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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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月夜・六

 鉄格子が月の輝く空を細切りにするコンクリートの部屋に、二つの影。


 一つは銀色の髪をした血の気の感じられない青年、一つは背に白い翼をもつ人に似たあやかし。


「不死の呪い?」


「うん」


 あやかしが首を傾げると、銀髪の青年が薄灰色の目を細めて笑う。


「ずっと昔に厄介なあやかしに気に入られちゃってさ」


 乱れた前髪を掻き上げる手の甲には、互いの尾を呑みあう黒い蛇の紋様。


 遠い昔に受けた呪いの証。


「なんとか塵に帰したんだけど今際の際に、な」


「そう、ですか」


「そ。正確にいうと『愛してくれるものに殺されないかぎり死なない』ってかんじ」


「だから……、あんな仕事を任されているんですね」


「御名答。とはいえ痛覚が麻痺してるわけじゃないから、結構しんどい部分もあるんだけどね」


「結構しんどい、で済む話なんですか?」


「まあ最初のうちは色々あったけど……、身体を破壊される極限状態で放出される脳内物質を愉しめるくらいには慣れたからなぁ」


「……」


「ちなみに一番エグかった仕事の話は色々と実用的だと思うけれど、聞きたい?」


「くだらないこと言わないでください」


「ごめんごめん。ともかく、そんなこんなでこの仕事をしてても死ぬことはないからさ。君が退治人として一人前になるまでは面倒を見られると思うよ」


「……ありがとうございます」


「おやぁ? なんだか不服そうな顔だな?」


「いえ、別に」


「そう? あ、さては私があんまりにも美しくて美味しそうだから、一人前になってもずっとそばに居たいとか思ったんだろ? いやぁ、モテる男はツラいねぇ」


「だから、くだらないことを言わないでください」


「はいはい、ごめんごめん。まあでもさ……」


 格子の隙から差しこむ熱を持たない光がどこか哀しげな笑みを照らす。


「もしも、呪いを解いてくれる者が現れるなら。それは……」


 これはずっとずっと先に起こる話。


 それでも、薄い唇が紡ぐ言葉を一字一句違わず鮮明に思い出すことが。






「しらべ……」


 頬に落ちる雫を感じながら、リツは目の前の泣き顔に遠い未来に見た哀しげな笑顔を重ねた。


 この先セツはあやかしに捉えられ、全てを蹂躙され不死の呪いを受けながらも退治を全うする。


 ただしその先に待っているのは安寧ではなく、毒餌としてあやかしに身を捧げる日々だ。


 そして、その地獄を終わらせる相手として望まれたのはあやかしに転生した自分だった。


 それでも最終的にその役割から逃げだしてしまった。


 だから。



「……さま」


「……うん」



 本当なら、こんな任務に赴く前に遠くへ逃がしたかった。


 全てを思い出すのが遅すぎた。

 それでも。



「い……ま、ここで……」


「……うん」



 まだ。



「あなたをころしましょうか?」


「……」


 

 なすべきことは残っている。



「……ははは、そっか。やっぱり、しらべも、だったのか」


 涙に濡れた顔に力ない笑みが浮かんだ。


「そ……の、ようです。です、から……」


 四肢の自由はとうにきかない。

 それでも喉を食いちぎる程度なら今でもできるはず。


「……なら、お願いしようかな。結局、君を助けられなかったわけだし。こんな罰なら喜んで受けるよ」


「……」


 温かな手のひらが頬に添えられた。

 自責の念を感じて欲しいわけではない。


 ただ愛した相手が自分以外に好き勝手にされる未来など、二度と見たくない。


「……ふふ」


「しらべ?」


「いえ……、われなが、ら……、ろくでもない、な……と」


「……ははは! そんなの、私のろくでもなさにくらべたら大したことないって!!」


「そう、ですか……」


「うん。じゃあ、そろそろお願い」


「……はい」


 静かに目を伏せる顔を前に、残された力を振り絞る。


「ゆき、なりさま……あい……し」




「ちょっと、お姉さん!! 人間のくせに僕のご飯盗ろうとしないでよ!!」





 不意に不服そうな幼い声が耳に届き、泣き顔が遠ざかっていった。


「っしらべ!!? しらべ!!!」


「まったく、もう。こんなに美味しそうな匂いは本当に久しぶりなんだから、ゆっくり楽しみたいのに」


「……ああ、また、こうなるのか」


「また? お兄さんたちとは初対面だったはずだけど?」


「……そうか、お前は違うんだな。そうか、たしかにそうだ。そう、ならこんなことするはず」


「なにブツブツ言ってるのさ? ともかく、お兄さんのことは気に入ったから一緒に来てよ! どうせ僕のことは斃せないんだし、無駄に痛い思いしたくないでしょ?」


「……黙れ。このバケモノ」


「……へえ? 君もそんなこという悪い子なんだ。なら、ちゃんといい子になれるまで……」


 諍う声も徐々に遠ざかっていく。



 あと少し。

 あと少しだけ身体が動けば。

 あの人をこの先に訪れる地獄から……。









「……というのが、しらべ様の心残りなんだよ!!」


「……え?」


 

 気がつくと、リツは葦が生い茂る夕暮れの草原に立っていた。目の前には金色の飾り房がついた草刈り鎌が浮かんでいる。


 この姿はたしか。


「ヒナギク?」


「そうなんだよ!」


「ええと、なん、で」


「えっとね、しらべ様が『心残りについて知りたい』ってお願いをしたから、どんなかんじのことが起きたのかのシミュレーションを見せたんだよ!」


「あ、ああ」


 たしかに、金枝からの依頼の途中でそんな話になったはずだ。


「そう、でしたね」


「そうなんだよ!! あ、でも一回目とはちょっと状況が違ってきてるから分かりやすいように今回風にアレンジはしてあるんだよ」


「それは、手を煩わせてしまってすみません」


「いえいえ、ヒナギクにかかればこんなのお茶の子さいさいだから平気なんだよ!」


 銀色の飾り房がどこか得意げに揺れる。


 正直なところ、先ほどまで目にしていた光景がすべて仮想のものだとは信じがたい。しかし、離れた場所に待機していた自分が知り得ないはずのハクやメイの散り際までもが微かに記憶に残っている。そう考えるとやはり今までのことは現実ではないのだろう。


 それに、目の前にいるのがあのヒナギクなら現実となんら変わりないシミュレーションを見せることなど容易いだろう、と理解もできた。


「この先のことをもうちょっと具体的に教えてもいいんだけど、ここから先は前回とほぼ同じ流れになるし……、しらべ様はもう全部思い出せたように見えるんだよ?」


「……ええ。あのあと何が起きるかも、その結果ヒナギクに何を願ったかも、全部思い出せました」


「ふふふ、未来のヒナギクのことも思い出してくれたんならすごく嬉しいんだよ。ともかく、それならこれ以上あの後のことを見せるのは精神衛生上よろしくないんだよ」


「お気遣いありがとうございます」


「いえいえなんだよ!! ちなみにさっきのは心残りがなにかを教えるために算出した……、起き得るなかでも最悪のシミュレーションなんだよ」


「起き得るなかでも最悪、ですか」


 まったくもってその通りだ。

 妹、仲間、愛しい人。

 大切なもの全てが。


「その通りなんだよ! あくまでも最悪なもしもの話、なんだよ!」


 沈んだ気持ちをかき消すような無邪気な声とともに、鋭い切先が夕日に煌めいた。


「だから、今からなら色々と対策を打つことは可能なんだけど、しらべ様が一人でどうこうしようとするより……」


「あ、居た居た」


 不意に、緊張感のない声が幼い声を遮る。


「おーい、リツー!!」


 振り返ると声に違わない笑みを浮かべたセツが、手を振りながらこちらに向かっていた。


 艶やかな黒髪と漆黒の瞳。

 血の通った顔色。

 

 呪いなど何ひとつ受けていないままの愛しい人。


「……この先を知っている人どうしで協力すれば、もっとうまくいくと思うんだよ」


「そう、ですね」


 ヒナギクの言葉に驚きは感じなかった。

 

 きっと、向こうも同じような理由で同じような経緯を辿ってここにいるのだろう。



 そうだとしても、だ。



「えっと、しらべ様? 怖い顔してどうしたのなんだよ?」


「……ふふ、なんでもありませんよ。さて」


 深く息を吸い込むと、自然と満面の笑みが浮かんだ。


「雪也さまぁ!!」


「!?」


 向かう先に驚愕の表情が浮かぶ。それも当然だろう。自分でも驚くほどの猫撫で声が溢れているのだから。



 リツはそのま目を見開くセツに駆け寄り……




「あの、えっと、しら……」


「そぉい!!」


「うわぁっ!?」




 ……渾身の背負い投げを喰らわせた。



「い、痛たた……。しらべ、いきなりなにするの?」


「なにじゃないですよ!! 人が文字通り命懸けで時間稼いだのになんで逃げないんですか!?」


「!?」


 自分でも理不尽すぎる怒りだとは分かる。それでも。


「……ははは。まさか、真っ先にそのことを叱られるとは思わなかったよ」


 土を払いながら立ちあがる顔には、どこか申し訳なさそうな笑顔が浮かんでいた。


「……色々と済まなかった」


「……いえ」


 涙に濡れる頬に確かな温かさのある手が添えられる。


 その甲には傷ひとつ見当たらなかった。

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