むかしむかし・二
三番目の子供は護衛の女の子と七日ほどともに過ごすことになりました。
二人で囲碁を打ったり、双六をしたり、肩を並べて絵巻物や本を読んだり。そんな穏やかで楽しいときを過ごすうちに、険しかった女の子の表情は徐々和らいでいきました。
彼女も物語や詩歌を読むことが好きなのですが、なんでも修行を兼ねた任務が立て込んでいてなかなか時間が取れなかったそうです。そんな危険なことが続くのは嫌ではないのかと尋ねると、不思議そうな表情とともにこんな答えが帰ってきました。
退治人の家に生まれて幸いにもある程度の適正に恵まれたのだから仕事に就くのは当たり前だ、と。
その言葉は本当にさも当然というように発せられました。どうやら、心の底からそう思っているようです。
それでも一歩間違えたら死んでしまうかもしれないのに怖くはないのかと尋ねると、やはり不思議そうにこんな答えが返ってきました。
たしかに怖いときもあるけれど、危険なことにならないよう力をつければ問題ない。それに自分が頑張れば、あまり退治人に向いていない妹が無理に仕事に就かせられる心配もなくなるから、と。
その言葉を受け、三番目の子供はとても不安になりました。
なんだか彼女がいずれ、自分の命よりも任務を優先するような退治人になってしまいそうな気がしたからです。
たとえば自分が家の中でそれなりに認められた立場にいるのなら、この娘を召し抱えいずれ妻にしたい、などという話も多少は聞いてもらえたかもしれません。しかし、実状は保護という名のもとに幽閉されている身です。
そのうえあやかしを惹きつける者の血を遺すなど、退治人の長が認めるはずもありませんからね。
そうこうしているうちに乳母子の風邪もすっかり治り、女の子は去っていきました。
その日から三番目の子供は退治人になる稽古を始めました。
乳母子に気配を消す術を教わったり、自分の体質を軽くする香や薬の作り方や、体に仕込めるあやかし用の毒の作り方を学んだり……、ときには兄の理不尽な暴力に付き合ってやることもありました。
夫婦になるのは無理でも、同じ退治人として危険から守ることはできると思ったからです。
そのうちに必要な力や体質を紛らわせる術も身につき、見習いとして簡単な任務をこなせるようになっていきました。
そして、初冠を迎えたころ正式な退治人としてこの第七支部へ赴任することになりました。
かつて護衛をしてくれた女の子は都にある本部で働いていましたが、支部で実績を残せば本部に転属になる例も少なくありません。
三番目の子供も、早くそこに辿り着きたい一心で粛々と日々の業務をこなしていました。おかげで班長からの評判もよく、いつしか本部転属の話もでるようになりました。
そんなおり、本部にいる長から直々に呼び出しがありました。
なんだか面倒なことになりそ……いえ、妙な胸騒ぎを感じながらも都に向かうと、疲れた表情を浮かべる長とあからさまに不満げな表情を浮かべる兄の居る部屋に通されました。そして、こんな話が切り出されたのです。
リツと言う名の退治人は知っているな。実は占術班の責任者から、お前とその者が結ばれれば血を永く残せる、という結果が出たと告げられた。と。
第三の子供は二つ返事でその話を受けました。すると。
どうなったと思う?
「大方の予想はつきますが……、ライ班長に殴り飛ばされた、とかですか?」
惜しい!!
来たのは蹴りだったよ!
「笑って話すことじゃないでしょうに」
あはは、まったくだね。
というわけで予想通り激昂した兄は三番目の子供を足蹴にしながら怒鳴り続けました。
身の程を知れ。
あの女はお前なんかが手にしていいものではない。
もっと相応しい相手がいるのは分かるだろう。
「……よくもまあ、当時まったく面識がなかったうえに本人不在の場でそんなことを言えたものだと」
激しく同意するよ。
それでも、反論をしようものならすぐにつま先が腹や喉元に飛んできました。息をするのがやっとになったころ、長は深いため息を吐きました。そしてこう言ったのです。
お前の気持ちは優先してやりたい。
それでも、改善されたとはいえその体質を持つ者が子を成すのには不安がのこる。
それならば、同じ血を持ち特異な体質のない兄が彼女を娶るのが妥当だろう。
反論をしたかったのですが、息をするだけで身体中が痛みます。そんな状態が考慮されることもなく言葉は続けられました。
代わりにお前には第七支部第一班班長の座をやろう。ちょうど今の班長が引退を望んでいるからな。
薄れていく意識のなか欲しくもない地位を与える落胆した顔と、勝ち誇った兄の顔だけがいやに鮮明に見えていました。
こうして三番目の子供は第七支部第一班の班長となり、護衛の女の子の側にいることは不可能になりました。
※※※
「という裏事情があって、その後のはなしは概ね妹君の言ったとおりだけど……、ここまででなにか質問はある?」
「そうですね。色々とありますが」
リツは力ない表情をうかべてから、息を深く吸い込んだ。
「……なんでセツ班長もライ班長も、自分が長の子供だって黙ってたんですか?」
ため息とともに問いをこぼすと、向かい合った顔に苦笑が浮かぶ。
「あはは、やっぱりそこ気になるよね? でも、ほら、素性は明かせない決まりだし……ごめんね?」
「なにちょっと可愛らしく言ってるんですか」
部屋の中には再び深いため息が響いた。




