綺麗にまとめようとはしたんです
ワチャワチャした空気に襲来されながらも第七支部の面々は寄生型のあやかしを退治した。
「ほら、そろそろ起きなさい」
床に横たえた奏の頬をリツが軽くなでる。すると微かな声とともに眉間へかるく皺がよった。
「う……ん……」
まつ毛を震わせながらおもむろに瞼が開いていく。そして。
「……? 姉様!?」
倒れていた身体は意識を取り戻すと同時に一気に起きあがった。
「私はいったい何を?」
「単刀直入に説明すると私に絞め技を食らって気絶して、その間に身体の中のあやかしを退治されたかんじね」
「なんだ。そうでしたか……え?」
お決まりの台詞に答えると、正気を取り戻した顔は一気に青ざめていく。
「あの、姉様、違うんです。これは、その」
またしても繰り出される定型的な反応に、リツは言いようのない脱力感に襲われた。
「なにがどう違うっていうのよ。身体の中にあやかしを飼っていたのは事実でしょ」
「それは、でも、だって……」
奏が口ごもりながら俯いていく。少し強く言い過ぎてしまったことは謝るべきだろうか。そんな考えが脳裏を過った瞬間、部屋の隅に待機していた面々がざわつきだした。
「じゃあ私は『姉様を守るためには仕方なかったんです』って、泣き落としを始めるのに今日の報告書当番を賭けようかな」
「いきなり……不謹慎な賭けを始めるなよ……。俺は……、『この力があれば姉様のお力になれると思ったのに』って不貞腐る……、と思うぞ……」
「ハクさんだって乗ってるじゃないですか。それにこういうときは、『退治人を志す者が強くなろうとすることの何がいけないのですか?』と開き直るくらいが妥当だと思いますよ」
「ひひっ! 坊ちゃんも乗り気じゃねーか!! じゃあ俺は大穴狙いで『お話しすることは何もありません!!』って叫びながら塗籠に駆け込んで閉じこもるに一票!!」
「……っ」
あまりに緊張感のない会話を受け項垂れた身体がわなわなと震えだす。憤りを感じる理由も分かるし、助け舟を出してやりたいという気持ちもないわけではない。
「四人とも甘いですよ。その件を全部こなしたうえに、セツ班長とライ班長の関係性を持ち出して話を逸らしつつなんやかんや自分のしたことを正当化しようとする、というところまでやるのが私の妹です」
「!? ね、姉様!?」
俯いていた首が一気に上げられ目を見開いた顔が現れた。
「あら、違ったの?」
「いえ、その、たしかに姉様のお力になりたくてこうなったことに違いはないのですが……、義兄様とライ様の関係もご存知だったのですか?」
「ええ。ちなみに、全てを知ったうえで悪口大会で盛り上がろうと思えばできるくらい、ライ班長のことはよく思ってないわね」
「ええと、それについては私もライ様から姉様への本心を聞いたとき、貴様どの口でそんなこと言いやがる、と思ったりもしましが……、故人なんですからもう少し手心を」
「加えてあげたほうがいいと奏は思うの?」
「いえ。姉様が思わないのであれば、まったく」
いつに毅然とした表情から澱みない答えが返される。それを受け部屋の隅がまたざわついた。
「お? これはライ班長の悪口大会が始まるかんじ? なら私も今までの恨みつらみを引っ提げて参加してこようかな」
「やめとけ……、話がややこしくなるうえに……、お前の恨みつらみまで話したら……、故人の評価を著しく下げることになっちゃうだろ……」
「えーと、昔のことを話すと評価が著しく下がる程度には兄弟関係が芳しくなかったのは、なんというか心中お察しいたします」
「ひひっ!! 坊ちゃんところはクソ親父どもはアレだったが、兄ちゃんは性癖以外は真っ当で良かったな!!」
ざわつきがワチャワチャした空気を呼び寄せる。
「えーと、姉様、なんと言いますか」
言いようのない脱力感が奏にも襲いかかったことは一目で分かった。
「奏、部屋のすみっこのほうは気にしないで」
「分かりました」
「ともかくライ班長の何が気に入らないって、当てつけみたいに私の大事な妹と結婚するって言っておいて幸せにすることもなく勝手に一人で死んだことよ」
「姉様……」
目の前の顔がほのかに頬を染める。言いようのない脱力感が払拭されたように思えた。しかし、また部屋の隅がざわめきだす。
「私はねー、やっぱり大事なものを横取りしたあげく蔑ろにしたことが一番気に入らないかなー」
「だから……、お前は入っていくなよ……。まあ……、横暴と傲慢に手足がついたようなやつだったから……、気持ちは分からなくもないが……」
「だからハクさんも参加しちゃってますよ。まあ、僕も第一班への引き抜きの文をよこされたときは、あまりにも上からな文面に憤りを通り越して笑えてきましたが」
「ひひひっ!! 色々と思い出した坊ちゃんにそんなこと言われるなんて、そいつ相当だな!!」
意図せず本格的に始まってしまった悪口大会にリツは軽い頭痛を覚えながらも、ゆっくりと立ちあがった。
そして──
「ちょっと男子たち!! いま大事な話してるんだから静かにしてよ!!」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい……」
「えと、ごめんなさい」
「ひひっ! 悪かったな!!」
──渾身の委員長ムーブをくりだし、ワチャワチャした空気に喝を入れた。
その途端、目の前の表情がかすかに綻んだ。
「姉様、なんだか楽しそうですね」
「このろくでもない状況の何を楽しめばいいのよ」
「でも、表情が生き生きとされていますよ。本部にいたときよりも、ずっと」
「まあ、その辺は。なんだかんだで信頼できる面々ではあるからね」
「……信頼できる、ですか。なら」
奏もゆっくりと立ち上がると部屋の隅へ足を進める。そして、セツの前で立ち止まった。
「義兄様」
「何かな?」
「正直なところ私はまだ貴方が姉様に相応しい方だと、認めてはいません」
「それはどうも」
「ただし、あんなに楽しそうな姉様を見たのが久しぶりだということも事実です」
「へえ? それで?」
「……くれぐれもライ様と同じことはなさらないでください、と言っておきます」
「……君に言われなくてもそのつもりだよ」
「そうしてください。もしも言葉を違えようなんてしたら、私の手で処分しに参りますので」
「肝に銘じておく」
張り詰めていつつも刺々しさのない会話から、妹がこの場を去ろうとしていることが分かった。
寂しくもあるが、危険な仕事に就いてでも側にいたいと言われ続けるよりはずっといい。
などと感傷に浸りながら話を終わらせたいと願っていたリツだったが──
「それで……、妹さんがちょっと強くなっちゃって……、あやかしを使役する力に目覚めちゃってた件は……、本部にどうやって報告すればいいんだ……?」
「まあ、身体能力の上がり具合が『秘密裏に鍛えていたから』で誤魔化せる程度であれば、適当に口裏を合わせればなんとかいけるかもしれませんよ。ただし、あやかしを使役する力のほうは本部に露呈しちゃったら色々と面倒にはなりますよね」
「ひひひっ!! いっそのこと知られたらヤバい連中全員、俺が食っておこうか!?」
──ハク、メイ、ベトベトサンの会話により一気に現実に引き戻された。
「……ひとまず色々と調書とかを書かないといけないから、今日明日くらいはこっちにいてくれないかな?」
「……ええ、そうですね義兄様」
部屋にはセツと奏のいつになく協力的な会話が力なく響いた。




