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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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思い詰めてるときに思いつくことは大体ろくでもない的な話

 橙色の灯りが照らす部屋。リツは文机に向かい妹の一件についての報告書をまとめていた。不意に、向かいの机についたセツが自分の報告書から顔をあげる。


「そういえば、妹君は元気にしてるって?」


「ええ。なんでも神野殿からなんらかの形で一本取れれば無条件で力を貸してもらえるという約束を取り付けたそうで、日々精進しながらなにかしらの勝負を挑んでいるそうです」


「それはまた。でも、神野殿も往々にして享楽主義者だから相性としては悪くないのか」


「みたいですね。この間なんていきなり目の前に現れて『フクハンチョーの妹、おもしれーな!! すげー気に入ったぜ!!』なんてお言葉をいただきましたから」


「ならなによりだよ。まあ、間に合うかどうかは別として取れる手段が増えるかもしれないのは喜ぶべきことだからね」


 影の差した表情に胸のあたりが締め付けられた。


 心残りのうち一つは解消されたが依然として予断が許されない状況ではある。それでも、今なら取れる方法は以前よりずっと多い。


「では、妹の件についての最終報告書もなんとかまとまりましたので、明日にでも早々にミーティングをしましょうか」


「うん、そうだね。本部からも今書いてる報告書が上がればこの件についてはもういいって言われてるし、そろそろ本格的にはじめようか」


 そう答える顔には笑みが浮かんではいる。しかし、差した影が消えたわけではない。


 その理由はそれとなく分かっていた。 


「……全員の望みが、なんかしらの形で叶うといいんだけどね」


「……ええ、本当に」


 どこかやるせない呟きが部屋のなかに響いた。



 そして、迎えた翌朝のミーティング。



「じゃあ今から……、その因縁の相手っていう……、クソ強いあやかしを退治する方法について……、案を出し合っていくんだな……?」


「ああ……」


「ええ……」


「えと……、そうしないとなんですよね……」


「お前ら……、それは本気で気落ちしてるのか……、完成度の低いモノマネをしてるのか……、どっちなんだ……?」


 取りまとめを任されたハクが、沈んだ表情を浮かべた一同に向かって鋭い視線を向けた。


「すみません。本気で気落ちしていました」


「僕もです。ごめんなさい」


「まあ……、副班長とメイが言うなら……、そうなんだろうな……」


「おい、ちょっと待てハク。私の扱いが雑なんじゃない?」


 わざとらしく頬を膨らませるセツを横目にリツは深くため息をついた。


「セツ班長、今は話があらぬ方向に脱線するおそれのある話題は控えてください」


「はーい」


 あからさまにふてくされた表情と声の返事に若干の苛立ちが込み上げてくる。そんななかメイが苦々しい表情で口を開いた。


「正直なところ、相手とはことを構えたくないっていうのが本音ですね」


「それは……、そいつが強すぎるからか……?」


「まあ、当然それもありますよ。リツ副班長が見たというシュミレーションの話だと、僕らだけで勝てるとは到底思えませんし。ただそれよりも」


 どこか寂しげな声が一拍呼吸を置く。


「……そのあやかしというのが俺の知っているアイツで、もしも未来の記憶が残っているというならば、問答無用で始末するのは少し気が引けます。我ながら甘いとは思いますが」


 その言葉に自然と首が縦に振れた。


 件のあやかしは遠い未来に人とあやかしとの間に生まれ、いろいろとあり青雲の退治人として自分たちの部下となる。しかし、その一生は初めから終わりまで幸せとは言いがたいものだった。


 大切な人と自分の幸せを奪ったのだから当然の報いだ、と割り切れてしまえば楽なのだろう。


「……アイツはアイツで純粋だったのは事実だからな」


 感情の読み取れない表情でセツが呟く。複雑という言葉では足りないくらいの思いを抱いているのは簡単に分かる。それでも、立ち止まっているわけにはいかない。


「セツ班長」


「うん? どうしたのリツ?」


「呪いが解けてしばらくの間は、魂だけの状態であの子とともに過ごしていたという話でしたよね?」


「ああ、そうだね。全てが終わってここにくる直前まで一緒だったよ」


「そのとき、あの子も何か言っていませんでしたか?」


「そうだねぇ。アイツも誰に影響を受けたのか最後のほうは本音をはぐらかすようになっちゃってたからね」


 確実に貴方の影響ですよね、という言葉をリツは必死に飲み込んだ。ここで話を脱線させたら間違いなくワチャワチャした空気に全てが押し流されてしまう。


「ただ、私に会う前に大きな心残りがあったとは聞いたよ。それがなければ、私に執着することもなかったかもしれないってこともね」


「なら」


「ただ今からさらに五百年くらいは昔の話だから、私たちが今更どうこうできるとは思えないね。それに」


 端正な顔がいつになく分かりやすい悲しみを浮かべた。



「もしもまた目の前に現れることがあるなら、そのときは確実に退治しないとただ同じことを繰り返すだけになるっていわれたよ。本人の口からね」


「……」


 やはり交戦は避けられないのか。

 そんな諦めが頭をよぎった。


 まさにそのとき。



「ということは……、どうにかしてそのあやかしと遭遇しなければ……、ややこしいことにはならないのか……」


「……へ?」


「……は?」


「……えと?」


 ハクの呟きによって頭のなかの諦念は疑問符に置き換わった。


「え……? 俺……、今なんか変なこと……、言っちゃったか……?」


「変というか、言われてみるとそういう解決方法もありましたよね」


 思い詰めていると視野が狭くなるというのは本当なのだなと痛感しながら、リツは力なく笑った。

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