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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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月夜・三

 明るすぎる月明かりに照らされて紅の飛沫が鈍く輝く。


「だいたいさ、君たちってちょっと被害者ぶりすぎてるよね」


「……」


「こっちは食事をしただけなのに大勢で襲いかかってきてさ」


「……」


「そのせいで父様も母様も死んじゃって、こんな遠いところまでくるはめになっちゃったし」


「……」


 首のない身体が手を動かすたびに、飛沫をあげる塊が綻び崩れていく。


「本当にいい迷惑なんだけど……あれ?」


「……」


「おかしいなぁ、ちゃんと加減してたはずなのにもう動かなくなっちゃった」


「……」


「生意気なこと言ってたから、もう少し遊べると思ったのに」


 つまらなそうな声とともに、塊は地面に散らばる削り屑のなかに投げ捨てられた。


「やっぱり退治人なんていっても、所詮はただの人間か」


 首のない身体は指先に付着した汚れを軽く払いながら踵を返し歩みを進める。その先にあるのは退屈そうな表情を浮かべながら気の根元に転がる頭。


「ま、首を飛ばされたのは久しぶりだったけどね」


 拾い上げられた頭はすぐに身体と繋がりため息をついた。その首筋にはわずかな傷跡すら残っていない。


「……本当に人間って、すぐに壊れちゃうんだからかなわないよね」


「ひひっ、そのとおりだぜ。だから、気に入ったやつは丁寧な扱ってやらないとな」


「!?」


 独り言に相槌を打たれ、濁った金色の目が大きく見開かれた。いつのまにか右足が踝のあたりまで赤黒い粘液に覆われている。


「気持ち悪っ!?」


「ひひっ。ご飯のお行儀が最悪なやつにだけは言われたくないでちゅねー」


「っこの!」


 足を振るっても表面に微かな波が立つだけで一向に粘液は振り解けない。それどころか皮膚にヒリヒリとした軽い痛みまで生じはじめた。


「離れろ!!」


「い、や、だ、ね。ほら、さっさと溶かされとけよ」


「っ……、ぎゃぁぁあぁぁ!?」


 悲鳴が響くなか右足が瞬く間に骨に変わっていく。


「っ」


 あやかしが体勢を崩すと、赤黒い粘液、ベトベトサンは骨から離れていった。


「ひひ、やっぱ食うならあやかしにかぎるな」


「っうぅ……」


「お? この程度でもう泣いちゃうんでちゅか? さっすが、弱いものいじめしかできない弱っちいやつはやることが無様でちゅねー」


「っお前! 許さないぞ!!」


「ひひっ、このくらいじゃ死なねーくせに大げさだな。さてと」


 飛んでくる小石や枝を避けながら月光を照り返す身体はするすると地面を進み、削り屑にまみれた塊のそばで動きをとめる。


「……坊ちゃん。指示通りこれでしばらくは動きをとめられたぜ」


「……」


「ああ。あとはフクハンチョー……おっと、今はハンチョーだったか。ともかくアイツのことを伝えておくから安心しろ」


「……」

 

「ひひっ。人間にはあんまり興味なかったけど、坊ちゃんと過ごすのはけっこう楽しかったからな。またどっかで廻りあえたらつきあってやるよ」


「……」


 穏やかな声を受け、綻びた塊が微かに笑んだ。


「じゃ、またな。坊ちゃん」


 別れの言葉とほぼ同時に飛来した石がベトベトサンを打ち砕く。しかし、本体は別のところにいることはすでに知っている。ならば、役目は充分に果たせるはずだ。


「っ死んだふりなんかして。本当に小賢しいんだから」


 激しい痛みのなか忌々しそうな声が響く。


「あーあ、この怪我を治すにはちょっと食事にしないと駄目かぁ」


 言葉から悪びれている様子はいっさい感じられない。


 父親たちがあやかしを忌み嫌っていた気持ちが少しだけ分かった気がする。もし次があるのなら、今度は。



「ちゃんと感謝してよね。あんまり美味しくないのに食べてあげるんだから」


「……っ」



 一段と鋭い痛みのあと、メイの意識は深淵に沈み込むように消えていった。

 



※※※



 木陰に身を潜めながらリツは空を見上げた。枝の隙間から見えるのは眩いばかりの満月。こんな任務でなければ美しいと思えたのだろう。


 内心ため息をつきながら、軽く目を閉じ意識を集中させた。しかし、あやかしの気配はまったく感じられない。少しも存在しない違和感、それが逆に強烈な違和感を抱かせた。


 こんな夜なら退治対象だけでなく、ほかのあやかしの気配もあって当然のはず。退治対象の凶悪さに恐れをなして身を隠しているのか。あるいは、あやかしの気配を探知する力が弱まっているのか。


 たとえば、欠かさず飲むように命じられていたあの薬によって。



「……ハクならあやかしに見つからずメイと合流できるはず」


 自ずと独り言が溢れた。

 気配を辿れないとしても、少なくともまだ足音がほどの距離に迫られてはいない。


 ならば、囮役と合流して逃げるように伝える時間程度ならあるはず。その後はできる限りの時間を……。



「……あー、だいぶ月が昇ってきちゃったなぁ。まったくあの親父め、眠り薬なんか仕込まなくても逃げないって言ってたのに。ともかく、えーと、その辺にいる人、聞こえますかー?」


「──!?」



 突如として頭に響いた声に悲痛な決意は遮られた。


「……なんて言っても、この術は指定した場所へ一方的に声を送るだけのものだから、返事は聞こえないんだけどね」


 どこか緊張感に欠けた苦笑混じりの声はまさしく。



「とりあえず端的に言うと、君が一人でいるならすぐに、数人で任務に当たってて……間に合いそうなら仲間と合流して逃げたほうがいいよ」



 もう一度聞きたいと思っていた声。それが最悪の状況で聞こえている。



「ま、もしも時間があるなら……ちょっとした懺悔みないなものに付き合ってくれると嬉しいかな、なんて」


「……かしこまりました」


 

 届くはずのない返事をこぼし、リツは頭に響くセツの声に聞き入った。

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