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最低限の条件

 繰り出された刃を短刀で受けながら、リツは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。


「セツ班長。試す、とは?」


 問い返す声も微かに震えてしまう。


「ほら、実力が本当に充分なら人手が増えるのはありがたいことだから、一応は見ておきたくて」


 セツは相変わらず笑んではいる。

 しかし、少しでも気を抜けば第二撃がソウの首へむかう。そう確信できるほど、静かな殺気が滲み出ている。


「……ならば他の方法で試すこともできますよね?」


「まあ、それもそうだけどね」


 諭すように問いかけても、刀を納める気配は微塵も感じられない。


 ここは力づくで止める他はなさそうだ。そう考えたそのとき。


「でもさ、これが一番手っ取り早──」


「いい加減に……、しろ……!!」


「──わっ!?」


 セツが勢いよく床に倒れた。

 その傍でハクが鋭い目つきで肩を怒らせている。


「いたた。酷いじゃないか、ハク」


「うるさい……。俺たちがとっさに動かなかったら……、どうするつもりだったんだ……!?」


 憤りを隠さない声が部屋に響く。すると、困惑した表情を浮かべたメイが何度も頷いた。


「そ、そう、です、よ。僕たちの武器、は、人を害すること、も、できるんです、し」


 いつのまにか、震える手にはあやかしを呼びだす札が握られている。


 そんな一同の様子を受け、ただ茫然としていたソウの顔に勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。


「ええ、まったくその通りですね。この度のセツ班長の御乱心は、転移術を使ってでも速やかに本部へ伝えなくては」


「ああ。そうするのがいいんじゃない?」


 床に倒れた顔も同じような笑みを返す。虚勢を張っているようにも見えるが、そうではないことはすぐに分かった。


「……今、なんとおっしゃりました?」


「だからメイにベトベトサン呼んでもらうから、さっさと本部に言いつけに行けばいいよ。『実力をはかるために殺気を向けられたのですが、逃げることすらできませんでした。でも第七支部の面々が颯爽と助けてくれたのでなんとかなりました。ミャハ⭐︎』的なことを。そうすれば、長も君の実力を正しく評価して、もっと現実的な提案をしてくれるはずだよ」


 嘲笑と同情が混じった声に、リツは自然とため息をこぼした。言い回しこそどうかとは思うが、妹に対する退治人としての評価は班の責任者間で概ね一致しているようだ。


「……しかし先ほどのは、セツ班長が急に乱心したからで」


「へえ? じゃあ、君はあれかな? 実戦だとあやかしが毎回、正面から向かってくると思ってるんだ。なら、本部第一班はなんで壊滅したのかな?」


「それは……でも、急襲への対応など容易なことでは──」


「だとしても君の他は全員、適切に動けていたよね? そのくらいのこと、うちの班員ならできてもらわないと困るんだよ。最低限の実力もなしに力になりたいだなんて」


 おもむろに立ち上がりながら、セツは冷ややかな目でため息をついた。


「……我が第七支部第一班を、あまり愚弄しないでほしいものだね」


「……」


 視線に違わない冷たい声が部屋に響き、ソウは口を噤みながら顔を伏せる。


「まあ……、俺はほら……、ちっちゃい頃から……、班長の護衛とかもしてたから……」


「えと、僕も、兄様がお留守のときは父様たちのお叱り(・・・)を避けないといけなかった、ので」


 ハクとメイが一応の助け舟を出すも、実力が十分だ、という言葉はない。


「……」


 伏せられた目には涙が滲みはじめる。

 

 リツは重く痛む頭をおさえながら幼い頃の記憶を辿った。


 昔から自分の後をずっとついて回る妹だった。


 退治人として正式に結社へ所属したときも、ライとの婚約が決まったときも、誰より身を案じてくれていた。


 婚約を破棄されこの第七支部へ移動となりセツと結婚になったときも、涙ながらに幸せを願ってくれていた。



 反りの合わない者との婚約がどんなものかは、嫌というほど知っているはず。



「……セツ班長」


「うん、どうしたの? リツ」


「実戦には出さずに、副班長付として私の書類仕事や武具の手入れを手伝わせる、という扱いではいかがでしょうか?」


 折衷案に伏せられていた顔が勢いよくあげられた。


「姉様」


 期待と戸惑いが入り混じった表情を向けられ、鈍い頭痛がまた強まっていく。


「実戦には出さない、か」


「はい。さすがに身内といえども退治人としての実力不足は擁護できませんが、書類仕事なら適正は多少あると思います」


「ふぅん」


「何かあったときの責は全て私が負いますので」


「そんなことは、してほしくないんだけどね」


 セツにいつになく冷ややかな表情が浮かぶ。それでも見つめつづけていると、困惑と落胆がいりまじった表情が浮かび深いため息がこぼれた。


「……分かった。リツがそこまで言うなら、それで様子を見ようか」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げると視界の端に目を輝かせるソウが映る。


「姉様、ありがとうござ──」


「ああ、ただ一つだけ条件があってね」


 弾んだ声を至極冷淡な声が遮った。


「条件、ですか?」


「うん。妹君はリツ預りにするわけだけど、最終的な責任者は私だから──」


 煩わしそうな声とともに懐から小袋が取り出される。


「──はい、これ」


「あ、どうも」


 受け取るとほのかに苦い香りが立った。


「これは一体?」


「ちょっとした薬が入ってるよ。一日一包、寝る前に必ず飲むこと。それを守れないようなら、すぐにここを出ていってもらう。それでいいよね?」


「まあ、それくらいでしたら」


 人の多い都で暮らしていたのだから、自覚がなくても流行り風邪にかかっているかもしれない。そう考えれば、妥当な条件だと思えた。


「ソウもそれでいいのよね?」


 そう問えば、満面の笑みで「はい」と返事がくる。


 はずだった。


「……」


 しかし、ソウは唇を噛みながら恨めしげな表情を浮かべていた。


「……ソウ?」


 あまりの形相に、リツは戸惑いながら妹の名を呼ぶことしかできなかった。

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