うと諸々のごたごたは、アイツが姉様と私を勘違いしたことが原因だったりするんだな」
おそらくその通りなのだろう。
遠い未来に転生したそのあやかしが、遥か昔に恋した相手とセツににている部分がある、と語っていたこともあった。もっとも、義姉の前世ら現時点より更に過去の話のためまったくの偶然なのかもしれないが、当事者が落胆するのも無理はない状況だ。
「なんか何というかなんだかなぁ」
「心中お察しいたします」
語彙力を失いながら脱力する配偶者を宥めていると、軽い咳払いがみみにはいった。
「あー。詳しい事情は分からないが、たしかにお前は兄よりは姉に似ているところが多いな。母親似の容姿もそうだが、なんというか全体的な雰囲気的なものとかが」
いつもよりややふんわりとした長の言葉がなんともいえない空気が漂う禁書庫に響く。
「今思えば……、ライ班長が班長にやたらあたりが強かったのも……、どう足掻いても越えられなかった姉さんに似てたから……、めちゃくちゃ八つ当たりしてた……、的な側面もあったのか……」
「出来のいい兄弟姉妹と比べられる鬱憤は凄まじいって話は、聞かない話ではないですからね。その相手によく似た自分より目下のものがいたら、まあ」
「ひひ!! 人間ってのはそういうところあるからな!!」
ハク、メイ、ベトベトサンの相槌もなんとも言えない空気に拍車をかけた。
「私、あんな頭にプロペラがついた赤い未確認不思議動物の子供みたいな喋りかたしてないもん」
顔を覆ったままのセツがさめざめと呟く。
未来のことを引き合いに出してボケながら嘆かないでください、やら、何またちょっと可愛らしく言ってるんですか、やら、口に出したいツッコミは色々とある。
「全くもってそのとおりですね」
それでもリツは遠い目をしながら丸まった背中を撫でることに専念するのだった。




