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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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翻訳するためのプルプルしたなにか

 そんなこんなで第七支部の面々は禁書庫の調査に乗り出した。


「分かってはいたけど面白楽しいくらいの量があるよね」


 巻物や草子が詰められた棚が立ち並ぶさまを前にセツが力なくため息を吐く。


「調査できるのは今日だけだから……、そんなに余裕はないよな……」


「ええ。さすがにそう何度も許可はおりないでしょうからね」


 ハクとメイも力なく呟いた。そんななかリツは軽く目を閉じ意識を集中させた。


「リツ?」


「私の力で目的のものを探れないか試してみます」


 あやかしを探知する力が他の探し物に通用するかは分からない。それでも遠い未来で縁のあったヒナギクを見つけ出すことはできた。それなら因縁の深い相手に関わるものならば。


「……そうだね。じゃあお願いするよ」


「はい」


 どこか寂しげな声を受けながら書庫の中の違和感を探る。その途端、方々から血生臭い気配が押し寄せてきた。心なしか呻めきや断末魔も聞こえてくる気がする。ジワジワと胸の奥から苦いものが込み上がった。


「っう」


「リツ!? どうしたの!?」


「いえ、さすがに禁書庫ともなると厄介な気配だらけだなと」


「たしかに。つらいようなら無理はしなくても」


「あはは、大丈夫ですよ。今は悠長なことを言っていられる状況じゃないですから」


 吐き気を堪えながら再び意識を集中し探索を再開する。濁り澱んだ気配のなかをかきわけ進むように。すると錆と生薬と砂糖菓子を雑に混ぜ合わせたような香りを感じた。それはほんの微かなものではある。


 それでも、その香りにはたしかに覚えがあった。


 閉じた目蓋が自然と開いていく。

 するとすぐに不安げな表情のセツが目に入った。


「……リツ」


 

 遠い未来であの香りの持ち主だった者の顔が。



「本当に大丈夫?」


「……はい。それに探している資料もおそらく見つかりましたから」


「え!? 本当!?」


「ええ。こちらです」


 リツは資料が詰まった棚の合間を縫うように気配のもとに急いだ。たどり着いたのは書庫の端とも中心ともとれない位置にある棚の前だった。


「これはまた微妙な場所にあるものだね」


「まあ探し物って……、往々にしてこういう場所にあるもんだし……」


「まったくですね。でもあれで間違いはないでしょう」


 三人の視線が向けられた先には山積みになった草子のなかに一冊の本が紛れていた。革張りの装丁、背表紙には箔押しされた見慣れない紋様。禁書庫のなかにおいても異質さを隠しきれていない。


「リツ」


「なんでしょうか? セツ班長」


「本当に最初にアイツの退治の話がきたときに、こんな本はなかったよね?」


「ええ、たしかそうだったはず」


「だよね。ならあのときは長が隠すなり破棄したりしていたものか」


「あるいはあの子がいつか現れるセツ班長に向けて、なんらかの手段を使って残したものかですか」


「そうだと思いたいところだね。よっと」


 セツは腕を伸ばし草子に挟まれた本を抜き出した。


「ふぅん」


 白い手が分厚い表紙を開き頁を送っていく。



 そして……


「うん、ダメだ。なんて書いてあるか皆目検討もつかない」


 ……割と大方の予想通りの言葉を口にした。


 

 禁書庫のなかには脱力感とともにワチャワチャとした空気が襲来する。


「なんか格好つけてたわりに……、読めなかったのか……」


「なんだとぅ!? だったらハク、お前が読んでみろよ!?」


「いや……、俺はほら……、未来の記憶とかそういうのないし……」


「えーと、多分誤解していると思うのですが、未来でも全ての言語を完璧に読みこなせる人材は稀なんですよ」


「え……そうなのか……、副班長? なんかこう……、翻訳胡麻豆腐みたいな……? そんな便利小物で……、なんとかなったりしてるものかと……」


「おい、ハク。お前絶対になんらかの原因で未来の局所的な知識持ってるだろ?」


 案の定始まってしまったイザコザのなか、リツはメイへ視線を送った。すると力ない頷きのあとに小さな咳払いが返ってきた。


「えと、皆さん。とりあえず落ち着いてください。翻訳なら多分ベトベトサンができるはずですから」


 力ない声を受け、セツとハクもイザコザを止め顔を向けた。


「あー、たしかにそうか。ベトベトサンどうみても西洋的なあやかしだもんな」

 

「そういうものなのか……? まあでも、物知りなのはたしかだしな……」


「ええ。そういうわけですから、少し大人しくしていてください」


 どこか呆れた表情が呪文を呟きながら袖から札を取り出す。


「ベトベトサン、こちらへどうぞ。急急如律令です」


「ひひ! 了解だぜ坊ちゃん!!」


 相変わらず楽しげな声とともに手の平ほどの大きさのベトベトサンが床から現れた。


「で、今日はなんの用だ? このサイズなら誰かの中に入り込んで色々としてくるかんじか?」


「させるわけないじゃないですか、そんな事」


 未来では色々とさせていたのに。



 そんな言葉をリツは飲み込み……


「えー、でもさー未来だと」


「……セツ班長」


「はいはい、ごめんごめん」


 ……話を長引かせかねないセツに鋭い視線を送った。


「えと、今日はちょっと翻訳してほしい本があって。セツ班長、本を」


「うん。はい、これ」


 差し出された本を前に赤黒い粘液がかすかに波立つ。


「ふぅん、どれどれ? お! 大分マイナーな言語の本じゃねーか!!」


「難しそうですか?」


「いや、こんくらいの厚さの童話ならなんて事ないぜ!! ちょっと待ってな」


 ベトベトサンは体を伸ばして本を受け取ると器用に頁をめくり出した。


「やっぱり……、翻訳するプルプルしたものは……、実在するのか……」


 禁書庫のなかには頁をめぐる音に紛れて感慨深そうなハクの声が響いた。

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