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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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不信とか不審みたいな

 灯りをともした夕暮れの部屋。リツは部屋の中央にソウを座らせ、二人して向かい合っていた。

 その間にあるのは扶養の紋様が施された香炉。その灰の中にはセツから渡された薬が混ざっている。


「それで、これは一体どういうことなの?」


「……」


 返事の代わりに伏した目が更に視線を反らした。後ろめたいことをしている自覚はあるのだろう。


「セツ班長に言われたわよね? ここに居たいなら毎日この薬をのみなさいって」


「……」


「見習いとはいえ、かなでも今は退治人なのよ? 責任者の言いつけを聞けないようならば、それ相応の処分をしなくてはいけないの」


「……」


 何を言っても噤まれたままの口に呆れを通り越して別の感情がうまれてくる。しかし、それは退治人結社の責任者とものとしてではなく。


「……私との約束なんて破ってもいいと思ったのね」


 正直なところ退治人になってからは仕事にかかりきりで、蔑ろにしていたと思われていても仕方なかったかもしれない。それに、結果的にしばらくの間音信不通になっていた。それでも、妹の身をまったく案じていなかったわけではない。


 そのくらいのことは伝わるくらい慕われていると信じたかった。


「……!」


 伏せられていた目が一瞬にして見開かれる。


「違います! 決してそんなことは!!」


「……そう」


 取り乱す様子を見るに、蔑ろにしたことへの当てつけではないようだ。


 だとしたら、考えられることは。


「なら、どうしてこんなことをしたの?」


 白々しいと思いながらも高炉を指差す。すると、ソウは数度口を動かしたあと観念したように深くため息をこぼした。


「……だって、こんな物を飲んだらきっと死んでしまいますもの」


「つまり、セツ班長が毒を渡してきたって言いたいのね?」


「……ええ」


「まったく」


 鈍い頭痛とともにため息がこぼれる。


「かなで、セツ班長と相性が悪いのは分かるけれど、そこまでの言いがかりをつけるのはどうかと思うわよ?」


「言いがかりなどではありません!! 現に、ここに来た初日には私を殺めようとしたではないですか!!」


「あのときにも言ったように、あれは意固地になっている貴女に実戦に出るのに最低限必要な実力がどの程度のものか教えようとしていたの。あのとき、貴女はどれだけ口で説得しても聞こうとしなかったでしょう?」


「それは、そう、かもしれませんが」


「それに、かなでが書類仕事を担当して実戦に出ないって決まってからはあんなことはしてないわよね?」


「それも、そう、ですけれども……、それはその毒を使うことに切り替えたからで……」


 口籠もり目を逸らしながらも言い分は変わっていない。これ以上何を言ったところで納得されることはないだろう。


「なら、薬を一ついただくわ。私が目の前で飲めば毒なんかじゃないって納得できるでしょ?」


「!? ダメです!!」


「ちょっ!?」


 薬袋に伸ばした手はすぐさま痛いくらいの力で叩かれた。


「かなで! 何をするの!?」


「すみません、姉様の美しい手を叩いてしまったことは謝ります!! でも、こんな物を飲んだら姉様が死んでしまいます!!」


「ああ、もう……」


 一度意固地になってしまえば、多少のことでは納得しない妹だとは分かっている。


 それでも、離れがたく思っている伴侶を疑われ続け、気分が良くなるわけはない。


「いいえ、すぐには死なないかもしれません。でも、少しずつ苦しめ最後は確実に命を奪うような……」


「……いい加減にしなさい! 変な言いがかりをしないでって言っているでしょう!?」


「姉様こそいい加減にしてください!! 言いがかりなどではないと言っているじゃないですか!! あの男は、気に入らない者はどんな汚い手段を使ってでも排除するような輩なんですから!!」


「それのどこが言いがかりじゃないっていうの!? 根拠のないただの悪口じゃない!!」


「根拠ならあります!! だって、あの男は……」


 いつの間にかその目には涙が浮かんでいた。しかし、その事態に怯む暇もなく震える唇は次の言葉を紡ぐ。


「……ライ様と姉様の仲を邪魔したうえに、第一班もろともその命を奪ったのですよ!!」


「……は?」


 繰り出された予想外すぎる言葉に、一瞬にして頭の中が真っ白になった。それでも、なんとか記憶を手繰り寄せる。

 

「何を、言っているの? あれは、あの、あやかしが……」


 誇らしげに薄ら笑いを浮かべ所業を喋りたてる顔が脳裏をよぎり、軽い吐き気が催された。あの男を惨たらしく殺めた、そんな声が耳鳴りまじり響き続ける。


「たしかに、直接手を下したのは件のあやかしかもしれません。でも、そうなるように仕向けたものがいたとしたら?」


 ソウの声は落ち着きを取り戻していた。しかし、先ほどよりもずっと暗く重い響きを持っている。


 もしかしたら、先ほどまでの話が言いがかりではないのかもしれないと思ってしまうほどに。


「……できれば、あの男がもう少し本性を出してからと思いましたが、この際です。共に参りましょう」


「ちょっ、かなで!? 参るってどこへ!?」


 不意に掴まれた手首を振りほどく間もなく、リツは引きずられるように部屋をでた。


 たどり着いたのはセツの部屋だった。


「セツ班長!! 貴方の所業についてお話があります!!」


 憤りに満ちた声と共に扉が勢いよく開かれる。


「……ああ、ようやく来たのか。存外に時間がかかったものだね」


 しかしセツの顔に浮かんでいたのは焦りや驚きではなく、いつも通りの軽薄そうな微笑みだった。

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