訂正しておいたほうがいいかもしれないこと
「では、ハクの放免としての仕事を手伝うていで禁書庫に入ってあの子に関する資料が残っていないか探る、っていう方針でよろしいでしょうか?」
わちゃわちゃした空気が一段落したところでリツは第七支部の面々に問いかけた。
「うん。それでいこう」
「そうですね。それ以外に妥当な方法も思いつきませんし」
セツとメイも特に反論することなく頷く。そんななか、ハクがが頷きながらも眉間に軽くシワを寄せた。
「そうだな……。あとはそれなりの権力者から……、青雲の調査をしてほしいっていう依頼をもらわないとか……。俺の放免としての立ち位置って……そんなには高くないし……」
たしかにそのとおりだ。
いくら役所側の人間だとしても末端の者が単独で調査に来たところで素直に受け入れられるとは思えない。それが禁書庫に対するものならば尚更だ。今のところあやかし側の権力者にはつてがあるが人間側には。
「ああ、それなら大丈夫だよ」
不意に傍らから鷹揚な声が上がった。
「ほら、ちょっと前にあくた川的な一件があったでしょ? そのちょっと後に件の姫君のご家族と本来の婚約者から『結果はどうあれ娘の無念を晴らしてくれたのだし、退報酬とは別枠で何かあればそれなりの便宜を図ってやるからありがたく思え』的な感じの文が届いたんだ」
どこか楽しげなセツの表情に言いようのない脱力を感じた。協力を仰げるということは実にありがたいのだが。
「それはまた……、ずいぶんと上からなかんじの文だな……」
「ですよね」
リツは同意しながら自然と深いため息をこぼした。それでも、今は使えるものはすべて使ってでも差し迫った惨劇に備えたい。
「セツ班長、ひとまずその方々から青雲への調査依頼を出してもらうことはできそうですか?」
「うん、大丈夫だと思うよ。あちらさんがなんだかんだで私たちに好印象を持ってるのは確かだから」
「それならハクを指名して調査を依頼するという流れになっても、そこまで不信感はないですね」
「そうだね。とういうことで、そういう方向で話を進めていくんだけどさ、ひとつ大事なことを伝えておきたいんだ」
不意に楽しげだった表情が鋭いものに変わった。一瞬にして部屋の中に緊張が走る。
「メイ」
「は、はい! なん、でしょうか?」
張り詰めた声を受けメイの肩が軽く跳ねた。
「メイは未来の記憶を持ってるわけだよね?」
「……ええ。ただ、それのことはもう何度も申し上げていたはずですが、まだ何か問いただしたいことが?」
冷ややかな視線に鋭い視線が返される。
たしかに未来では敵対に近い関係だった。それでも妹の件では全面的に協力してくれていたし、この打ち合わせでも建設的な意見を出している。今更話を蒸し返す必要はないはずだ。それでもセツの表情は変わらない。
「うん、一個だけ言っておいてあげたいことがあるんだ」
部屋にどこか嘲笑混じりの声が響く。
それに続いて──
「シュミレーションじゃなくて、シミュレーション、な」
「……はい?」
──わりとよくある間違いを蒸し返す言葉が繰り出された。
当たり前のように辺りにはワチャワチャした空気が押し寄せてくる。
「ちょっ!? 今、そんなどうでもいいことを、いちいちあげつらってる場合じゃ、ないですよね!?」
「わー、メイってば真っ赤になっちゃってかーわーいーいー。ちなみに、未来でもちょくちょく間違ってたよ」
「あー……、えーと……。俺には未来の言葉はよく分からないが……、なんか『れえしょん』っていう趣味から発生した……、言葉なんだとと思って流してた……」
「ややこしいことに、未来では本当に『趣味がレーション』って方々もいないわけではなかったりするんですよね」
大きく脱線していく話を前にリツは多大なる脱力感に襲われた。
ともあれ、第七支部の面々は見出した活路に踏み出していくこととなった。
※※※
それから第七支部の面々は各方面に根回しをし、無事に青雲の禁書庫への調査を取り付けることができた。
「いやあ、結社長。この度は捜査にご協力いただき、まことにありがたく存じます」
「ありがとうございます」
「えと、ありがとうございます」
「ありがとうございます……」
愛想笑いを浮かべたセツに続いてリツたちも深々と頭をさげる。その前には苦々しい表情を浮かべて青雲の長が立っていた。
「いや、貴族からの依頼なら断るわけにはいかないからな。ただハクだけならともかく、なぜ第七支部全員で捜査協力という話になったんだ?」
「いやだなぁ、結社長。文でもお伝えしましたとおり、先の任務を評価していただけたのでその流れで信頼のおける私たちに任せたい、って話になったんですよ。ね、みんな?」
「ええ、そのとおりです」
「えと、は、はい」
「うす……」
あからさまに示し合わせたような反応をうけ、苦々しい表情から深いため息が溢れる。
「これ以上話をしても埒が開かないようだな」
「そうそう。正式な調査依頼の書類もあることですし、さっさと……じゃなくて、早急に禁書庫をあけていただけますかね?」
「……すぐに案内の者が来るからついていくように」
「きゃあ、さっすが結社長!! 海より深い御心!!」
「軽口はいい」
「はーい」
人を小馬鹿にした表情を前に長はまた深いため息を吐き、どこか疲れた表情をリツへ向けた。
「リツ副班長」
「はい、いかがなさいましたか?」
「いろいろと世話をかけているようだな」
「いえ、慣れておりますのでお気になさらず」
「そうか」
力ない返事にセツの唇が尖っていく。
「えー、その言い方だと私がリツ副班長に無茶振りばっかりしてるみたいじゃないですかー」
「主に報告書についてはそのとおりだと思うのだが?」
「う、それは」
「だいたい、お前は昔から──」
気がつけば流れるようにお説教が始まっていた。
「うー。そんな昔の話、蒸し返さなくてもいいじゃないですか」
「何を言う。そういったところが巡り巡って身の危険につながるのだぞ」
しかしそれは長としてというよりも父親としての響きを持っているように感じる。
リツはそんなやり取りを見ながら、件の惨劇は長にとってもそれなりの傷になっていたのだろうとぼんやりと考えた。




