斜め上の方向性と不謹慎な賭け事
イザコザしながらも、第七支部の面々はなんとか寄生型のあやかしへの対処法をまとめ上げた。
そうこうしているうちに夜を迎え、蝋燭の日が灯る部屋のなかリツは本部へ提出する書類を仕上げていた。向かいの文机ではセツも紙の上に筆を走らせている。
「よし」
筆の音が止まると橙色の灯のなかに達成感のある笑顔が浮かんだ。
「妹君をこちらへ呼んでもらうための文は書けたよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。取り急ぎ明日の朝にメイに頼んでベトベトサンの転移術で本部へ送ってもらうから、早ければ5日後……いや、あの娘なら転移術を使える社員の胸ぐらを掴んで明後日くらいにはこっちに来ちゃいそうかな」
「人の妹をなんだと思ってるんですか、と言いたいところではありますが否定はできないですね」
深いため息がこぼれ言いようのない脱力感に襲われる。それでもこの件を放置してしまえば目の前の笑みは。
「うん? そんなに見つめて、何か不安なことでもあった?」
「あ。いえ、別にそういうわけでは」
「本当にぃ? あ、なら、まだ割と普通に人間だったころの私の可愛さを再確認してイチャイチャしたくなったんでしょ?」
「雪也さまが可愛らしいのは認めますが、今は妹の襲来に備えて余力を残しておきたいのでそういったことは控えておこうかと」
「ちぇー、それは残念」
薄い唇がわざとらしく尖っていく。その様子に口元が綻んだ。
「なら、この件は早々に片付けて気掛かりを少しでもなくさないとね」
「そうですね、そのためにはメイの協力が不可欠となりますが」
自ずと打ち合わせの光景が思い出される。たしかにイザコザは頻発したが。
「ま、その点は心配ないだろうね」
「ですよね」
少なくとも尽力するという言葉に嘘や悪意は感じられなかった。
「そうそう。なんならメイは未来の時点でこの時代のことを薄ぼんやり思い出してたふしがあったから」
「え? そうだったんですか?」
「あー、ちょっとそんな雰囲気のうわ言を聞いただげだから断言はできないけどね。まあそんな感じで、色々と思うことがあって未来の記憶を持って戻ってきたんじゃないかな」
「そうですか」
どんな状況でそのうわ言を聞いたかは追求せずに相槌を打つと、白い手が頭に伸ばされた。
「うん。だから、今回のことはそこまで心配しなくても大丈夫だよ」
「……そうですね」
穏やかな声を受け、微かに残った不安が消え胸に決意が満ちていく。
「なら私も全力で妹を失神させるよう務めます」
「まあ、うん、そうなんだけどさぁ。なんか言葉にするとなんか斜め上なかんじになっちゃうね」
蝋燭の灯りが揺れる部屋のなかにはセツの力ない呟きが響いた。
※※※
かくして第七支部からの正式な人員補給の文はベトベトサンの転移術によって速やかに本部へと届けられた。
そして、その翌日の早朝には──
「姉様!! お会いしとうございました!!」
──壺装束を纏った妹、奏が意気揚々と門前に現れた。
「ええ、私も会いたかったわ」
あまりにも予想どおりな早さの来訪に、リツはシミュレーションでかんじたものとはまた別の脱力感に襲われた。この行動力をもっと他のかたちで活かせていたらという小言も脳裏をよぎる。しかし今はそんなことを言っている場合ではない。
「姉様? 顔色がすぐれないご様子ですがなにかありましたか?」
「いえ、なんでもないわよ」
「本当ですか? ああ! ひょっとしてあの義兄様がなにか無理難題をおしつけて姉様を困らせているのですね!?」
奏が目を潤ませながら声高に叫ぶと、背後からざわめきを感じた。
「本っ当にアイツ。なんで断定形で話を進めようとしてるんだよ」
「まあ……、書類方面で多大な迷惑をかけちゃってるのは……、概ね事実だろ……」
「お二人とも今は不要なイザコザに発展しそうな話題は避けてください。たしかに、セツ班長の書類仕事の進め方には思うところがありますが」
「なんだとぅ!?」
微かに耳に入る会話に、また脱力感に襲われる。それでも、やはり今はそんなことを気にしている場合でもない。
「姉様? やはりあの義兄様に──」
「ううん、違うの。ただ、えーと、うん、奏の髪がちょっと乱れているように見えたから」
「え? 私の髪が、ですか?」
唐突な話題転換に虫の垂衣の内で黒目がちな目が大きく見開かれた。
「えーと、せっかく姉様に会えるのですから夜を明かして整えたのですが」
いったい何をしているのよ。そんな言葉を飲み込みながらもなんとか笑みを作り上げる。
「あら、そうだったの。なら転移術の影響かもしれないわね」
「そう、でしょうか?」
「ええ、きっとそうよ。せっかく整えたのだから私が直して……」
「ええ!! 是非ともお願いいたします!!」
提案を遮らんばかりの返事とともに、奏は身を翻して背を向けた。もちろん束ねられた艶やかな髪に乱れた所はない。あまりの容易さに姉として心配になりながらも、リツは意を決して腕を曲げ伸ばした。
そして──
「奏、ごめんね」
「……え?」
「ふんっ!!」
「かは……っ!?」
──腕を使い渾身の力で頸動脈を締めあげた。
華奢な体が瞬く間に力を失い腕の中に崩れ落ちる。意識は完全に失ったようだが呼吸は微かに続いている。
「あー、スリーパーホールドだったかー。私じゃないと見逃しちゃうかんじの手刀でくると思ったのに」
「だから言ったじゃないですか、こういうときは絞め技系だって。約束どおり次の掃除当番は変わってもらいますからね」
「そっか……、術式系でくると思ったんだけどな……」
背後からはまたろくでもないざわめきが聞こえてくる。
「そこ、なにを不謹慎な賭け事してるんですか」
リツはため息をつきながら、意識を失った妹を抱きかかえて詰所のなかに向かっていった。




