そもそもの話ふたたび
「たしかに、そもそも遭遇しなければどうということはないという話ではありますよね」
リツは脱力しながらも視線を隣に送った。その先ではセツが虚をつかれた顔で口元をおさえている。
「たしかに、そう、ではあるか。こちらの居場所を知っているわけではないし。ただ」
にわかに戸惑いの表情に影がさした。
「この状況を鑑みるとアイツも多分色々なことを覚えてるか思い出してるかしてるだろうし、その上でこの国まで来るってことは目的は私だからなあ」
「でも……、本当に来るかどうかも……、まだ分かってないんだろ……。そもそも……、そのあやかしの心残りってのが……、解消されてればいいわけだし……」
どこか諦念を帯びた声をハクが遮る。その隣でメイが静かに頷いた。
「たしかに。それが解消されたかどうか判断できる資料が欲しいところではありますよね」
リツも頷いて遠い記憶を辿った。しかし、シミュレーションのなかでも遠い未来に聞いた話のなかにも。
「残念だけど、アイツに関わる資料は何も残されていないよ。なにしろアイツがいたのは遥か西にあるところなんだから」
再び諦念を帯びた声が響いた。たしかにその通りだった。ただし。
「……はたして、本当にそうだったのでしょうか?」
「……え?」
不意にセツが目を見開いた。
「リツ、本当にそうだったのかっていうのはどういうことなの?」
「えーと、言い方がアレで申し訳ないのですが、本部から招集がかかる頃には私たちはもう長たちに売られていたわけですよね」
「ほんとうにアレな言いかただけど、そのとおりだよ」
「なら、余計なことをしないようにあの子に関連しそうな資料を全て破棄なり隠すなりしていた、って線は考えられませんか?」
「……あー」
再び薄い唇が白い手に覆われる。
「たしかに、あの親父ならそのくらいのことはする、だろうな。なら、今の時点なら、アイツもまだギリギリ来てないだろうし何か見つからないこともない、のか?」
自問する声から諦念が徐々に消えていった。ほんのわずかでも可能性があるのならばそれに賭けない手はない。問題はどうやってその資料を探し出すかだ。保管されているとすれば結社の禁書庫だろう。ただし、長の血縁者やその配偶者だからといって足を踏み入れる許可はそうそう降りないだろう。
リツは思わずメイに顔を向けた。
「メイ」
「先に言っておきますけど、やめておいたほうがいいですよ」
「まだ何も言ってないじゃないですか」
「そうは言っても、ベトベトサンあたりに頼んで禁書庫を家探しできないか、みたいな質問ですよね?」
「……ええ」
「やっぱり。まあ資料を見つけて持ち出してもらう所まではそこまで難しくないですよ」
「なら」
「ただし、あそこの資料には持ち出した者を追跡する術が幾重にも施されてます。万が一こちらの仕業だとバレたりしたらそれこそ、この間の件をこれで帳消しにしてやる、という具合に危険な任務へ駆り出す口実にされますよ」
「あー、それはたしかに」
的確な助言に自然と項垂れていく。それに合わせるように隣からため息がこぼれた。
「うん、あの親父なら絶対にそういうこと言いだすね。問答無用で真正面から禁書庫に入れればいいんだけど、どうしたもんかな」
せっかく掴みかけた解決の糸口。しかし、下手に怪しまれるくらいなら別の手を考えなくてはならない。
「あー……、なら……、一ついいか……」
不意にハクがどこか申しわけなさそうに挙手をした。
「うん。なにか思いついたなら言ってみてよ」
「分かった……。そもそも親父さん……じゃなくて……、長が手段を選ばずあやかし関係の騒動を解決しようとするのは……、結社が色々なお役所から睨まれてるから……、俺らは役にたつ無害な奴らだよーって知らしめるため……、ってのもあるんだよな……?」
「まあね。それなりの武力だとか特殊技術だとかを持ってる奴らの集団なわけだからね。青雲に限らず他の所もそうだと思うよ」
「つまり……、色々なお役所側は……、隙あらば……、結社の調査をしたいわけで……」
「その調査に紛れて禁書庫に入り込めって? でも、そんなつてなんて」
「うんほらさ……」
どこか寂しげな表情が一拍呼吸をおく。そして。
「俺……、一応は放免だから……、色々なお役所側の人間でもあるわけで……」
「……あ」
完全に忘れ去っていた副業の名が繰り出された。
「班長……、絶対に忘れてただろ……?」
「……いやー? こう見えても支部の責任者なわけだしそんなことなーいよー? ね、リツ?」
「え、ええ。そうですよ。死に設定だと思って無意識のうちに頭の片隅に追いやっていたなんてないですから。ね、メイ!!」
「え、えと、その通りです!! ここぞというときに役にたてるなんて、さすがハクさん、です!!」
「みんな……、絶対に忘れてたよな?」
部屋のなかには当然のごとくわちゃわちゃした空気が押し寄せる。
ともあれリツたちは、すっかり忘れちゃっていた突破口になりえるハクの副業を無事に思い出したのだった。




