むかしむかし・一
むかしむかし、とある都にあやかし退治人結社の長の一家が暮らしていました。
一家には三人の子がありました。
一番目の子供は退治人としての素質に恵まれた女の子。子供ながらに不思議な術を扱うのに長け、なんでも雷を狙った場所に落とすことさえできたそうです。長も自分の後を継ぐのはこの子しかいないと考えていたことでしょう。
その子から少し歳が離れた二番目の子供は傲慢で独りよがりで煩わ……、いや、退治人の矜持を強く持った男の子。武具や体術には長けていましたが、姉と比べてしまうと雲泥の差がありました。そのため、長からはあまり期待はされていなかったようです。
三番目の子供は一番目の子供から一回りとすこし離れた男の子。その子には生まれたときから、退治人になるには致命的な欠陥がありました。その血肉があやかしにとってとても美味だったことです。
父親である長はそれなりに悩みましたが、後を継ぐ子供はもう決まっています。なので部下の子でもある乳母子を護衛につけ、その子を屋敷の奥に隠しておくことにしました。
その結果、子供を任務に盗られないことにはっちゃけた母が、退治人として優秀すぎた姉様に着せられなかった女児用の衣をしきりに着せてくることになってね……。
まあ、それはともかく話を進めようか。
三番目の子供もあやしに齧られたりしながらも、なんやかんやで二回目の冬を迎えることになりました。
その頃、一番目の子供が任務中に姿を消しました。
結社の総力を上げて探しましたが、行方はとうとう分からずじまいでした。
長は大いに嘆きましたが、いつまでも落胆してはいられません。二番目の子供を消えてしまった子供の代わりにしようと、厳しく育てることにしました。
二番目の子供もそれに応えようとしましたが、いくら訓練をこなしても雷を自在に操るなどといった人智を超えた域にたどり着くことはできませんでした。それでも、長の期待に応えようと理不尽とも取れるくらいに厳しい訓練に耐えていました。
だからこそ、母親に薬草の知識などを教わりながら屋敷の奥に幽閉されていた三番目の子供が妬ましかったのでしょう。
まあ、私が物心ついてからのアイツの所業は前にも言ったとおりだよ。付け加えて言うと、周りの目を盗んで「訓練だ」と小型のあやかしの巣に投げ込まれたりもしたかな。
「……よくぞご無事で」
あはは、まったくだよね。とりあえず何かあってもハクがすぐに対応してくれたし、両親や家の者たちも目を光らせてくれてはいたからなんとかなっていたよ。
それでもアイツは私のためを思ってやっているなんて言い訳……いや、今思えば自分でもそれが本心だと信じ込んでいたのかもしれないか。ともかく、自分は正しいことをしているのだからと、行動を改めることはなかったんだ。
両親たちも根底にあるのが善意である以上、強く非難はできなくてさ。
本当に我が兄ながらろくでも……おっと、話がそれてしまいましたね。
ともかくそんなおり、三番目の子供の乳母子が流行り風邪で倒れてしまいました。薬師が言うには数日安静にしていれば治るとのことでした。
幸いにも二番目の子供は長に命じられ遠く離れた場所の任務に出かけていたので、悪さをされる心配はありません。それでもあやかしに狙われやすいという体質をしている以上、忌避処理が完璧に施されている屋敷の奥とはいえ、護衛を減らすのは危険です。そんなわけで長は手の空いている退治人を護衛につけることにしました。しかし、都にいる大人の退治人たちは少し厄介な任務で手いっぱいだったのです。
そんななか、候補に上がったのは見習いを始めたばかりの女の子でした。
歳は三番目の子供と同じくらいですが、あやかしを見つけることに長け小型のものなら難なく退治できるほどの実力を持っていました。
長は、血縁者でもない女の子を護衛につかせるのは色々とどうか、とも思ったそうです。しかし他に候補もいないうえに、三番目の子供は衣さえ変えれば女児と言われても分からない見た目をしています。
なら、女装させておけばあんまり問題もないだろう、という結論に至ったようです。
「……そんな、適当な」
あ、いや、うん。さすがにそこまで軽いノリじゃないかもしれないけど、あの親父、変なところで思い切りがいいから。
ともかく、そんなこんなで護衛の女の子はすぐにやってきました。
とても鋭い目つきをしていたので、三番目の子供は怒られているのかと思い、少し怖くなりました。しかし、そんな誤解もすぐにとけました。
彼女はすぐさま草子の間に挟まれていたあやかしの卵を見つけ、それを駆除したのです。
そして「自分は目が悪いうえに、あやかしを探すときはさらに険しい顔つきになってしまう。怖がらせてしまったら申し訳ない」と深々と頭を下げました。さらに「忌避処理は完璧なはずなのに、なぜこんなところに卵があるのですか?」とたずねてきました。
三番目の子供はおずおずと「兄が自分を鍛えるために仕込んだのだと思う」と答えました。
すると、彼女は深くため息を吐いて力なくこう言いました。
「……依頼主の家族にこういうのもなんですが、年端もいかないあなたをそんな目に合わせるなんて、その兄君というのはどうしよもないやつですね」
そのとおり。
ふふ、覚えてくれていたんだね。
「いや、覚えていたというか、思い出したというか……、ひとまず続けてください」
うん、そうしようか。
ともかく、その言葉を聞いて三番目の子供は心にかかったもやが晴れた心地がしました。というのもその子は、兄が辛くあたるのは自分が弱いから仕方ないことだ、と見当違いな自責の念をずっと抱いていたのです。
だから、悪いのは兄だと断言してくれた言葉はとても重く意味のあるものでした。
それに、彼女はあやかしを探す目つきこそ険しいですが、よく見れば子供ながらに凛とした美しさを湛えています。
三番目の子供は胸の奥が高鳴るのを感じました。きっと、これが読み耽っていた物語や歌集に記されていた恋というものだとも感じました。
そして、同時に理解してしまったのです。
この恋が実るはずなんてないことも、ね。




