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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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緊急の召集

「それじゃあ、君は大人になったら退治人になっちゃうの?」


「はい。家にはほかに素質のある子どもがいないので」


「そっか……でも、怖くないの?」


「そうですね……過度の恐怖心は抱かないように訓練はしていますが、まったく恐怖を感じないのも隙を生んでしまう危険があるので常に緊張感は持つようにしています」


「いや、そういうことじゃなくてさぁ……えーと、退治人になるのが嫌だとかは思わないの?」


「嫌? なぜです? 退治人の家に生まれて多少の素質があるのなら、退治人になるのは当然のことですよね?」


「そうなのかもしれないけど……下手したらさ、死んじゃうかもしれないんだし」


「そうですね。なので、そうならないように日々の訓練や任務には全力で取り組んでいます」


「退治人としての模範的な回答、どうもありがとう」


「? いえ、どういたしまして?」


「……私も退治人の家に生まれてるわけだけど、正直なところ退治人になりたいなんて思ったことは一度もないなぁ」


「それは構わないのではないですか? お兄様が退治人になるのであれば『子供を一人は結社に所属させる』という決まりは守られているわけですし」


「まあ、そうなんだけどね。でもさぁ、けっこう心苦しいもんなんだよ」


「別に気にする必要はないと思いますよ。私の妹も退治人に向いていませんが、無理に結社に所属してほしいなんて思ったことないですし。むしろ危ない目にあってほしくないので、退治人になりたいと言い出されたほうが困ります」


「……君は優しいんだね」


「そうでしょうか? 大事な者を守りたいと思うのは当然のことかと」


「私の兄様はそういうかんじじゃないしなぁ……」


「あ……、えーと、そのよう、でしたね、申し訳ございません……」


「あ! き、気にしないで!! さすがにもう慣れてるから!! なんか家はとくに、退治人あらずんば家族にあらず、みたいな気質が強いんだよね。主に父様と兄様が」


「それは、えーと」


「なんか、あやかしから自分の身すら守れないのなら生きている価値がない的な。実際、私自身も思うところはあるし」


「……私はそういう方を守れてこその退治人だと思いますけどね」


「そっか……」


「はい。それに、貴女と一緒にいた時間はとても楽しかったですし、学ぶことも多かったので、ご自分に価値がないだなんて思わないでください」


「……そっか」


「ええ。ですから、そんな貴女が心安らかに暮らしていけるよう、これからもこの身を賭して精進いたします」


「身を賭して」



 ──う。



「? どうかいたしましたか?」


「……ううん、なんでもない!! それよりさ、また双六の相手をしてくれる?」



 ──長。



「ええ、もちろんです。ただ、少し手加減なさってくださると助かるのですが」


「ふっふっふ、そのお願いは却下するよ。君だってずいぶん上達しているんだから」





班長(・・)……、少しいいだろうか……」


「……!」


 控えめな声を受け、リツは顔を上げた。温かな日差しが差し込む部屋のなか、文机の向こうでハクが申し訳なさそうにこちらを見ている。


 他には誰の姿もない。


 どうやら書類仕事中に浅い眠りに落ちていたようだ。


「疲れているところ……、すまない……」


「いえ、こちらこそすみませんでした。えーと」


 目をこすり改めて視線を送ると手には折りたたまれた紙が握られている。


「文、ですか?」


「ああ……。さっき玄関の掃除してたら……、本部からの使いってやつが来て……、これを班長に渡すようにって……」


「本部から、ですか」


 不意に胸の奥が鈍く痛んだ。


 セツが第七支部を去って一月と少し。見送りすら許さず、部屋にも少しの痕跡すら残っていなかった。もちろん、文などが来るはずもない。


「突き返してやろうかと思ったが……、すぐに消えてしまって……」


「急ぎの文なら、転移術を使える者に任せますもんね」


「どうする……? 破り捨てておくか……?」


「あはは、さすがに本部からの正式な連絡にそんなことしたらだめですよ。緊急の依頼ならなおさら」


「そうか……。あんな奴(・・・・)らからの連絡なんて……、無視してやればいいと思うけどな……」


 文を手渡す表情は憤りに満ちている。きっとハクとも別れ際に一悶着以上あったのだろう。思い返せば、メイもしばらくの間はどこか沈んだ表情をしていた。


 結局のところ、ここにいた者はみな等しく心から信頼されてはいなかった。


 良きにつけ悪しきにつけ、自分だけが特別だったわけではない。


 自然と乾いた笑いがこぼれた。


「班長……。その……、班長に落ち度はなかったと……、俺は思うぞ……」


「そう、だといいですね。でも、私もあの方に多少気に入られるくらいにはろくでもないなかったようですから」


「いや……、あれは本人はともかく……、好みはそこそこまっとうだったが……」


「あはは、お気遣いありがとうございます。では、今中身を確認してしまいますね」


 文を広げ綴られた文字に目を落とす。連なっていたのは見慣れたやけに達筆な文字。


「……長から直々の召集?」


 ではなかった。


「なんだ……? なんか、マズい感じの任務か……?」


「あ、はい。えーと、都でかなり手強いあやかしの被害が拡大しているので至急全員で本部にくるように、と」


「本当に……、マズい感じの任務だったか……」


「ええ。そう、ですね」


 たしかに本部でも手こずるようなあやかしが相手なら、今までになく困難な任務になるだろう。それでも、命を賭して赴くのが退治人の勤めだ。


 ただし。



  ……君は優しいんだね


  そうでしょうか? 

  大事な者を守りたいと思うのは

  当然のことかと



  姉さま一人だけ危ない目に遭わせて

  私だけ安全な場所にいるわけには


  こうやって心配してくれる

  可愛い妹がいるだけでも

  私は幸せよ




 命を賭してでも守りたいと思った者たちは、すでに側にいない。


「……」


「班長……? 大丈夫か……?」


「……ええ、大丈夫です。ではメイにも共有しないといけないので呼んできてもらえますか?」


「ああ……、分かった……」


 軽く頭を下げてハクは去っていく。


 柔らかな陽が差し込む部屋の中にはリツの浅いため息が響いた。

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