任務内容と不安と安堵
使いの者がよこした文には、届きしだい部下とともに速やかに本部へ来るように、と書かれていた。あまりに横暴な言い草に軽い頭痛を覚えたが、本部からの蔑ろにすれば処罰を受けるのは自分だけでは済まない。
リツは厄介な地位を引き受けてしまったと思いながらも、すぐにメイにも事情を伝え全員で転移時で本部へと向かった。
「やっぱり……、転移術は苦手だ……」
「え、えと、すみません、ハク、さん!!」
「メイが謝ることではないですよ。さて」
憔悴するハクを横目に本部の門の前へ足を進める。第七支部へ異動となった際には二度とここへ来ることもないだろうと思っていた。それに。
それじゃ
私は明け方にはここを出るから
あとのことはお願いね
別れ際の素っ気ない表情と声が鮮明に蘇る。胸がまた鈍い痛みに襲われた。
「班長……、あれなら俺らだけで……、要件を聞いてこようか……?」
「え、と。そ、そうですよ! 体調がすぐれない、という、ことでしたら、長も分かってくれるはず、です!!」
「ああ、すみません。大丈夫ですよ」
不安げな部下二人の様子に思わず苦笑がこぼれた。支部の責任者として個人的な感情に流されるわけにはいかない。
「それでは行きましょうか。すみませーん」
声をかけると門はすぐに開き案内の者が現れた。
「ついてくるように」
案内役は何らかの表情をうかべることもなく踵を返し歩きだす。足早に進む後ろ姿を追ううちに、懐かしさを抱く間もなく長の待つ部屋へと通された。
陽が差しているのにどこか薄く冷ややかな空気が満ちるなか、長が腕組みをしながら苦々しい表情を浮かべている。リツも表情を引き締め背筋を正した。
「第七支部第一班、ただいま参上つかまつりました」
「うむ、遠いところご苦労だった。顔を上げなさい」
「かしこまりました」
声に促されるまま深々と下げていた頭を上げる。目に入る表情はやはり苦々しい。
今になって見ると確かにライの面影はあるように思える。しかし、もう一人の子供には。
「早速だが任務の説明に入るぞ」
「……はい」
感傷を振り払いながら苦々しい顔を見つめる。端の下がった口は小さな咳払いの後、本題を切り出した。
「ふた月ほど前、都の北西にある山にどこからか流れてきたあやかしが住み着いた。それからというもの、夜な夜な若い娘が拐かされ惨たらしい亡骸だけを家の前に捨てられるという事案が続いている」
「左様でございますか」
「ああ。今朝もさる貴人邸の生垣に三日前に姿を消した侍女の亡骸が絡まってていたそうだ」
「……左様で、ございますか」
相槌を打つ声がかすかに震える。文を読みある程度の惨状は覚悟はしていた。しかし、亡骸をそこまで無惨な形に変えてしまう相手となるとかなり苦戦することだろう。
そう考えると自然と一つの疑問が生まれた。
「何か腑に落ちない顔をしているな?」
「……はい。長、一つよろしいでしょうか?」
「うむ。なんだ?」
「そのような手強いあやかしが相手の任務なら、私どもではなく本部の方々が適任なのでは?」
自分たちの実力が劣っているとまでは思わない。しかし、第七支部は都から離れているうえに班員も自分を含めて三人だ。そこに頼るよりは本部の人間を宛てたほうが遥かに効率がいいはず。
あるいは、第七支部を評価する誰かの口添えがあったのか。
「ああ、そのことか。本部の人間はお前が去ったあとに結成した新生第一班以下七班、全員、悉く帰らなかった」
「……左様で」
予想以上の被害にも気分が沈んだ。
「ああ。まったく不甲斐ないことこのうえない。よって全支部の中で一番少数精鋭のお前たちを呼び寄せることになった」
「お褒めに預かり光栄です」
「その割には晴れない顔をしているが、この状況では当然のことか」
苦々しい表情に僅かな疲れが交じる。実戦部隊を全て失うような事態だ。その心労も計り知れない。
そんな中で新たに責任者となったものもきっと。
「……しかし、こちらもただ無駄に命を費やしたわけではない。彼奴の弱点をある程度は把握することができた。お前達なら多少の苦戦を強いられようとも成し遂げることができるだろう」
「はっ。天地神明に誓い必ず」
「うむ。良い返事だ」
深々と下げた頭のから苦々しい声が響く。そんななか、背後で深いため息がこぼれた。振り返るとハクがつまらなそうな表情で挙手をしていた。
「長……、俺からも一ついいか……?」
「ああ、ハクか。どうした?」
長の纏う空気がやや砕けたものとなる。その理由を思うとまた胸が鈍く痛んだ。
「この任務……、指揮をとるのはあの新本部長なのか……?」
単刀直入な質問に痛みが鋭さを増す。
「……あいつは今、本部長に必要な書類仕事を覚えさえている最中だ」
「そうか……」
安堵とも落胆ともとれる表情からため息がこぼされる隣で、メイも同じような表情を浮かべている。
「あの方は参加しないのですね」
自然とこぼれた独り言にリツもかすかな安堵を感じた。
しかしその理由が気まずい相手と顔を合わせずに済んだからなのかは、自分にも分からなかった。




