苦い香りと苦い表情とか
唇を噛み肩を震わせる妹にリツは声をかけあぐねていた。憤っていることは明らかだが、その理由がわからない。
「え、と、ソウさん?」
「なにか……、まずかったか……?」
メイとハクも困惑した表情で首を傾げている。
ただ一人、セツだけが冷ややかな表情を浮かべていた。
「この条件、飲めるんだよね?」
「……」
なじるような問いにも、ソウはうつむいて肩を震わせるばかりだ。このままでは、まとまりかけた話がまたふりだしに戻ってしまう。そう思った矢先、噛み締められていた唇がようやく開いた。
「……かしこまりました」
条件を飲んではいるが、その目は恨めしげな暗い光を宿したままだ。なぜそこまでの反応をするのか。
「セツ班長その薬は──」
「リツ副班長!!」
「──わっ!?」
突然飛びつかれたことにより、疑問は遮られた。
「お話も纏まりましたし、早速お部屋に案内してもらえますよね!!」
「え、ええ。そうね」
寸刻前が嘘のような屈託のない笑顔に、戸惑いを通り越して背筋に薄寒いものすら感じる。それでも、二人で話す機会があれば諸々の事情を聞くことができるかもしれない。
「じゃあ、今から案内を──」
「ああ、悪いんだけどさ」
「わっ!?」
今度は急に腕を引かれ話を遮られた。
「リツとは少し二人で話しておかないといけないことがあってね。案内はメイとハクがするから」
セツの顔にもいつもの軽薄そうな笑みが戻っているが、その奥底には重く冷たいものを感じる。
「……さようでございますか」
一瞬だけ不服そうな表情を浮かべた後、しがみついた身体はゆるやかに離れていった。
「それではリツ副班長、また改めて姉妹二人きりでお話をしましょう! メイ様、ハク様、案内をお願いいたしますね」
「あ、はい。じゃ、あ、行き、ま、しょうか」
「ああ……、そうだな……」
屈託のない笑顔が困惑した二人とともに部屋を出ていく。足音が遠くなると、どちらからともなく深いをこぼした。
「……さてと、しらべ。色々と聞きたいことが満載、だよね?」
「ええ、全くですよ」
「それじゃあ、何から話そうか?」
「なら単刀直入にお伺いしますが、私が送った文と妹から届いた文を隠すか捨てるかしていましたね?」
率直な質問に、向かい合った顔に力ない笑みが浮かぶ。
「ああ、やっぱり分かった?」
「ええ。再会したときの反応からして、こちらからの文が届いているようにも、むこうが一切文を送っていないようにも思えませんでしたから」
「そっか……うん、そのとおりだよ。さすがに捨ててはいないけれど、私のほうで預からせてもらってるんだ。黙っててごめん」
力ない笑みから溢れる軽い謝罪に、不思議と怒りは感じなかった。褒められた行為ではないが、そうした理由は判断も納得もできる。
つまるところ。
「お気になさらずに。今回の退治人見習いの件をややこしくしないために、話がまとまるまで私たちに直接のやり取りをしてほしくなかったんですよね?」
「察しのいい妻で本当に助かるよ」
「まあ、私だってセツ班長の立場なら同じようなことをするでしょうし」
「あはは。そう言ってもらえると少し気が楽になるかな」
再び、どちらからともなく深いため息をこぼした。
「まさか、長を言いくるめて乗り込んでくるとまでは思わなかったよ」
「申し訳ございません。昔から、頑固なところがあるもので」
「しらべが謝ることではないよ。でも、本当にどうしたものかな……」
「ええ。ずっとここに置いておくわけにはいきませんからね」
「そうだね。一応、妹君が納得するような結婚相手を同時並行で探してもらってはいるから、その話が上手くまとまればいいんだけどね」
「本当ですね」
何度目か分からないため息が部屋の中に響く。
「バレちゃった以上、長とのやり取りも含め今まで妹君の顛末は正直に話すけど……、ほかに聞きたいことはあるかな?」
「ええと、なら……、この薬っていったい何なのですか?」
「ああ、それね」
薬袋を差し出すとセツは力なくうなだれた。
「どうもね、都のほうはで面倒な腹の病が流行ってるらしくて、本部関係者は家族も含めて虫下し的な薬が支給されてるんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。ひとまず妹君がその病にかかってる兆候はないんだけど、念のためしばらく飲んでもらおうと思って」
「そうでしたか」
薬の正体もおおむね予想の通りだ。それなら、なぜあれ程の拒絶とも思える反応をしたのか。
謎は深まった……
「ただあの薬、味がそれはそれは恐ろしいことになっていてね」
「ああ、それで」
……ように思う暇もなくすぐに解明された。
「うん。こっちに来たら飲まなくて済むって思ってたところに差し出されたわけだから、あんな顔にもなるだろうさ」
「重ね重ね、申しわけもございません」
「ははは、だからしらべが謝ることじゃないって。むしろ、謝るのは私のほうだよ」
「セツ班長が、謝罪ですか?」
「うん。だって妹君と私の相性はどうもとてつもなく悪いみたいだからさ……」
力ない笑みが首をかしげる。この先に続く言葉は容易に想像ができた。
「……小さなイザコザが頻発するし、その度に仲裁をお願いすることになるから、先に謝っておく」
「……できれば、頻発するのはご容赦してほしいです」
リツは薬袋から漂う香の苦さに劣らないほどの苦い表情を浮かべながら、力なくうなだれた。