ろくでもない大人たちと、なんだかんだで真っ当な大人枠な人
「えーと、メイ。貴方があのシキ班長だったというのですか?」
リツは混乱を極めながらも突然告げられた事実を復唱して首をかしげた。
「ええ、そうですね。『だった』というか、『これからなる』というか。ともかく、未来での記憶は確かに残っています」
対するメイは至極落ち着いたようすでうなずく。そこにいつものような怯えは感じられない。
「貴女のほうこそ、未来であの本部長になってしまっていたとは」
落胆しているようにも悲しんでいるようにもとれる声に深いため息がまじる。
あやかしに転生した遠い未来のことを思い返すと、あやかしを毛嫌いするシキに嫌味や嫌がらせを受けたことはそれなりにあった。しかし大した内容でもなかったため、そのことを今更とやかく言うつもりはない。
ただ一つ問題があるとすれば。
「メイ」
「なんでしょうか?」
「来世でのあの所業。今の貴方はどう考えているのですか?」
「……ああ、あの事ですか」
問いかけに片眉が軽く動いた。
あやかしへの嫌悪と侮蔑をそのままに戻ってきているのならば、今の妹君に関わらせるわけにはいかない。
「あのときはあれが俺にできる最善手だったと考えていますよ。今でもね」
「……」
思わず腰に差した小刀に手が伸びかける。
「……ただ、今の僕ならば別の方法を検討しますよ。もっとマシな、ね」
しかしどこか悲しげな声を受け、手は柄に向かうことをやめた。見つめる表情に後悔がないとは思えない。
「……そうですか」
「……はい」
本人にも思うところがある。
それに、この時代にはまだ起きてすらいない話だ。
同じことを起こしたくないという旨の発言もでている。
ならばこの件は深掘りせずに──
「なあ……、班長……。あの所業ってのはいったい……?」
「うん? えーとねー、メイは遠い未来も青雲の退治人になって、人間社会に紛れて悪逆非道の限りを尽くそうとするあやかしの集団を潰す班の責任者になるんだ」
「へえ……、それはすごいな……」
「だろ? それでねー、その集団を殲滅するときに保護した半妖の子供達を直属の部下として育ててたんだけどさ、段々と言うこと聞かなくなったからって理由でほぼ全員処分しちゃったんだよ」
「うわぁ……、それはむごいな……」
──話を進めようという目論見は、セツとハクの気が抜けた会話によって粉々に打ち砕かれた。
「だから、なんでいきなりバラしちゃうんですか!?」
「だから、なんでいきなりバラしちゃうんですか!?」
思わずツッコミの声がメイと揃ってしまう。しかし、等のバラしちゃった本人からは少しも悪びれた様子が感じられない。
「ははは、メンゴメンゴ。だってほらまだ起きてないことだし、本人も反省なり後悔なりしてそうだから、変に隠すよりはサラッとバラしちゃったほうがいいと思ってさ……てへぺろ⭐︎」
整った顔にひどくふざけた表情が浮かぶのを皮切りに、ワチャワチャとした空気が部屋の中へ押し寄せた。
「セツ班長、サラッとバラすにはさすがに重すぎますよね?」
「でもさー、リツ。私だってあの件の潜入調査するとき麻酔なしの抜歯とか受けたわけだから、このくらいの意趣してもいいじゃないか。他にも躾と称して、た・く・さ・ん可愛がってもらったわけですし。ねぇシキ班長?」
「そ、そそ、そ、そのの件は!!! もう!! 忘れてください!! と、言うか!! 班長だって自覚症状の出ない臓器から徐々に壊していくなんてえげつない毒を先入当初から仕込んでたんですから、おあいこでしょう!!?」
「そうだけどさー、私だって当時の本部長から『危険集団殲滅班の一部班員達と連絡が取れなくなった件について調査をお願いします。原因の根本的な解決が難しい場合は、俺の名のもとに処分していただいてかまいませんので』なんて殺伐とした命令を出されてたわけだし」
「やっぱり本部長命令だったんですか!? 手綱を握りきれない部下を処分するなんて俺と大差ないですよね!!?」
「あー、今日はお空が綺麗ですねー」
「あからさまに話をそらさないでください!! 仮にも本部長なら、人間と違った倫理観を徹底的に教え込まれて人間に対する破壊衝動を徹底的に煽られてる子らをなんとか使えるようにしていた俺のメンタルを少しは考慮してくれてもよかったじゃないですか!!?」
「うるさいなー。私だってあのときは諸々の事情がありすぎていっぱいいっぱいだったんですぅー」
「なんなんですかそのムカつく表情と態度は!? というか、貴女未来でも今でもそんなかんじのキャラじゃないですよね!?」
「いや、わりと素のときは未来でもこんなかんじだったぞ? ただ、あきらかに向いてないのに青雲のトップをめざしてて本当にいっぱいいっぱいだから、小刀みたいに尖っては目に入るものみんなに大人気なく突っかかってただけで。本当に大人気もなく」
「セツ班長? そんな事態になっていたのは誰のおかげだとお考えで?」
しょうもないイザコザに、部屋のなかはなんともいえない脱力感満載な状態となっていった。
まさに、そのとき。
「あー……、イザコザをはじめる原因になった話をふっておいてなんだが……、そろそろ本題に戻ったほうが……」
実に申しわけなさそうな声が騒ぎを遮った。刹那、リツとセツとメイの鋭い視線が一斉に声の主に向けられる。
「うるさい! だいたいハク! お前があの時代に来てくれなかったから拗れたふしもあるんだぞ!!」
「そうですよ!! ハクさんがいてくれたら俺のメンタルだってもっともったかもしれないのに!!」
「まったくです!! あの時代には本当にろくでもない大人しかいなかったんですから、なんだかんだで真っ当な大人枠のハクがいてくれてもよかったじゃないですか!!?」
三人の完全な八つ当たりがハクに向かって大いに炸裂した。
「あ……、えっと……、なんかごめん……」
明るい部屋の中には勢いに押し切られた謝罪の声が響いた。




