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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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妹だったもの

 退治人の仕事内容はいたって単純だ。



「姉さま、姉さま! 一緒に雛遊びをいたしましょう!!」


「ごめんね、かなで。これから仕事に行かないといけないから」


「そうですか……」


「……でも、簡単な退治だから帰ったら一緒に遊びましょう」


「……はい!」


「ふふ。じゃあ、行ってきます。できるだけ早く帰ってくるからいい子にして待っていてね」


「はい!! 姉さま行ってらっしゃいませ!!」


 

 人に仇なすあやかしに刃を振りおろす。ただ、それだけ。



「ただいま、かなで」


「おかえりなさ……!? 姉さまそのお怪我は!?」


「これ? ちょっとだけ油断しちゃって」


「早くお医者さまにみてもらわないと!!」


「あはは、そんなに心配しなくて大丈夫よ。もう医務班の人に見てもらって血も止まっているから」


「でも……」


「心配してくれてありがとう。でも、本当に平気だから。さ、そんなことより約束どおり一緒に遊びましょう」


「はい……」



 たとえ何があっても。



「姉さま、またお仕事に行ってしまうのですか?」


「ええ。泊まりがけの任務になるけど、その間無理を言って父様と母様を困らせないようにね」


「もう! そんなことしませんよ!!」


「あはは、ごめんごめん」


「……でも、お仕事には行ってほしくありません」


「こらこら。さっそく無理を言わないの」


「だって、見ず知らずの人間のためになんで姉さまが頑張らないといけないんですか」


「退治人はそういうものだからよ」


「だとしても、姉さまを危ない目に遭わせて自分は護られているだけの方なんて、助ける必要があるのですか?」


「かなで、そんなこと言ったらダメよ。皆が皆あやかしを退治できるほど強くないんだから」


「でも……、なら姉さまのことは誰が護るのですか?」


「そうね、今回の任務はあくまでもあやかし避けがされてるお屋敷の中での護衛だしある程度は安全だと思うけれど……、むこうにも簡単な退治ができる大人はいるみたいだからいざとなったら助けは呼べるわ。だから、心配しなくても平気よ」


「そういうことではなく……」


「? なら、どういうことなの?」


「いいですよ、もう。ともかく、必ず無事に帰ってきてくださいね!!」


「ええ、そう、ね?」



 それが力を持つ者の務め。



「かなで、そろそろ出てきなさい」


「嫌です」


「父様も母様ももう怒っていないから」


「私はまだ怒っているんです」


「そんなこと言って……、塗籠なんかに一晩中いたら、風邪を引いてしまうでしょ?」


「別に平気です」


「何が平気なの、この間だって五日も寝込んだばかりじゃない。あの時もすごく心配したのよ?」


「……」


「そもそも、今度はなんで喧嘩になったの?」


「……だって、父様も母様も酷いんですもの」


「酷い?」


「ええ。姉さまにばかり危険な仕事を押しつけてるじゃないですか」


「あのね、かなで。父様たちからからも聞いていると思うけど、青雲に所属する退治人の家は子供を必ず一人は結社に入れないといけないの」


「それは知っています。でも『一人()』ということは、二人とも退治人になっても問題はないのでしょう?」


「かなで……、まさか退治人になりたいだなんて言いだしたの?」


「だって!! 姉さま一人だけ危ない目に遭わせて私だけ安全な場所にいるわけには!!」


「そんなこと言っても、貴女は身体が弱いのだから退治の仕事に就くなんて危険すぎるわ」


「でも!」


「でもじゃないの。かなでに何かあったら、すごく悲しいんだから」


「それは、私だってずっと……」


「ふふ、かなでは優しいのね。でも私なら大丈夫よ。まだまだ修練は必要だけれども、本部に所属できるくらいの力は身についているんだから」


「でも……」


「こうやって心配してくれる可愛い妹がいるだけでも私は幸せよ」


「……」


「だから、変な意地を張っていないでそから出てきて?」


「……はい」



 大切な者たちを護るためなら、それは当然のこと。



「……ねぇ……様……」


「……なに?」


「っ……いたぃ……です……」


「……そう。でも、もうすぐ楽になるから」


「……はい」



 あやかしは何があっても塵に帰さなくてはならない。



「姉……さ、ま……」


「……なに?」


「ど……か……、しあわ……せ、に」


「……そう。ありがとう」



  たとえそれがどんな相手だとしても。




「……しらべ」


 弱々しい声が響きリツは振り返った。その先で、白い装束を地に染めたセツが肩口を押さえて壁にもたれている。


「怪我は、ない?」


「……はい。所詮は未熟なあやかしの相手です。正面から立ち合って遅れをとるようなことはありません」


「そっか……っぐ」


「セツ班長」


 うめき声にかけ寄ると、赤々とした傷口が目に入った。すぐにでも縫合する必要がありそうだ。


「今、手当を」


「……うん。ごめんね、こんなときに」


「いえ、これも仕事ですから。用具と薬を持ってまいります」


「ありがとう」


 軽く頭を下げ暗い廊下に足をふみだす。


 背後に転がるのは塵にまみれた灰白色の脳髄。


 つい先程まで妹だったもの。



「……しらべ」


「……はい」


 苦々しい声に振り返らず脚を止める。


「しらべの分の報告書と、その、後片付け(・・・・)、私がやっておこうか?」


「いえ、そのお怪我では難儀でしょうし大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「でもさ……」


「大丈夫です。この程度の仕事なら何度もこなしていますから」


「……そっか。引き留めてごめんね」


「いえ」


 悲しげな声を背にリツは再び歩きだした。



 空に浮かぶ月は黒い叢雲に覆われていた。

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