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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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そもそもの話

「あー……、何というか……、そもそも薬を飲ませる以外の解決方法は……、ないのか……?」


 騒乱が一段落したところで、ハクの力ない声が部屋に響いた。


「たしかに、ようはかな……妹に巣喰ったあやかしを退治できればいいわけですからね」


 リツも力なく頷く。これ以上イザコザを続けるよりは別の方法を考えるほうが建設的だろう。


「別の方法か。リツが見たシミュレーションだと妹さんはかなりしっかり自我を保っていたんだよね?」


「そう、ですね」


 セツの問いかけに、吐き気を堪えながら記憶をたどる。塵に帰る間際まで妹は妹のままだった。そのうえ。


「……残された脳髄にも異常はなかったと思います」


「あー。たしかに完全に自我を乗っ取られてるときって、頭の中身はそれなりに分かりやすい見た目になるみたいだもんなぁ」


「ですよね……あ」


 経験者然とした言葉に遠い未来の記憶が思い出された。今回の件に似た報告書を受け取っていたことがあったはずだ。


 たしか、提出してきた者は。


「……メイ」


「はい。何でしょうかリツ副班長?」


「危険集団殲滅班での仕事はどのくらい覚えていますか?」


「ところどころ虫食いのような部分はありますが、貴女が欲しがっている件の記憶は今しがた思い出しましたよ」


 軽い頷きの後、幼さの残る目に鋭い光が浮かんだ。


「寄生型のあやかしを埋め込んだ人間を世に放って、大規模な破壊活動をしようとしていたクズどものことですよね?」


「ええ。報告書によると首謀者たちは、たしか」


「はい、寄生型のあやかしを体内で飼い慣らした人間でした。おそらくはあやかしを使役する力が多少あったんだと思いますよ」


 苦々しい声に深いため息が混じる。その理由に見当はついた。


「たしか報告書によると、その首謀者や手遅れの者を含め対象は全て殲滅、でしたよね」


「ええ、他に有効な手段もありませんでしたし。それに、放っておけば人の世に甚大な被害を出しかねない輩どもを殲滅するのが()の仕事でしたからね。たとえそれが人間であっても」


「……」


「……ただ先ほども言ったとおり、今の()ならもっと他の方法は取れると思いますよ」


「……そうですか」


 穏やかな笑顔と声を受け、リツの表情も自然と綻びる。これなら、妹を救うことも不可能ではないはずだ。


「なら単刀直入に聞きますが、妹に巣喰ったあやかしを使役して取り除くことはできますか?」


「不可能、ではないですよ。話を聞くにその寄生型のあやかしは妹君に使役されているとみて間違いないでしょうから、他の者が使役できない道理はありません」


「なら」


「ただし、妹君に意識がある間は難しいかもしれませんね。僕の力では、気配を完全に消させるほどにあやかしを操れる相手から主導権を奪えるとは思えませんし」


「そうですか」


 メイの言葉にこめかみのあたりが軽く痛んだ。そんな高度な特殊技術を持っていたのなら、なぜもっと早く教えてくれなかったのか。そんな落胆混じりの疑問で埋め尽くされた心中を察したかのように、目の前の顔に戸惑った表情が浮かんだ。


「えと、その、あやかしを使役できる力があると自分でも気づかずに過ごして、ひょんなことから突然自覚する、なんてこと、も、あります、し」


「そうですか」


「はい。それに、その、なんというか、少しでも、隙があれば、充分に、主導権を奪える、かと」


「なるほど」


 いつの間にか辿々しい調子に戻った声の言わんとしていることはすぐに分かった。


「つまるところ、どうにかして妹を軽く失神させろ、ということですね?」


「えと、その、はい」


 おどおどとした目がゆっくりと伏せられる。きっとどうやって薬を飲ませるかの件で起きたイザコザを警戒しているのだろう。たしかに、軽くといえども妹を失神させることにいい思いはしない。それでも。


「分かりました。対人用の護身術も一通り心得ていますし、私がその役をしますよ」


「えと、あの、大丈夫なん、です、か?」


「ええ。メイほどの実力者ならば、身体に負担がかからないくらいの時間で主導権を奪ってあやかしを使役することもできるでしょうから」


「……はい。必ずやご期待に添えるよう尽力いたします」


 メイの声と表情から戸惑いが払拭される。それを見計らったように部屋のなかに咳払いが響いた。


「あー、なんかさー。メイってば私を差し置いてリツといい感じの空気になってない?」


 咳払いの主、セツが口を尖らせながらあからさまに拗ねた声をこぼす。


「まあ……、ほら……、メイはどちらかというと……、自分のことを認めてくれるお姉さん的な人が好みっぽいし……。多少はいい格好をさせてやっても……、いいんじゃないか……?」


 続いてハクが追い討ちのようなフォローを入れる。



 当然、部屋のなかにはワチャワチャした空気が押し寄せた。



「だから!! ハクさんもなんでそうやっていきなり知られたくないことをバラしちゃうんですか!?」


「え……? あ……、ごめん……。軽い……冗談のつもりだったんだが……」


「へえー。好みとしては悪くないんじゃない? まあ、リツは私のだからアピールするだけ無駄だけどさ」


「人をもの扱いしないでください。というかそう考えると、来世のあの作戦って図らずしもそこそこストライクの人材を送り込んでたんですね」


 日の光が差し込むなか相変わらずのイザコザが巻き起こる。

 それでも、悲劇の打開策を見つけたリツの表情にはどこか穏やかな笑みが浮かんでいた。

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