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婚約者を妹に譲ったうえに左遷されたあやかし退治人ですが、なぜか結婚して溺愛されることになりました。  作者: 鯨井イルカ


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翅愛づる姫君・四

「では、あれの場所に案内しよう」


 そう言う咬神に連れられ、リツたちは再び入り組んだ廊下を進み椿を植えた壺庭近くの部屋にたどり着いた。


 戸を開くとすぐに白い几帳が目に入った。その奥から微かな寝息が聞こえてくる。


「中を拝見してもよろしいですか?」


「ああ、構わない。容体を見て処置(・・)が済んだら教えてほしい。私は先ほどの部屋で待っているから」


「かしこまりました」


 セツが頭を下げると、咬神は軽く頷いて去っていった。娘の処遇はこちらに委ねるという依頼ではあるが、きっと腹はもう決まっているのだろう。


「リツ、ひとまずは姫君を診てあげよう。さすがに、いきなり私がいくのもアレだからお願いできるかな?」


「かしこまりました、セツ班長」


 苦笑いに促されながら几帳のうちに入る。娘は白い衣を纏って寝具に横たわっていた。その顔には虚な笑みが浮かんでいる。


「……お父様からのご依頼で青雲より参りました」


「……」


 かけた声に返事はない。


「失礼いたします」


 リツは苦々しい表情で頭を下げると、白い衣に手をかけた。それでも、解く前から結果は分かっている。


 衣の上からでもはっきりと分かるほど膨れ上がった胸と腹には赤いひび割れのような痕が無数に走っていた。ただ卵を産みつけられただけならば、こうなる前に腹が裂けあやかしの幼体が這い出てくるはずだ。


 中にいるのは紛れもなくこの娘とあやかしの子供なのだろう。

 しかも、短期間に臨月まで育っている。


 あやかしの子だけを退治することはもう。


「リツ、姫君の容体はどんなかんじかな?」


「……考え得る限り最悪です」


「そっか」


 短い返事のあと部屋のなかに重苦しい沈黙が訪れる。


「それじゃあさ」


 せめてもと衣を直し乱れ顔にかかった髪を整えていると、セツが沈黙を破った。自然と腰に差した短刀に手がかかる。


 きっとすぐに退治の命が下る。


「ハクはどうしたい?」


「……は?」


 しかし、几帳の外から聞こえてきたのは意外な言葉だった。


「なぜ……、俺に聞く……。班長はお前だろ……」


「うん。だから上に立つものとして部下の意見も大事にしようと思ってね」


「……」


「それに、気心の知れた相手の想い人なんだ。僅かでも可能性があるなら助ける方向でいきたいし」


「!? 助け……、られるのか……!?」


 ハクの声につられて短刀の柄から手が離れた。たしかに、目前に横たわる膨れた腹に切先を突き立てるようなことはしたくない。それでも、他にできる処置があるとも思えない。


「可能性は僅かなうえに姫君にも負担がかなりかかるけれど、何もできないわけじゃない」


「それなら……!」


「じゃあ、試してみるけど……、何があっても取り乱すなよ」


「分かった……」


 一縷の望みが感じられる会話のはずなのに、不安ばかりが募っていく。姫君を助けるという提案は一体、どんな表情から吐き出されたのだろうか。そんな思いを巡らせていると微かなため息が響いた。


 いつのまにか横たわる娘の顔から虚な笑みが消えている。


「あの、姫ぎ……」


「それじゃあ、メイ。ベトベトサンを呼んでもらえるかな?」 


 呼びかけはセツの声によって遮られた。


「え? は、はい。ベトベトサンさんです、ね。少々お待ち、くだ、さい」


 困惑したメイの声が呪文を唱えだす。


「ベトベトサン、こちらにどうそ。急急如律令、です」


「ひひっ! 今日はどうしたよ坊ちゃん? また転移術でどっかに連れてくか?」


「えと、今日はそうじゃなくて、その」


 オドオドとした声が命令を言い淀む。


 今からどこかに移動する必要はない。

 足止めが必要な相手もいない。


 それなら、ベトベトサンを呼んだのは。


「やあベトベトサン。今日は私から折り入ってお願いしたいことがあるんだ」


「ひひっ、なんだ班長からのお願いか。ま、いいぜ。坊ちゃんがいつも世話になってるし聞いてやるよ」


「それはありがたい。では早速なんだけどね」


 几帳の外から深く息を吸う音が聞こえてくる。


「それじゃあ、その几帳の裏に身重の姫君がいるから胎に入って(・・・・・)中身(・・)を食べてきてくれないかな?」


 酷く落ち着いた声が当然のようにお願い(・・・)を口にする。

 そして。



「雪也!!」


「ぐっ!」


「わぁ!? ハ、ハクさん!? 何してるんですか!?」


 怒鳴り声の後に打撃音と呻きと悲鳴が響いた。


「セツ班長!? ハク!?」


 慌てて几帳の外に出ると、ハクが床に倒れたセツに馬乗りになり胸ぐらを掴んでいた。


「ハク!? やめてくださ……」


「……」


 駆け寄ろうとしたリツに口の端から血を流した笑みが向けられる。まるで、待て、と言っているように。


「まったく。何があっても取り乱すなって言ったのに」


「ふざけるな!! お前……、これ以上彼女を辱めろって言うのか……!?」


「たしかに、ベトベトサンみたいなのを身体に入れるのはあまり好ましくはないだろうけどね」


「当たり前だ……!」


「でも、その子供の父親(・・)は濁った金色の目をしていたそうじゃないか。そういうあやかしは人を食う。お前だって知っているだろう?」


「そ、れは……」


「依頼も受けている以上、そんなあやかしが増えるのを見過ごすわけにはいかないんだよ。でも、もう姫君だけを助ける手立ては他にない」


「……」


「この方法が嫌だって言うなら、薄氷、せめてお前が楽にしてやるんだな」


「……そうだな」


 胸ぐらを掴んでいた手が力なく離れていく。


 ハクがどちらを選ぶのかは分からない。それでも、ここは彼の意見を一番に尊重しよう。

 そう思った矢先。


「あー。お前ら、イザコザしてるとこ悪いがちょっといいか?」


 いつのまにか几帳の内に入り込んでいたベトベトサンが、隙間から顔らしき部分を出しながら困惑した声をあげた。


「おや、ベトベトサン。どうかしたのかな?」


 いつも通りの軽薄な笑みでセツが首をかしげると、赤黒い粘液が微かに波だった。その様子はどこか気まずさを帯びているように見える。


「一応さ、身体の外から中のやつが食えるかどうか見てみたんだが……、あれはちょっと下手に手を出さないほうがよさそうだぞ」


「手を出さない方がいい?」


「ああ。だってあの姉ちゃん、かなり厄介な呪いかけられてるし」


「……」


 俄かにセツの顔に諦念、憐れみ、自嘲が入り混じった表情が浮かぶ。


 リツの目には、その表情が先ほど娘がみせたものとひどく似ているように映った。

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