心温まるおとぎ話・三 或いは 同族嫌悪とかそういうの・二
そんなこんなで彼女は王子様の側仕えとしてお城で暮らすことになりました。
お願いのとおり召使いにされた母親はすぐに解放してもらえました。なんとも胸糞悪くはありましたが、加工から最期まで全ての工程で痛みを感じないようになっていたというのがせめてもの救いでした。
まあ今思えば、事を不必要に荒立てないための嘘だったのかもしれませんが。そうだとしても、あやかしなりに気を使ってくれたのも事実なのでしょう。
あとは、まあ、よくあるおとぎ話に準じたかんじですね。
質の良い衣食住だとか、優しい気遣いだとか、悲しげな愛の言葉だとか。
村にいたころ、自分には無縁のものだと思っていたものに囲まれる生活が続き、少なくとも王子様に対しての感情は憎悪とは違うものになっていきました。
ただ、それが愛情だったというといささか違和感が残ります。どちらかと言えば、憐れみのほうがまだ近かったのでしょう。
それでも、このあやかしをどうにかして救ってやりたいと思ったことに決して嘘偽りはありませんでした。
そうこうしているうちに時間は過ぎて、約束の春がやってきました。
退治人たちが火を放った城のなか、彼女と王子様は不思議なほど穏やかに見つめあっていました。
「ここまで派手に燃えちゃってれば、父様と母様はもう塵に帰っただろうね」
「そうでしょうな」
「うん。そういうわけで次は僕の番なんだけど、ちゃんと仕留められそう?」
「そうですなぁ……」
そんな言葉を交わしたあと二人は──
──とここまで書いてはみたものの、疲労感が半端ないですな!!
いやはや、物語を書くという行為にはやはり向き不向きがあるのでしょうな。私はどうも不向きのほうの人間だったみたいですぞ。
とはいえ、お話にはちゃんとおしまいを作らないといけませんからなぁ。それに、このお話を読む子が欲しいだろう情報は書いてあるでしょうし。
えーと、こういうときはたしか……そうそう、あれですぞあれ!!
そんなこんなで、二人の旅はまだまだ始まったばかりですぞ!!
「心温まるおとぎ話」 完
※※※
「……何なんだこの雑な打ち切りエンドのテンプレみたいな文章は!!?」
禁書庫のなかに珍しく荒らげられたセツの声が響いた。その隣でリツは深いため息を吐く。
「たしかに物語にあるように、こちらが欲しい情報のうち一つは手に入れられましたが」
「結局……、そのあやかしがどうなったかまでは分からずじまいか……。どうしたもんかな……」
ハクも神妙な表情で眉間をおさえた。物語が書かれた時点で決着がついているのなら、惨劇が起こらない可能性の方が高い。しかし、この終わりかたでは決着がついたともついていないともとれる。
一同が憤ったり困惑したりするなか、メイが本に張り付いたベトベトサンに力なく視線を送った。
「えと、ベトベトさん。本当に書かれていることはそれで全部なんですか?」
「ひひ、そのとおりだぜ! 文体やら何やらなにまでちゃんと翻訳してやったぜ!!」
得意げな声を受け、セツが苛立ったまま腕を組んだ。
「あれが完全な翻訳なのか。まったく、よくもまあここまで人を小馬鹿にしたようなヘラヘラした文章が書けるもんだね」
忌々しげな呟きにジトっとした視線が一瞬にして集まる。当然、薄い唇は不満げに尖っていく。
「みんなして何なのさ、その何か言いたげな目は?」
「あー、いえ。別に『わりと切迫した状況での置き手紙にふざけた文面と気が抜ける顔文字を残していく方はいうことがちがうな』なんて思ったりしてませんよ」
ジトっとした視線のままリツが答えると、不服そうな表情はバツの悪そうなものへと変わっていった。
「えーと、でもさぁ。あれはほら、愛しい者に厄介なことを頼んじゃったからせめて場を和ませておこうかと思ったからであって」
「へー」
乾いた返事をしながら視線を件の本へ移す。文体から滲みでる人をからかって楽しむ性分、本全体から感じる遠い未来で甘美だと感じた香り。
「なあ……、この本って班長の関係者が書いた……、ってことはないのか……?」
考えていたことをハクが代わりに口にした。
「まあ、人をおちょくるこの感じはセツ班長のそのものですよね」
「ひひっ、まったくだぜ!!」
メイとベトベトサンもそれに同意する。
「やっぱり、そう感じますよね」
当然のように同意するとセツの頬がまた膨らんだ。
「もう! さっきからみんなして!! それじゃあ私が人のことをからかって反応を愉しむ小悪魔系みたいに聞こえるじゃないか!!」
半分くらいは間違っていないうえに、なにちょっと可愛らしく言ってるんですか。などと口にしようとした矢先、近づいてくる足音があることに気がついた。
目を向けると、そこには苦々しい表情を浮かべた長の姿があった。
「こら、お前たち。禁書庫への調査は許可したがもう少し静かにできな……ん?」
不意に子供を諭すような言葉がとまり、訝しげな視線が件の本へと向けられる。
「……ああ、しばらく見ないと思ったらそんなところにあったのか」
禁書庫の中に懐かしむような声が響く。
「騒がしくしてしまい、まことに申しわけもございませんでした。それで、その、結社長。その本はいったい?」
リツは深々と頭を下げてから恐る恐る尋ねた。
「これが何か、か」
ひと呼吸の後、苦々しい表情が一同の顔を見渡す。
「そうだな。お前たちには教えておいてもいいのかもしれないな」
そう告げる声はやはり退治人結社の長の物というよりは、一人の父親の物というように聞こえた。




