希望の朝、なんだろうか?
「おやすみ、しらべ」
「ええ。雪也さまもおやすみなさい」
「うん」
長い長い一日を終え、リツはセツの腕のなかで目を閉じた。
柔らかな温もりをひどく懐かしく感じるのはシミュレーションのせいだけではなく、遠い未来の出来事を思い出したことも影響しているのかもしれない。
退治人せざるを得なくなった妹。
無惨に最期を迎える仲間たち。
長い長い地獄を生きることになった愛しい人。
そんなものを二度と見るまいと強く思っているうちに眠りが訪れた。
そして迎えた新しい朝。
「……という感じに、このままだと第七支部の全員がえらいことになっちゃうから、みんなでその対策方法を考えようの会を始めようと思いまーす⭐︎」
「なんでいきなり全部バラしちゃうんですか!?」
午前の陽が差しこむ部屋のなか、リツの痛切な声が響きわたった。
ことの発端は眠りから覚めた時分に遡る。いつもより疲れた起き抜けの表情を心配され、やはりこれから起こることが不安でうまく眠れなかった、という答えを返した。すると。
「じゃあ、安眠のためにも不安は徹底的に潰さないとね⭐︎」
という、実にわざとらしい笑顔が返ってきた。あからさまに何か企んでいることは分かったが眠気もあり、そうですね、などと適当な相槌を打ったわけだが。
「え……、え、と? えと?」
「つまり班長と副班長は……、色々ありすぎたあげく……、遠い未来から魂だけ帰ってきた……ってことか……?」
「ふふふ、見てごらんリツ。メイとハクがなんか小ちゃくて可愛らしいかんじの奴らみたいになってるよ」
「いきなりあんな話をされたらそうもなりますよ!! というかこの時代だと私にしか伝わらないであろうボケをしないでください!」
混乱する二人を前に再びツッコミが響きわたる。そんななかでもセツはいつものようにどこか軽薄そうな笑みを浮かべたままだ。
「いやぁ、ごめんごめん。私もいきなりバラしちゃったら混乱するとは思ったんだけどさ、事情を知ってる人間は多いほうがよりよい対策も浮かぶだろうし」
「そうかもしれませんが」
これから起こる、よりによって悲惨極まりない出来事を朝からいきなり話されたら、対策云々の前に内容を信じてもらうことすら難しいのでは。そんな懸念に違わず、ハクが訝しげに首を傾げた。
「俄かには……、信じられないな……」
「ですよねぇ」
思わず相槌にため息が混じる。
「まあただ……、班長だけなら俺らをからかってるか……、やりたくない書類仕事をおしつけるために……、突拍子もないことを言いだしたって線が濃厚だと思うが……」
「おいこら、ハク。私のことをなんだと思ってるんだ?」
「副班長も……、さっきの話を本当のことだと言いたいみたいだしな……。うん……」
怪訝さのなくなった顔が軽くうなずく。
「とりあえず……、あの書類仕事前逃亡常習犯の班長が第七支部への文を頑なに一人で仕分けてたのも事実だし……」
「だから、私のことをなんだと思ってるんだよ?」
「ひとまず……、副班長の妹さんの対策について……、みんなで考えないとな……」
「……ありがとう、ございます」
穏やかながら頼もしい表情に胸から熱いものが込み上げた。きっと、今度こそ悲劇を退けられる。
「もう! 無視するなってば!!」
そんな感傷を遮るようにむずがる子供のような声が響いた。声の主は声に違わぬ表情で頬を膨らませている。
「さっきから、まるで私がろくに書類仕事もできない無責任な上長みたいに言ってくれて」
「別に……できないとは言ってないだろ……、やらないとは言ってるが……」
「同じことじゃないか!」
「全然違う……、むしろ後者のほうがタチが悪い……。というか……、今そんなことでイザコザしてる場合じゃないだろ……。妹さんは……、もうすぐこっちに来ちゃうんだよな……?」
「まあ、それは、うん」
「なら……、薬を飲ませる方法なり別のやりかたであやかしを駆除する方法なりを……、早々に考えないとだろ……。失敗なんかしたら……、副班長の負担が半端ないし……。それに……」
不意に言葉に深いため息がまじった。
「大事な奥さんの妹になんかあったりしたら……、お前……一人で悲劇を引き受けて罪を償おうとするだろ……」
「……」
呆れとも悲しみとも取れる表情を前にして、セツが真顔で黙り込む。
今になって思い返してみれば、シミュレーションのなかでももそのとおりの行動がとられていた。
「それじゃあ本末転倒すぎるから……、今は妹さんの件に全力を尽くすぞ……」
「……ああ、まったくそのとおりだな。さて! ということだから、意見を出し合いたいところなんだけどさ」
神妙な声のあと、すぐさま満面の笑みが浮かんだ。きっとまた突拍子も突拍子もないことを言い出すのだろうと、リツは脱力感の襲来に身構えた。
そして。
「まずはあやかしの躾にお詳しい、シキ班長のご高説を賜りたくぞんじます」
「……は?」
「は……?」
予想外すぎる言葉に、ハクとほぼ同時に疑問の声を漏らしてしまった。
シキ。
遠い未来の世界でともに働いていた、あやかしを毛嫌いする退治人の名。
そうだったはずだ。
しかし今、その名が向けられた先にあるのは。
「……ああ。やはり気づいてらっしゃったのですね」
いつもよりも滑らかに言葉をこぼしながら悲しげにうつむくメイの姿だった。




